一週間探偵 七曜浩輔

鈴木りん

Episode1 「七曜浩輔と幽霊屋敷」

○Prologue(プロローグ)

 きちんと整理された、小奇麗な白壁の洋室。

 部屋に漂う、ほろ苦さを伴った珈琲の香り。

 人の背丈ほどもありそうな大きな窓にかかる上質な生地でできたレースカーテンは、春の陽射しを通して部屋を明るくできたが、部屋のあるじの表情まで明るく照らすことはできなかった。


 窓を背に、豪奢な書斎机の前に佇むその人物。

 若い人なのか、年老いた人なのか。

 はたまた、男か女かもわからない。

 我が太陽系の主、太陽から発せられる偉大なる光――粒子フォトンを伴った電磁波――であっても、この世のすべてを明るく照らしだすことはできないのである。


七曜ななよ浩輔こうすけ……高校生探偵、か」


 机上のパソコン画面を睨みながら呟くその声は、くぐもっている。

 おもむろに両手をキーボードにあてたその人物が、かすかな音を立ててパソコンを操作した。と同時に、パソコン画面が切り替わる。

 そこに映し出されたのは、一枚の写真だった。

 よく見るブレザータイプの制服に身を包んだ高校生らしき男女が、通学路らしき歩道を二人並んで――少し間隔は空いているが――歩いている。


「それと、彼の相棒で探偵助手役の三瀬みせ瑠奈るな


 スラックスのポケットに両手を突っ込みながら煙たそうな表情をする男子に向かって、屈託のない天使の笑顔で話しかける、女子。

 その様子に苦笑した部屋の主は、キーボードを操作して画面を切り替えた。

 すると画面には、どこかの私立探偵らしき人物から提出されたらしい、ワープロソフトによるレポートが現れた。

 そこに書かれているのは、先ほどの高校生探偵の情報だ。


【七つの曜日、それぞれによって人格や頭脳の明晰度などが変わる特異的多重人格者で、世間では彼を『一週間探偵』と呼ぶ。どのような理由によりそのような多重人格者となったのかについては、遺伝的要素を含めて現時点では不明】


 ほほう――と思わず声が漏れる。

 明らかにその口調には、感嘆の感情が含まれていた。

 主は、レポートの続きに視線を送る。

 するとそこには、一週間探偵と呼ばれる高校生男子の、今まで解決した数々の事件の内容が書き込まれていた。中学の修学旅行時におけるひったくり盗難事件、中学校卒業式の最中さなかに巻き込まれた誘拐事件、高校一年の春に下校中に巻き込まれた殺人事件……etcエトセトラ。また、それらに加え、高校二年生となった今では警視庁の捜査一課の面々に大変な信用もあることや、すべての事件において彼の傍には常に三瀬瑠奈が存在していたことも書き添えられている。

 それを見て、増々満足げに頷き、口元をほころばせた部屋の主。

 私立探偵からのレポートを読み終えた途端、恐らくはブラインドタッチらしきそのスピードで、パソコンのキーボードを興奮気味に叩いた。


【今回の調査内容には大変満足している。後日、報酬は所定の2割増しで振り込ませていただくとしよう。ありがとう】


 マウスを右クリックして、メッセージを送信。

 深呼吸の後、その人物は再びくぐもった声を出した。


「彼なら、『あの謎』を解くことができるかもしれない……。まずは彼――高校生探偵『七曜浩輔』に近づくことからだ」


 パソコンの電源を落とすと、すっくと立ちあがったその人物は窓に向かって振り返った。そして、上物純白のレースのカーテンを勢いよく左右に開けた。

 刹那、勢いを増した春の陽射しが部屋のそこかしこに充満した。

 そんな中でも、部屋の主たる人物の背中には陽が当たらない。

 春の陽射しは逆光となり、その背中で暗い陰となった。しかし、その背中には、何故か活き活きとした不思議な力がみなぎっていた。

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