第25話 いらない子は学内カーストを駆け上がる④ ~牛(ムーガ)の救世主~

 王立音楽学園名物――"グレード別生徒会"。

 いや、勝手に"名物"なんて言っていいのかどうかわからないけど……。


 でもクローデさんに話を聞いた時には、「これだけの名門音楽校を牛耳る生徒会なのだから、きっとすごい組織なんだろうなぁ……」と勝手に思っていた。

 だけど――


「――えっと……ここ……倉庫……ですよね?」


 僕は宮殿の地下の片隅にある四畳半ほどの"生徒会室"に足を踏み入れるなり、思わずそう聞いてしまった。


 "非常用の防災グッズ"だの"予備のバッテリー"だのが置いてある狭い部屋は、あちこちにクモの巣が張り、ネズミのフンらしきものが散らばっている……。

 だけど訝る僕のことなどお構いなしに、前に立つ"ムーガ"生徒会長のマリさんは言った。


「――いえ、"ムーガ"生徒会室ですよ、救世主さま」


 ……いや、でもドアに『倉庫』って書いてあったんですけどっ!?

 まぁたしかにその上からガムテープが張ってあって、『生徒会室』って殴り書きされてたけどさ……。


「――さあ、お座りくださいませ、救世主さま」


 ……座るって、どこにっ!?

 ……椅子も何もないんですけどっ!?

 仕方がないので、段ボールに腰を下ろしたマリさんを真似して、僕も段ボールの上に座った。

 ……にしても暗いな。


(窓もないし、照明は天井からぶら下がってる豆電球一個だけだし……)


 ……こんなところで活動してるのか、"ムーガ"の生徒会は?

 そんなことを考えていると、コンコンとドアをノックする音があった。

 桃みたいなピンク色の髪をした女の子が、コーヒーをお盆に乗せて入ってくる。

 

「――救世主さま、コーヒーをどうぞ」

「あ、ありがとうございま……」


 ……って、カップがひび割れてボロボロなんですけどっ!?

 なんでセロテープでとめてあるんですかっ……!?


「どうぞ、救世主さま。遠慮なさらずに」

「いや、遠慮っていうか……」


 口をつけるのに勇気がいるんだけど……。出されたものは飲まなきゃ失礼かな……?

 そう思い、一口飲んだ――。

 

「――う、薄っ……!?」


 なんだこの、"水にコーヒーを一滴たらした"みたいな飲み物はっ!?

 僕が困惑していると、マリさんが言った。


「――申し訳ございません、救世主さま。予算不足により、コーヒーは水で10倍に希釈してお出ししております」


 水で10倍に希釈って、カルピスじゃないんだから……!?

 ていうか"コーヒーも買えない"って、どんだけ予算不足なの!?


 いやもはや、それならコーヒーの費用カットしたほうがよくない……っ!?

 僕が困惑していると、さっきコーヒーを持ってきてくれたピンク髪の女の子、それにその後から入ってきた水色の髪の女の子が、僕の両隣に座った。


「――救世主さま、"ムーガ"生徒会副会長のラウナです♡」

「――同じく、"ムーガ"生徒会副会長のミーツェです♡」


 ただでさえ狭い倉庫……いや生徒会室に女の子三人とか、酸欠になりそうだな……。

 

「――救世主さま。以上が私たち"ムーガ"生徒会の全メンバーとなっております」

「へぇ……」


 ……って少なっ!?

 ……たった三人だけっ!?

 マリさんとラウナさんとミーツェさんだけっ!?


 廃校寸前の学校じゃんっ!?

 僕はだんだん、この異様な状況に気づき始めていた……。


「――いや、ちょっと待ってください……。さっきから"救世主さま、救世主さま"って……一体何なんですか? どうして僕はここに連れて来られたんですか?」

「お願いがあるからです」


 マリさんは言った。


「……お願い?」


 僕は眉をひそめる。


「救世主さまへのお願いというのは、他でもありません。――今度のグレニアールに"ムーガ"生徒会のワイルドカードとして出場していただき、上位グレード相手にジャイアントキリングを起こしていただきたいのです!」


 マリさんの声を合図にしたように、両隣の副会長たちも声を揃えた。


「――お願いします、救世主さま!」

「――お助け下さい、救世主さま!」


 いや、だから"救世主さま"って何っ……!?

 それに、いきなり「お願いします」とか言われても……。


「あの、事情がよくわからないんで……」


 僕がそう言うと、マリさんは頷いた。


「もちろん説明いたしますとも、救世主さま!」

「は、はぁ……」

「グレニアールとは学内演奏会のことです。指名したグレードの対戦相手とともにステージに立ち、パフォーマンスを披露し、観客の判定により勝敗を決するバトルです」


 ……ああ、それなら今朝クローデさんに聞いたやつだ。


「救世主さまは、"エントリー"と"ワイルドカード"の違いについてはご存知ですか?」

「ええ、まぁ、なんとなくは……」

「そうですか、それでしたら話が早い。――救世主さま、私たちグレード別生徒会は毎年ワイルドカードとして推薦者一名をグレニアールに送り込んでおるのです。表向きにはただの『特別出場枠』ということになっておりますが、実際は異なります。ワイルドカードとは、グレード別生徒会の威信をかけた戦い――ひいては予算配分や施設の使用時間などにも影響する、重大な戦いなのです!」

「生徒会の威信をかけた……重大な戦い?」

「そうです、救世主さま!」


 マリさんは続ける。


「――本来、"王立音楽学園のグレード別生徒会は対等な関係である"とされていました。ところが"下位グレードは上位グレードに逆らえない"などという愚かな不文律のせいで上位の横暴を許すようになり、それがグレード別生徒会の不平等を生み出すようになったのです。――たとえば予算!」


 マリさんはそう言うとポケットから一枚の硬貨を取り出した。

 ――500ルソだ。


「――本年度のわが"ムーガ"生徒会の予算は、たったこれだけです! 500ルソです!」


 ……500ルソ?

 1ルソ約1円だから……500円ってこと!?

 ……予算少なっ!?

 どうりでみすぼらしいわけだ、この生徒会室……。


「何故このような状況になっているかと言いますと、結局すべてはこの王立音楽学園の非合理的で時代遅れなグレード制度のせいなのです! だって救世主さま、考えてもみてくださいな! 音楽家には早熟の天才もいれば遅咲きの天才もいるはず! 所詮現時点でのグレードなど参考に過ぎぬはず! にもかかわらず、現時点でのグレードがまるでその音楽家の一生涯の評価であるかのように騙り、下位グレードたちを見下す! それが王立音楽学園の愚かなグレード制度であり、ひいては上位グレードたちの傍若無人な振る舞いを生んでいるのです!」


 マリさんは興奮したのか、急に昇竜拳みたいにこぶしを突き上げて立ち上がった。


「――だっておかしいではありませんか、救世主さま! 全校生徒のわずか0.1%足らずのグレード1"獅子レオーネ"や、わずか1%足らずのグレード2"リノーシェ"が予算の大半を使い切り、全校生徒の半数近くを占めるわれら"ムーガ"に回ってくるのはわずか500ルソだけ! このような予算で何が出来ると言うのですっ!?」


 ……うん、とりあえず"金の恨みは怖い"ってことはよくわかった。

 でも――


「――その予算の話と、さっきのグレニアールのワイルドカードの話と、どう関係があるんですか?」

「救世主さま! ですから先程も言いましたように、ワイルドカードとはグレード別生徒会の威信をかけた戦いなのです! もしここで上位グレードの鼻っ柱をへし折り、やつらの権威を失墜させることが出来れば、次の予算会議を優位に進めることが出来ます! "上位グレードなどと威張り散らしているが、われらムーガに負けたではないか"、と! つまり本来の王立音楽学園のルールである、"グレード別生徒会は平等"の原則を取り戻すことが出来るのです、救世主さま!!」


 なるほどな……。

 色々言ってるけど、ようするに"偉そうにしてる上位グレードたちをぎゃふんと言わせたい"ってことだな、たぶん……。

 僕はまた水っぽいコーヒーを一口すする。


「いや、でも、そんな重大な役目、僕には……」

「救世主さま! 救世主さまのヴァイオリンを聴いた瞬間、私は確信いたしました! 救世主さまなら、あの"ヤン・ハイフェルド"にも勝てると!!」

「ヤン……ハイフェルド?」

「王立音楽学園史上最強のヴァイオリニストにして、四年連続"獅子レオーネ"のワイルドカードを務めている、『ヴァイオリンの魔術師』、ヤン・ハイフェルドでございます!!」


 ヴァ、ヴァイオリンの魔術師っ……!?

 つ、強そうだ……。


「今年も"獅子レオーネ"のワイルドカードはヤン・ハイフェルドで決まったと聞いております。ですから救世主さまが"ムーガ"のワイルドカードとしてヤン・ハイフェルドを倒してくだされば、王立音楽学園始まって以来のスーパー・ウルトラ・ミラクル・スペクタクル・ファンタスティック・ジャイアント・キリングが拝めるというわけです、救世主さま!!!」


 ……いや、ちょっと待って!?

 ……なんで"僕が戦う"みたいな話になってるの!?

 ……まだ"ワイルドカード引き受ける"とも言ってないんですけどっ!?


「い、いやでも、そんな大役……っ!」


 だが僕が言い終わらぬうちに、マリさん、それにラウナさん、ミーツェさんが抱きついてきた……。


「――救世主さま、お願いします!!!」

「――お願いします、救世主さま!!!」

「――お助け下さい、救世主さま!!!」


 ……いやいやいや、近い近い近いっ!?

 ……てか、おっぱいが当たってますって!?

 僕はすっかり困惑してしまった。


(はぁ、どうすりゃいいんだ……)


「でも……もしそれで負けちゃって……みんなに迷惑をかけることになったら……」

「やる前から負けることを考える馬鹿がどこにおるのです、救世主さまっ!!」


 なにそのプロレスラーみたいな格言っ……!?


「それに救世主さまなら勝てます! あんなに素敵な『タイスの瞑想曲』、これまで見たことも聞いたこともありません!!」

「あれは、まぁ……。いやでも、まだ登校二日目ですし……」

「救世主さまがワイルドカードを引き受けてくださらないのであれば、"ムーガ"生徒会は生徒会憲章に基づき、然るべき裁定を下させていただきます!!」

「然るべき裁定、とは……?」

「先程の違反の件です! 救世主さま、ならびにクローデ・エルフィンストンを、生徒会憲章違反により退学処分とさせていただきます!!!」


 いやっ、ちょっ……!?

 そ、それだけはっ……!?


「さあどうしますか、救世主さま! 退学になるか、それともワイルドカードとしてヤン・ハイフェルドと戦うか……どちらかをお選びください!!!!」


 何その二択っ……!?

 もう答え出てるじゃんっ……!?


「――救世主さま、ご決断を!!!!」

「――救世主さま、お願いします!!!!」


 前方からマリさんに、そして両脇からラウナさんとミーツェさんに攻められ、僕は確信した。


(……いやいやいや、もう逃げ道塞がれてるしっ!?!?)


 "はい"も"いいえ"もない。

 自分のせいでクローデさんを退学にすることなんて絶対出来ない。

 僕は承諾するしかなかった……。


「わ、わかりましたよ……やりますよ! ワイルドカード、僕がやります……っ! そのかわり、クローデさんの退学処分は取り消してあげてくださいね、絶対に……っ!」


 そう言うと、マリさんは目に涙を浮かべた。


「――引き受けてくださいますか、救世主さまっ……!?!?」


 いや、声でかっ……!?


「そうとなれば早速――ほらラウナ、あの帽子を救世主さまにっ!」

「――はいっ!」


 マリさんに命じられて席を立ったラウナさん。

 やがて戻ってきたその手に握られていたのは――


「ベ、ベースボールキャップ……?」


 牛のエンブレムのついた、ボロボロの野球帽だった……。

 なんだこの、どこかで見覚えのあるデザインは……っ!?


「救世主さま、これをお被りください! かつて先代の"ムーガ"生徒会長が"神秘の国"で買い求めた必勝祈願の帽子です! "ムーガ"のワイルドカードは毎年これを被ることになっておるのです!」


 いやいやいや、"神秘の国で買い求めた"って……!?

 どこかで見たことあると思ったら、これ"近鉄時代のバファローズの帽子"じゃんっ……!?


 中村ノリとかが被ってたやつじゃん……っ!?

 日本人的に、今さらドヤ顔で被りたくないやつなんですけどっ……!?


 だが動揺する僕のことなど目にも入っていないかのように、マリさんは立ち上がって言った。


「――救世主さま、では早速、強化合宿に向かいましょう!!!」

「きょ、強化合宿……!?」


 なっ、何それ……っ!?

 またなんか出てきた……っ!?


「何って、グレニアールでの勝負を盤石のものにするための生徒会合宿ですよ、救世主さま!! "ムーガ"生徒会では毎年王都から約三百キロも離れたエクモナの町で合宿を張ることにしているのです!!!」

「さ、三百キロっ……!?」


 ガチの合宿じゃん……っ!?

 すぐに帰ってこれないやつじゃん……!?

 いやいやいや、初耳なんですけどっ……!? 


「い、いやでもほら、まだ一週間ありますし……! 休んでる間の授業とか……単位とかもありますし……っ!」

「単位なら心配ありません、救世主さま! 生徒会合宿は"コンクール"や"コンサート"などと同様、公欠扱いとなっております!!」


 ぐっ……だから逃げ道塞ぐの早くない、ねぇっ!?


(大体、女の子三人と合宿なんて……)


 ありすさんに聞かれたら、またわけもわからずに脛を蹴られそうだ……。


(いや、でも待てよ……?)


 もしここで僕が"ヤン・ハイフェルド"とかって人に勝ったら、僕自身のグレードも上がるかもしれないんだよなぁ……。


 そうしたら"ルーヴォ"のありすさんと同じクラスになれるかもしれない……。

 それはそれで悪い話じゃなさそうだ……。


 とまぁ、そんなわけで――

 僕は"ムーガ"のワイルドカードに選出された上、生徒会長のマリさん、それに副会長のラウナさんとミーツェさんとともに、"エクモナ"という町に合宿に行くことになったのだった――。

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