第三十七話「約束を守る男・火野太陽」

 “荻窪”

 東京二十三区の外円・環状八号線の西端に位置し、都心へのアクセスも良いことから多くのマンションと邸宅が立ち並ぶ、絵に描いたような“コンクリートの街”である。

 特に荻窪駅は霞ヶ関に直通しているということもあり、駅利用者には行政官僚も多い。


 そんな荻窪駅前が、中高年たちの阿鼻叫喚に包まれていた。


「うわああッ私のレク●スがああ! こらァ、そこのヒーローなに勝手に触ってるんだ、保険がおりなくなっちゃうだろ! 救助活動の邪魔だぁ? 知るかそんなこと、私の車だぞ!」

「ああ、そこのあなたうちのベッキーちゃんがいないんざますのよ! ヒーローなら探してくださいまし! 誰ってあなた、白くて愛らしいトイプードルのベッキーちゃんに決まってるざます!」


 怪人による被害、いわゆる局地的人的災害は、局地的であるがゆえに人の本性をあらわにする。


 救助活動が続いていようがお構いなしに、誰も彼もが現場職員に向かって己の被害を申し立てる。

 既に災害が収まった・・・・・・・とあればなおのことだ。


「おい、まだ電車は動かないのか! いったいどうなってるんだ、怪人は倒されたんだろう? おい君、電車はいつ動くんだね? 知らない? 知らないじゃあないよ君!」

「救急車はまだなのか!? なに? 重傷者が先? 私だってガラスで手を怪我したんだ! 重症化するおそれだってあるんじゃあないか? ヒーローに命を選別する権利があるのか!?」

「くっ……怪人は倒したけど、これじゃあ収拾がつかないよぉーーーッ!」


 怪人殲滅せんめつにあたった煌輝きらめき戦隊ロミオファイブは、西東京管轄区を守る現役イケメン高校生五人組だ。

 実力は確かな彼らであったが、いかんせん若い彼らには群衆を制御する力がない。


 瓦礫がれきの下に残された者たちの救助活動はおろか、殺到する市民をさばくので手一杯であった。



 と、そこに。



「オリジンフォース現着、行動を開始する。まずは邪魔な車両を撤去するぞ、そっちを持てモモテツ。いくぞ、せーのっ! オラァ!!」

「あーーーッ!? 私のレク●スがああああーーーッ!! 君なんてことするんだ、国家権力の横暴だぞ!」

「うるせえ人命が最優先だろうが! 現場げんじょう封鎖! 歩けるやつは全員一列に並んで黙って避難誘導に従え!」


 オリジンレッドの一喝と隊員の誘導により、なかばパニック状態に陥っていた群衆はみな現場区域の外へと追い立てられる。

 ユッキーとモモテツに収拾と救護を任せ、太陽とスナオ、そしていつきは荻窪駅の地下へと足を踏み入れた。



「こりゃあひどいな。スナオ、予備のライトをつけて壁に固定しろ。いつき、生体レーダーを起動して生存者を探ってくれ」

「了解であります!」

「りょ、了解しました!」


 地下でも激しい戦闘が行われていたらしく、地下鉄丸ノ内線荻窪駅の構内はすっかり戦場の様相をていしていた。


 崩れ落ちた天井と砕け散ったコンクリートの破片で、足の踏み場もない。

 当然のように電気は通っておらず、なにより構内で起こっている火災の煙で視界がほとんどないのだ。


「くそっ、これじゃあ赤外線サーマルゴーグルが役に立たねえ」

「オリジンレッドさん、駅事務所の座標に生体反応を複数確認しました」

「よしわかった! …………どっちだ!?」

「誘導します、ついてきてください」


 煙の中を勇敢に突き進む青い背中を追って、太陽とスナオは足場の悪い瓦礫の上を進む。


 ほどなくしてオリジンチェンジャーが発するフラッシュライトの明かりに、駅務室と書かれた扉が照らし出される。

 かすかにではあるが内側から扉を叩く音と、すすり泣く女の子の声が聞こえた。


「待ってろ、いま助け出してやるからな!」


 太陽はひしゃげてとても開きそうにない鉄扉に両手をかけると、ヒーロースーツのパワーで強引にこじ開けた。



 中にいたのはふたり、いや三人。



「うぅ……」

「おかあさん! おかあさぁん!!」


 頭から血を流す駅員らしき男と、わんわんと泣き叫ぶ少女。

 そして身体の半分ほどが瓦礫の下敷きにされた母親らしき女性だ。


「生存者確認。軽傷2、要救助者1。スナオ、駅員さんとこの子の誘導を頼む」

「了解したであります! さあついてくるであります!」

「やだああ! おかあさあああん!!」


 スナオが手を引こうとするも、少女は母親から離れようとしない。

 母親はかろうじて意識があるものの、下半身は完全に埋まってしまっておりかなり危険な状態だ。


 太陽は少女の頭に肩に手を置くと、視線の高さを合わせてなるべく優しく語りかける。


「大丈夫だお嬢ちゃん。お母さんはお兄さんたちが必ず助けるから、今は先に行こうね」

「うっうっ、ほんとにぃ? ほんとぉにぃ?」

「ああ、約束・・だ。さあ、この黄色いお姉ちゃんについていくんだ」


 少女は涙をぬぐって大きく頷くと、スナオに手を引かれて駅務室をあとにする。


「オリジンレッドさん、要救助者の脈拍が低下しています!」

「いつき、瓦礫を持ち上げるぞ。呼吸を合わせろ」

「はいッ!」


 ふたりで同時に力を込めると、重いコンクリートの塊がゆっくりと持ち上がる。


 しかし瓦礫を頭上まで持ち上げたそのとき。



「ッ!?」



 絶妙なバランスを保っていた天井が崩れ、ふたりが支える瓦礫の上にのしかかった。

 赤と青、ふたりのヒーローはまるで“ジャッキ”のように両手両足で踏ん張り巨大な瓦礫を支える。


「うおおおおッ!?」

「うっ……ぐううう……!」


 ビー! ビー! ビー!


 オリジンチェンジャーがけたたましい警告音を発する。

 瓦礫の重さがヒーロースーツの出力と耐荷重を上回っているのだ。


 それもそのはず、ふたりが支えているのはただの崩れた天井ではない。

 地下空間の崩落とは、“地面そのもの”の落下を意味する。


 このままでは要救助者はおろか、太陽といつきも長くはもちそうにない。


「いつき、いいかよく聞け。俺がひとりで支えている間に、お前は要救助者を抱えて脱出しろ」


 ふたりでギリギリ支えられている瓦礫を、果たしてひとりで支え切れるだろうか。

 否、やるしかないのだと、太陽は己の両腕に力を込める。


 しかし。


「それだとオリジンレッドさんが取り残されちゃいます! ここは私が残って支えます。私のヒーロースーツのほうが性能は上のはずです」


 いつきは太陽に負けじと力を込める。

 しかしいつきのヒーロースーツとてもう限界に近いはずだ。


「おいおい、なに言ってやがるんだ……いつき!」

「ここは任せてください、私なら大丈夫です! そ、そのかわりもし生き残ったら……!」



 そのとき。




「こんの大馬鹿野郎ッッッ!!!!!」




 太陽は吠えた。



 いままで一度も聞いたことのない声量。

 いままでけして向けられたことのない剣幕に、いつきは思わず背筋を強張らせる。


「なにが“もし生き残ったら”だ。ヒーローなめてんじゃねえぞ!」

「お、オリジンレッドさ……」

「俺はこの程度で死にゃあしねえし、お前も要救助者も死なせねえ。ヒーローだからな」



 赤いヒーロースーツが性能の限界を超えてバチバチと火花を散らす。

 やせ我慢のように、太陽はマスクの下でニッと笑ってみせた。



「目の前の命も救う、仲間の命も救う、自分の命も救う。全部やるのがヒーローだ。安心しないつき、俺は“約束を守る男”だぜ」

「で、でも」

「いいから行け! そしたら後でデートでもなんでも行ってやる! 絶対に生き残る・・・・・・・からな」

「……ッ!」


 いつきが瓦礫から手を放すと、太陽の全身に更なる強烈な圧が襲い掛かった。

 単純計算で倍加した重量に、ヒーロースーツだけでなく身体も悲鳴を上げている。


 だがこれでいい。


 いつきは要救助者を抱えると、視界と足元が悪い中を風のように走り去っていった。



 崩れゆく地下空間にただひとり残された太陽は、心の中で時を数える。



「まだだ、まだ、もう少し……」



 ヒーロースーツは耐久限界値をとうに超え、身体強化の効果は失われつつある。

 並のヒーローであったならば、ここで殉職おわりを迎えていたことだろう。


 だが火野太陽は違う。

 オリジンレッドは、正真正銘のヒーローだ。




 …………。




 いつきは走った。

 瓦礫に何度も足を取られそうになりながらも、明るい地上を目指して。


 地下から飛び出しても後ろを振り返らず、立ち入り規制線の外側までけして足を休めることなく駆け抜ける。

 そしてすぐさまインカムに向かって叫んだ。



「要救助者確保! 繰り返します、要救助者確保しました! 現場げんじょう封鎖、完全に完了しています!」

『了解』


 青いマスクに取り付けられたインカムから、オリジンレッドの声が短く聞こえる。



 次の瞬間。




『レッドパンチ!!』




 封鎖された区画の中心。

 まるで埋もれた不発弾が爆発でもしたかのように、地下を起点とする大爆発が起こる。


 衝撃波とともに瓦礫が吹き飛び、規制線の内側ぎりぎりまで大地がえぐれ飛ぶ。



 地下でのやりとりはほんのわずかな時間であったが、いつきはオリジンレッドが示す意図を汲んだ。


 この一発こそが市民と、いつきと、そしてオリジンレッド。

 全員を助けるための唯一の手段なのだと。



「オリジンレッドさん……!」

「隊長殿ぉぉぉぉ!」

「た、隊長!」

「……たいちょ……」



 隊員たちが固唾かたずをのんで見守る中。

 もうもうと立ち込める土煙の隙間から、赤いマスクが覗く。


 赤いスーツの男が、クレーターの中心で立ち上がる。




「行動、終了だ……」




 しかしその影はふらふらとした足取りで瓦礫の上を歩くなり、ぐらりとよろめいた。



「オリジンレッドさん!!!」



 倒れそうになった太陽の体を、いつきが疾風の速さで駆け寄って抱き止める。



「しっかりしてください、オリジンレッドさん!」

「……おういつき、お疲れさん。約束を守るのって……きついな……」



 それだけを言うと、太陽は気を失った。







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