第32話 いらない子は学内カーストを駆け上がる⑪ ~学園の王、爆誕~

「「「――きゃーーーーーーっ!!!!!」」」


 "ムーガ"の控室に入った瞬間、僕は飛びかかってきた女の子たちにもみくちゃにされてしまった……。

 そして男子たちから沸き起こる野太い"ロクオンジ"コール……。


「「「――ロクオンジッ!!! ――ロクオンジッ!!! ――ロクオンジッ!!! ――うおおぉぉっ……!!!!!」」」


 僕は肩車をされ、あちこち担ぎ回され、何度もカメラのフラッシュを浴びせられ……。


(……いや待って待って、凱旋帰国した英雄じゃないんだからさっ……!?)


 だがもみくちゃにされているうちに、マリさん、ラウナさん、そしてミーツェさんまで飛びかかってくる……。


「――救世主さまぁっ……!!!!! 見事なジャイアントキリングでございましたっ……!!!!! もうなんとお礼を申してよいのやらっ……!!!!!」

「い、いや、別に……お礼なんて……」

「――救世主さまのおかげで"ムーガ"生徒会も堂々と発言出来るようになりますっ……!!!!! 救世主さまがハイフェルドを倒してくださったのですからっ……!!!!!」

「は、はぁ……」

「もう誰にも"牛狩り祭だ"などとは言わせませんっ……!!!!! 本当に本当にっ……ありがとうございましたぁっ……!!!!!」


 嗚咽を漏らしながらひれ伏すマリさん、ラウナさん、ミーツェさん……。

 いやいやいや……だから大げさですってば!?

 たった二十秒くらい、ヴァイオリン弾いただけですよっ……!?


「「「――きゃーーーーーーっ!!!!!」」」

「「「――ロクオンジッ!!! ――ロクオンジッ!!! ――ロクオンジッ!!! ――うおおぉぉっ……!!!!!」」」


 そんなふうに騒いでいると、ふと誰かが後ろから肩を叩いてきた。

 ……ん?


(――あっ)


 見ればそこに立っていたのは――クローデさんだ。


「――クローデさん、お久しぶりです! どこ行ってたんですか?」


 だが僕がそう訊ねると、クローデさんは真っ赤な目を制服の袖で拭う。

 そして言った。


「――ケイ、本当にありがとな……」

「え?」

「お前のおかげで目が覚めた……。俺、怖くて逃げたんだ……。エントリーしなかったのさ……。臆病者チキンだったから……。だが、ケイがハイフェルドをぶっ倒すのを見て――完全に目が覚めたっ……!!!」

「め、目が……?」

「俺……ケイから"勇気"をもらった気がする……!!! 次は戦うよ……っ!!! ケイみたいに上位に立ち向かってみせるっ……!!!!!」

「は、はぁ……?」


 わけがわからずにクローデさんのステータスに目をやった僕は、つい驚いてしまった。


(えっ……!?)

 


 名前:クローデ・エルフィンストン

 レベル:138

 TS:1671

 AS:1733

 MP:169

 スキル:≪勇者のトリル≫≪ボーイングLv.6≫≪アルペジオLv.6≫≪速いパッセージLv.6≫≪ポジションチェンジLv.6≫≪ビブラートLv.6≫≪トリルLv.8≫≪重音Lv.6≫……他

 称号:≪プロヴァイオリニスト≫


【勇者のトリル】……どんな困難な相手にも立ち向かう2度上の勇気。TSとASが1000上昇。



 ……【チキンのトリル】が【勇者のトリル】に変わってるぞっ……!?!?

 称号も【セミプロヴァイオリニスト】から【プロヴァイオリニスト】に上がってるしっ……!?!?

 なんかよくわからないけど、めっちゃ成長してるぅっ……!?!?


「――ケイ、本当にありがとな! 俺たち"ムーガ"に勇気を与えてくれて! お前はもう違うグレードに行っちまうだろうけど、これからも友達でいてくれよな!!!!!」

「え、えぇ……」


 そんな話をしていると、今度は"コンコン"――とドアを叩く音があった。

 ……ん? 誰かが僕を呼んでるぞ?


「――ケイ君、ちょっと」


 見れば男子の視線を一身に集めるセクシーなお姉さん――リーゼ先生が、ドアの向こうから僕に手招きをしているではないか……。


「は、はい……っ?」


 僕はドアの方へと向かう。

 そうして廊下に出るなり、リーゼ先生はいきなり抱きついてきた……。


「――ケイ君、すごかったわ。さすがゼーンが絶賛しただけのことはあるわね。いや……にしても想像以上だったけど――」


 胸の谷間に顔を挟まれ、僕は思わず赤面してしまった……。


「は、はぁ……、い、いや、別に……っ」

「それで、あなたに大事な用件があってきたんだけど――」

「……大事な用件?」


 リーゼ先生は頷いた。

 そしてこう言った。


「あなたのグレードのことよ」

「グレード……」


 ああ、そっか……。

 ハイフェルドさんに勝ったからか……。

 じゃあ僕も今より一個上がって、ありすさんと同じグレード4"ルーヴォ"になるのかなぁ……?

 だが僕がそう訊ねると、リーゼ先生はフッと笑う。


「"ルーヴォ"ですって? ……ケイ君をそんなところに置いといたら、みんな自信喪失してやめてっちゃうわ。あなたには然るべきところにいてもらわないと」

「然るべきところ?」

「本当はもう君はこの学園にいていい存在じゃないの。でも、ルールだから――」


 リーゼ先生がそう言って胸の谷間から取り出したのは、金色に光り輝く腕章だった。

 ――グレード1"獅子レオーネ"の腕章だ……。


「王立音楽学園では例のないことだけど、あなたが例のない才能だから仕方がないわね。はい、これ――」

「……いやっ、これっ、えっ……!?」


 僕は目を白黒させてしまった。

 ――グ、グレード1っ……!?


「――ケイ君、あなたには明日から、それをつけて登校してもらうからね。わかった?」

「ぼ、僕が"獅子レオーネ"ですかっ……!?」

「当然でしょ! 教授陣も生徒もみんな大慌てよ! あんな演奏聴かされたらさ、こっちはどうしようもないじゃない! ……『王立音楽学園のキングは"ハイフェルドじゃなくてロクオンジだ"』って、みんな噂してるわ!」


 キ、キングって……!?

 ぼ、僕が、学園のキングっ……!?


「まあそんなわけでケイ君――あなたにはこれからグレード1としてだけでなく、王立音楽学園の象徴としてみんなの模範になってもらうからね。そのつもりでね――」


 そう言い残して去っていったリーゼ先生……。

 学園の象徴って……まだ入学したばっかりなんですけどっ……!?

 金色の腕章を持ったまま呆然としていると――


「――ロクオンジさまっ……!!!!!」


 今度は急に廊下の向こうから声をかけられ、僕はビクッとしてしまった。

 見れば、眼鏡をかけた男子生徒がこっちに駆け寄ってくるぞ……?


(……あれ? あの人、どこかで見たことある顔だな?)


 そう思っていると、眼鏡の男子は僕に近づくなり、いきなりジャンピング土下座を決めて、


「――すっ、すいませんでしたぁっ……!!!!! ロクオンジさまぁっ……!!!!!」


 ……は、はいっ!?!?

 ……な、なに急にっ!?!?

 だが驚く僕のことなどお構いなしに、男子生徒は眼鏡のブリッジをグイっと中指で押し上げ、再びひれ伏し始めるではないか――。


「――申し訳ございませんっ……!!!!! 先日はバスの車内であのようなご無礼をっ……!!!!!」

「いや、ちょっ……!? だ、誰ですかっ……!?」


 ……バスの車内ってなんだよ!?

 そう思いながら男子生徒の"オーゾ"の腕章を見た時――僕はやっと思い出した。


(……あぁ、この人は――)


 ――『無様な"黒豚マヤージェロ"に成り下がるのが楽しみだ……!』

 自動運転バスを降りる時にそう吐き捨てていった、あの人か……。


「――無様な"黒豚マヤージェロ"に成り下がれ、などとっ……!!!!! ロクオンジさまのお力も知らずに、大変失礼な発言をしてしまいましたっ……!!!!! どうか……どうかこの私をお許しください……っ!!!!!」


 舐めるように床に顔を擦りつけまくる眼鏡男子を前に、僕は困ってしまう。


「……い、いや、謝らないでくださいよっ!? そんなの、僕は気にしてませんからっ!?」

「――嗚呼、ロクオンジさまっ……!!!!! なんと偉大な御方っ……!!!!!! さすが王立音楽学園の"キング"っ……!!!!!」


 いや、だから"キング"って何……!?

 それハイフェルドさんのことじゃないの……っ!?


(はぁ、やれやれ……)


 とまぁこんなカンジでグレニアールを機に、僕の学園内での立ち位置は急激に変わってしまったのだった……。


 だけどこれはまぁ、騒がしい学園生活の、まだほんの始まりに過ぎなかった――

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