第43話 バイト三日目

 今日は朝から仕込みに入る。メニューはその日市場で売られている食材から決めるため、ロランは先輩調理師と一緒に市場を訪れていた。


「この町にも市場ってあったんですね」

「そりゃ普通あるだろ。ロランの町にはなかったのか?」

「ありましたよ? でもここってギャンブル都市じゃないですか? だからてっきりないとばかり思ってました」

「いやいや、何もギャンブルしかないわけじゃないぜ? 一番もあれば酒場もあるし、なんなら夜の店も……」

「夜の店?」


 その問い掛けに先輩調理師は声を潜めこう囁いた。


「女の子が席に着いて一緒に楽しく酒を楽しめる店だよ。上手く盛り上げたらワンチャンある所が魅力的なんだよ」

「ワンチャン??」

「これよ」


 先輩調理師は腰をくいっと動かして見せた。


「先輩……、そんな店行ってるんですか?」

「常連だな。稼ぎのほとんどは推しの子に貢いでるぜ!」


 どうやらダメ人間の臭いがした。


「ロランはそういった店に行った事あるか?」

「いえ。僕こう見えて結婚してますし、子どももいるので」

「いやいや、俺もカミさんいるぜ?」

「……え?」


 ロランは我が耳を疑った。


「お、奥さんいるのにそんな店に行ってるんですか!?」

「そりゃ行くだろ! 稼ぎさえあればカミさんなんて何人いても良いんだ。世界は魔物や賊で溢れてるからな。子どもが少なかったら何かあった時家系が途切れちまう。自分の遺伝子を後世に残すためにも嫁さん探しは大事な事だぜ?」


 確かにこの世界は命が軽い。常に危険と隣り合わせの世界だ。それでもロランは先輩調理師にこう言った。


「僕は一人いれば良いです」

「ははっ、そりゃギャンブルなんかで借金作ってる奴にゃ一人で良いだろうよ」

「……国に帰ればお金あるのになぁ」

「はははっ。まぁ……頑張って働いて返したらいい。んで余裕ができたら一緒に飲みにでも行こうや」


 先輩の誘いだ。断れば雰囲気が悪くなりかねない。ロランはそれとなく頷いておいた。


 それから市場に到着した二人は予算と目玉商品から今日のメニューを考えていく。


「今日はイモが安いのか。ロラン、何か思いつくか?」

「イモですか。酒のツマミ程度ならいくらでも浮かびますけど……メインとなるとちょっと弱いですね」

「だよなぁ。となると……メインはこいつか」


 先輩調理師が魚のような形をした何かを指差した。


「……なんですかそれ」

「これは砂漠で獲れる砂鮫だ。知らないのか?」

「鮫!? 陸に鮫がいるんですか!?」

「おう。砂の中にわんさかいるぜ。奴らは獰猛でな。砂の上を普通に歩いてたらいきなり下からバクリとやれちまう。もし砂漠に行くなら気をつけた方が良いぜ」


 ロランは売り場に吊り下げられている砂鮫を見る。体長は二メートルほど。先輩調理師の話によるとこの大きさはまだ幼体らしい。成長すると五メートルから七メートルになるそうだ。口には鋭い牙が並び、もし噛まれでもしたら一貫の終わりだと思わせるには十分な鋭さを示していた。


「ただなぁ……。安いのは良いけど身が硬いんだよな。煮ても焼いても食えそうにねぇ」

「へぇ~……。煮ても柔らかくならないんですね」

「ああ。数はいるが味は最悪だ」


 ロランは砂鮫を見ながらどうにか食べられないか考えている。


「先輩、あのヒレもダメですか?」

「ヒレ? いやいや、あれは捨てるところだろ」

「え? す、捨ててるんですか!?」

「は?」


 ロランは先輩調理師に言った。


「あれを捨てるなんてもったいないっ! 先輩、僕があれを生かしてみせます。今日はあれを使いましょう。後はひき肉とエビ、それと鶏肉と野菜を買えるだけ全部買っちゃいましょう」

「お、おぉ。わかった」


 それら食材を購入し店に戻る。


「本当に砂鮫なんて使えるのか?」

「まあ見ててください」


 ロランはまず砂鮫のヒレ部分のみを切り落とし調理台に並べる。そして手をかざし魔法を使う。


「【ドライ】」

「魔法!? なにしてんだ!?」


 ヒレがみるみる縮んでいく。


「そのままだと使えないので一度乾燥させてます」

「ほ~……」


 それから水に漬け氷魔法で冷やし、加速魔法を使い放置しておく。


「これで仕込みは終わりです。魔法が使えないなら乾燥と寝かせるのに数日かかりますが今日はそこを魔法で短縮します」

「お前……冒険者の方が向いてないか?」

「いえいえ。さ、他の食材も仕込んでいきましょう」

「お、おう」


 一番手間のかかるフカヒレの仕込みを終え、次の仕込みに取りかかる。ロランと先輩調理師で分担し、鶏肉を小分けにし、生地を作り、ひき肉と刻んだ野菜でタネを作る。


「先輩、小分けにした鶏肉をこのタレに漬けておいてください」

「それは?」

「甘辛タレです。肉に味を染み込ませるんですよ」

「なるほどなぁ……」


 そして作った生地でタネを包んでいく。


「そりゃなんだ?」

「餃子という料理です。今日はワインではなくエールの方が合うかもしれませんね」

「エールか~」

「ワインに合う料理も普段通り出します。よし、完成!」


 仕込みを終え、開店前に先輩調理師に完成した料理を試食してもらう。


「今日のメインは水餃子、油淋鶏、エビチリ、八宝菜、フカヒレスープです。ささ、どうぞ」

「うぉぉぉ……、めちゃくちゃ美味そうだな! じ、じゃあスープから……」


 先輩調理師は一番気になっていたフカヒレスープから手をつける。


「なっ!? あの硬いヒレが簡単にほぐれただと!? あ、味は……」


 フカヒレを口に入れた先輩調理師はあまりの美味さに驚き一気に食べきってしまった。


「今まで食えたもんじゃないと思っていた砂鮫がこんな料理に化けるなんて……!」

「他の料理もどうぞ」


 どの料理もこれまでの洋風とは違い、先輩調理師は驚きの連続だった。


「全部初めて食べる料理だ。世界にはまだこんな料理があったんだなぁ……」

「これ、出しても大丈夫そうですか?」

「ああっ! 今日の客はラッキーだ。不味いはずの砂鮫を美味く食えるんだからなっ! よし、今日はこいつで勝負だ!」


 そして正午。店には開店と同時にどっと客押し寄せた。


「シェフオススメメニューひとつ!」

「こっちもだ!」

「私もオススメで!」

「「「「ありがとうございま~す」」」」


 バイト三日目にして店は連日大繁盛だ。客は初めて食べる料理に舌鼓を打ち、満足そうな表情で支払いを済ませる。


「いやぁ、最近この店がお気に入りでね。また夜もくるから」

「ありがとうございます。お待ちしております」


 客の大半がリピーターとなり、さらに知り合いを引き連れてくる。店は波に乗り始めた。


「フカヒレスープですか……。あの砂鮫があんな料理に化けるとは……。やりますね、ロラン君。ふふっ」


 この日も虹金貨一枚もらったロランは借金が増えていく事態だけは避け続けていくのだった。

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