第二十七話「からみつく修道女」

 緊急出動スクランブルがかかったのは、翌日の午後であった。


 北東京支部で再び顔をあわせたオリジンフォースの面々が少しばかりの気まずさを残しつつも。

 モモテツがれた紅茶でのんびりとした空気を味わっていた、まさにそのときである。



局人災かいじん警報発令! 対象は2体、場所は駒込こまごめ六義園りくぎえんだ。女が襲われているとの情報もある。不屈戦隊オリジンフォース、ただちに行動を開始せよ!」

「「「「「了解!!!」」」」」



 “六義園りくぎえん

 武蔵川越藩主、譜代ふだい大名柳沢やなぎさわ美濃守みののかみが手ずから築き上げ、あの岩崎いわさき弥太郎やたろうも愛した都内屈指の大庭園である。


 風情の中にも斬新な創意工夫が見てとれる庭園内では、ふたり組の怪人が美女を襲っていた。



「ひぇーひぇっひぇっひぇ! そこの美しくもはかなげな神々しさをまといし無垢むくなる乙女よ、観念するがいい。貴様は我らベルベル兄妹きょうだいうるわしき奴隷どれいとなるのだぁーッ!」

「ひ、ひぇひぇ……ひぇ! まるで草原に咲く一輪の花のように……か、可憐でけなげな聖女よ。このにおよんで助けがくるなどとは、えっと、思わないことだなーぁ……」

「あーれー、誰か助けてぇー! ああっ、そんなご無体なァーーーッ!」



 黒いタイツに目出し帽という怪人というよりは強盗にしか見えない怪人たちは、やたらと褒め称えながら美女にコンニャクを押し付けているではないか。

  なんと筆舌に尽くしがたき悪逆非道あくぎゃくひどう、なんたる悪鬼羅刹あっきらせつ所業しょぎょうであろうか。


「くはははは! どうだ常温のコンニャクの味は! 味気なくて気持ち悪かろう!」

「おっ、おに、おにいちゃん! ヒーローが近づいてるわよ!」

「待てェーーーーーい!!! そこまでだ怪人ども、人質を解放しろ!!」


 どこか芝居がかったベルベル兄妹の前に、五人の戦士が立ちはだかる。



「“紅蓮ぐれん剛拳ごうけん”オリジンレッド! 行動を開始する!」

「“烈風れっぷう尖刃せんじん”オリジンブルー。行動を開始します」

「“破戒はかい健脚けんきゃく”オリジンイエロー! 行動を開始するであります!」

「“鋼鉄こうてつ城塞じょうさい”オリジンピンク! 行動を開始いたします!」

「“零下れいか幻影げんえい”オリジンブラック……。行動、開始……」



 赤、青、黄、桃、黒。

 初代ヒーロー正義戦隊ジャスティスファイブを彷彿とさせる五色の雄姿。

 彼らこそいま乗りに乗っている、新生不屈戦隊オリジンフォースである。



「オリジンフォースだと!? くっ、美の女神ヴィーナスさえもうらやみししとやかなる姫君の身柄は惜しいが、多勢に無勢では致し方あるまい。ここは一旦退くぞ妹よ!」

「私に命令しなっ……いで、ほしいな、お゛に゛い゛ぢゃん……!」



 オリジンフォースの登場により、正体不明の怪人ベルベル兄妹は刃を交えることなく一目散に逃げ出す。

 さすがは身体能力に優れる怪人といったところか、その逃げ足はスポーツカーなみであった。



「あっ! 逃げたであります!」

「スナオ、いつき。深追いはしなくていい。人質の確保が最優先だ」

「むぅ、なんて逃げ足の速い……取り逃がしましたね」

「たったふたりならどうせ二つ名もねえ野良怪人だ。またどこかで尻尾を出すさ。それよりも……」



 太陽は地面にぐったりと倒れ伏す被害者に駆け寄ると、背中に腕を回して抱き起こす。


 修道服かなにかだろうか。

 ゆったりとした服をまとっているから見た目ではわかりにくいが、その身体は意外なほどに軽い。


 そしてなにより、ベールから覗く鮮やかなブロンドヘアと白磁のような肌が、美しいながらもどこか人間離れした危険な香りを漂わせる。

 彼女の海のように深く青く湿り気を帯びた瞳は、太陽の目をマスク越しに艶めかしく見つめていた。


「ごくり。あの、お怪我はありませんかお嬢さん……?」

「ありがとうございます優しく頼もしいお方。これもきっと絆と愛のお導きに違いありませんわ」


 そう言うなり、修道服の美女は太陽の赤いマスクに唇を添えた。

 マスクがなければ太陽の唇に直接吸いついていたであろう。


 一部始終を目にしたいつきは、一瞬呆気に取られたもののすぐに我に帰って叫ぶ。


「……なっ! オリジンレッドさんになにしてるんですかァーーーッ!!」


 美女はいつきの声に一瞬ちらりと目をやると、すぐさま太陽に向き直り赤いスーツに包まれた胸板に『のの字』を描いた。


「んっ……申し訳ございません。いま持ち合わせがないものでして。わたくしからのお礼といったらこのぐらいしか……」

「いえ、お礼はけけけ結構です! 俺たち一応公務員なんで謝礼の受け取りはNGなんですよ、へへっ。……けど万が一なにか困ったことがあればこの番号までどうぞ」

「見えるであります……隊長殿、鼻の下がびよんびよんに伸び切っているであります……」



 無理からぬ話だ。


 火野太陽はヒーロー一筋に生きる37歳独身である。

 不意打ちで絶世の美女に迫られようものなら、でれでれのひとつもしてしまうものだ。


 加えてヒーローという職業の特性上、なかなか所帯を持つことは難しいのだが。

 男所帯が多いヒーロー業において、任務で助けた女性とゴールインするというのは、過去の事例と照らしてもけして珍しくない話であった。


 かつて日本一のヒーローとして活躍していた太陽にとっては、こうしてお礼と称し熱烈な好意を向けられること自体、ゆうに十年ぶりのことであった。



「ん、はぁ……わたくし殿方とのがたにこれほど力強く抱かれた経験がないものですから。……その、少し、うずいてしまいます」

「いえこれも俺の仕事のうちですから、ははっ。ご無事でなによりです。立てますか?」

「お恥ずかしながら、腰が抜けてしまって……んっ。もう少しこのまま、甘えさせていただいてもよろしいですか……?」


 女は妙につやっぽく太陽の首に腕を回すと、その細い肢体をまるで蛇のようにくねらせて太陽に絡みついた。


「うん。なるほどダメそうですね。じゃあこのままもうちょっとだけ俺に……」

「はいはいはい!! 怪我はないみたいですね! 調書を取りますので少々お時間よろしいですかーーーッ!?」


 濃密にからまりかけたふたりを、いつきが力任せに引きはがす。

 女は何事もなかったかのようにすっと立ち上がると、太陽に向かってにっこりと陽だまりのような笑みを浮かべた。


「ふふ、続きはまた今度にいたしましょう」

「続きなんてありませんッ! ふぅーッ! ふしゃーーッ!」

「あら怖い。仔猫ちゃんみたい」

「調書に記載するのでお名前とご職業を頂戴してもよろしいですかッ!?」



 敵意をあらわにするいつきに対し、女は修道服の端をつまみながら腰を落として一礼した。



光円寺こうえんじシャリオンと申します。すぐ近くの教会でシスターをさせていただいておりますの」



 シャリオンと名乗った女は、オリジンフォースの面々に微笑みかける。

 彼女の瞳が深淵のような闇をたたえていることに、そのときは誰も気づかなかった。




 ………………。



 …………。



 ……。





 ビルとビルの間を縫うように、ふたつの影が駒込こまごめの街を駆け抜ける。

 追手が来ていないことを確認すると、ベルベル兄妹のふたりは目出し帽を脱ぎ捨てた。


「はぁ……はぁ……くそっ、何故誇り高き闇の支配者ダークロードたる我がこのような猿芝居を打たねばならぬのだ……!! 我は漆黒の名を冠するネームドだぞ……!」

「おに……じゃなくてクソざこリベル。あんたそんなこと言ってノリノリだったじゃない……! ネーヴェルちゃん、二度とあんなくさいセリフ読みたくないわ……具合悪くなりそう」


 それは光円寺シャリオンこと、メギドーラによって“彼女を襲うよう脅迫された”漆黒怪人リベルタカスと傲慢怪人ネーヴェルであった。


 兄妹という設定や、妙に容姿を褒めちぎるセリフもすべてメギドーラが用意したものだ。



「メギドーラめえ……我らをダシにして仇敵オリジンフォースに取り入ろうとは……なんたる屈辱! いつか見返してやるぞ、ひぇーっひぇっひぇ……じゃない! くははははは!!」

「このネーヴェルちゃんがこんなアホで香水くさいやつの妹だなんて、絶対許さないんだから! 覚えてなさいよメギドーラ……ぐぎぎぎぎぎ!!!」

「……我そんなにくさい?」

「コーラこぼしたときのにおいがするわ」



 ふたり並んだ怪人のうしろ姿は、光の当たらぬ闇へと溶けていった。




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