第2話 少年は見る、その笑顔を。

「いや、大きすぎやしないか……」

 舐めていた。昔に来ていたとはいえ、だいぶ前の出来事だから覚えちゃいない。

 目の前で城のごとく建つ洋館は、一般的な住居が建ち並ぶ住宅街ではおそろしく場違いなのだ。

「バカか……」

 今さらどう言っても仕方ない。もう決定事項なんだから、ここは我慢しなければいけないだろう。

「門……大きいな」

 たしか門に着いたら、どこかに呼び鈴があって、そこを押すんだっけか。

 呼び鈴呼び鈴……とつぶやきながら探してみる。

「あった」

 それを見つけてボタンを押す。

「……鳴ったのかな」

 鳴ったかどうかすらもわからない。けれど、すぐに呼び鈴のほうからノイズのような音がして、それから女性のような声が聞こえた。

「初めまして真堂隆之さま。わたくしは使用人を務めております、ナガイと申します。永久の永に、井戸の井で永井です。では門のほうを開けさせてもらいます」

 永井と名乗った女性がそう言ってすぐに、門は自動的に開いた。

「では、待っております」

 と最後にそう告げて、それ以降、何も言わなくなった。

「行くか……」

 屋敷の敷地内へ一歩を踏み出そうとしたとき、気持ち悪い視線を感じて、体が少しかゆくなる。俺は後ろへ振り向き、誰かいるのかと辺りを見渡した。しかし、誰もいない。


「気のせいか……」


 そうつぶやいて、踏み出した。それでも、その謎の視線は未だに俺の体にまとわりついていた。


 敷地に入ると、さすがに先ほどの視線は感じなかった。

「いったい……なんだったんだ?」

 身震いするほど、気持ちが悪かった。逃げろ、と体が命令してきた。怖いので、そんなことは考えないように努力することにした。

 それからしばらく歩いていると、大きな扉を目にして、急ぎ足で寄った。すると、途端に扉が開けられる。どうやら自動で開く扉らしい。

 開いた先には、二十代後半辺りのメイド服を着た女性が俺にお辞儀をしていた。その角度は鮮やかなもので、礼儀作法には強いんだろうなと思った。まあ、目の前の使用人にとっては当たり前すぎることなのかもしれないけど。


「えっと、あなたが永井さん?」

「はい。いらっしゃいませ……いえ、おかえりなさいませ、隆之さま」


 どうやら俺を家族として歓迎しているらしい。こちらとして身が軽くなる思いだ。しかし、やはり緊張はほぐれない。もともとの自宅もそれなりには規模は大きかったけど、この屋敷は段違いだ。


 屋敷の内装もまるで映画に出てくるような彩りがあって、こういったものにはあまり縁がない人にとっては、思わず心を揺り動かされてしまうものだろう。


「それではまず、隆之さまのお部屋へ案内いたします」

「は、はい」

 永井さんは俺に背を向けて、歩き出した。俺も、ついていくことにした。


 まず、この屋敷には東館と西館。そして離れがあることがわかった。しかし離れは改修工事を行う予定で、今は立ち入り禁止らしい。


 二階建てで、ロビーにある中央階段や東階段、西階段を使うと上り下りができる。


 俺の部屋はというと、東館の一階にあるらしい。

 長い廊下にずらっと部屋が等間隔で並んでいる。


「こちらでございます」と永井さんはこちらを振りかえり、こちらへお辞儀してそう言った。


 東階段のとなりに、俺の部屋が置かれている。


「ありがとうございます」俺も永井さんに向けて、腰を曲げ、頭を下げた。そして顔を上げる。「じゃあ、失礼してもいいですか?」

「はい、どうぞ」

 永井さんは笑った。

 驚いた……目を大きく見開いて、永井さんの笑顔をじっと見つめる。失礼かもしれないが、俺はてっきりあまり笑わない人かと思っていた。しかしそれは誤解で、こんなにも、緊張した体をほぐす柔らかい笑顔をする人だったのだ。


「ど、どうかしましたか……? え、えっとこれってエイギョウスマイルって言うんですよね。一応、昨日練習したんですけど……」


 と言ったあとで、しまったと言わんばかりに口に手をそえる。


 しかしなんだろう。永井さんみたいに口を滑らせて、口に手をそえる──この人の仕草にはどうも覚えがあるように思えた。


 まあ気のせいだろう、と一言胸中でつぶやいたあとで。


「いえ。すごく心がやわらぎました」


 俺も、彼女に負けないように精一杯の笑顔で答えた。


「そう、ですか。ならよかったです」


 と、照れくさそうに頬を指でかいて言った。

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