原罪の荒野【トーマン・ティン】〔最終話〕

異端暗黒都市【オガム】2

 地図作りの長い旅も終わりに近づき、ナックラ・ビィビィ一行は不毛な呪われた地──原罪の荒野【トーマン・ティン】へとやって来た。

 何もない荒野の真ん中に空気がよどんでいる箇所があった……そこに確かに存在しているはずなのに、建物の形に淀んだ空気の塊にしか見えない。

 浮遊移動する、異端暗黒都市オガム。

 禍々しい瘴気しょうきが、ナックラ・ビィビィたちが立つ場所にも伝わってくる。


 歯車が内部に見える三日月型が先端に付いた、魔導杖を持った外見は美少女の、ナックラ・ビィビィが呟く。

「『他人を妬み羨み憎み。成功した者の足を引っぱり陥れ。誹謗中傷と嘲笑をして他者を不幸にする者には、幸せが訪れる』……ググレ暗黒教、まったくおぞましい信仰じゃ」


 長い旅の中で、頬に傷が生じて、たくましい男の顔つきになった。ギャン・カナッハが言った。

「今のオレなら無敵だ、さっさと乗り込んで、ぶっ潰しちまおうぜ」

 食器や旅の必需品を吊るした、背負い宝箱を背負って鼻息が荒いギャンを眺めて、ナックラ・ビィビィが微笑む。


「ウサギ耳の金輪を頭にハメた男の言葉では迫力は無いが……確かに出会った当初のお主では、 瘴気しょうきが漂い草木が枯れるこの場所に立っているコトもできんかったな……旅の経験値が、お主を強くした」


 ナックラ・ビィビィは身代わり泥土人形のダジィを一体出現させて、ギャンに言った。

「試しにダジィを倒してみよ……ギャン、お主の実力を見てやる」

 拳を握り締めたギャンは「ふんっ」と、ダジィに渾身の一撃を繰り出す。

「ダ、ダジィィィ」

 ダジィは粉々になって吹っ飛んでいく。

 ギャンの現在の実力を見て、ナックラ・ビィビィが言った。

「まぁまぁじゃな……もっとも、あの程度の一撃が渾身の一撃なら困るが、これならオガムに入っても大丈夫じゃろう……たぶん」


 リャリャナンシーは、旅の途中で出会った人間で忍びの男性と、恋仲になって夫婦になる約束を交わして今、幸せの真っ最中だった。

 例のお約束「若葉月の五日……花嫁衣装姿の『アスナ』という女を殺したのは、おまえか!」を、黒装束の忍びに仕掛け三日三晩忍び合戦を繰り返し、忍者がアスナを殺した犯人では無いと判明した時に、忍者からハグゥと抱き締められ愛を告白された。


 リャリャナンシーが独り言のように遠距離恋愛をしている、忍者と忍法で会話をする。

「今、原罪の荒野【トーマン・ティン】に居る……前方には異端暗黒都市【オガム】が見える……わかった十分注意する。ダーリンもがんばれよ……愛しているぞ」


 リャリャナンシーの遠距離通話に少し頬を赤らめた、ナックラ・ビィビィが場の流れを変えるように言った。

「まだ、日没までには時間があるが、禍々しい瘴気しょうきに体を慣らすためには今夜は、この場所で野宿じゃな……野宿の準備をせいジャン……明日は太陽と月の黄道と白道が、天体変動する周期日じゃ……暗黒都市オガムの瘴気しょうきも少し弱まり侵入しやすくなる」


 異界大陸国【レザリムス】では、太陽と月が昇り沈む方角が周期的に変わる。

 太陽や月が東西南北の、どれから昇り沈む。

 さらに北方地域には、日が地平線に沈まない白夜や、日が地平線から上に昇らない極夜まであるから、ややこしい。

 明日の朝からしばらくは、太陽と月が西から昇る『西方周期』に変わる。



 夜の闇に浮かぶ、暗黒都市オガムを望む。野宿の揺らぐ焚き火の前で、すでに背を向けて寝入っているナックラ・ビィビィに目を向けたギャンが小声で。

 ナゾ肉を棒に刺して、炙っているリャリャナンシーに訊ねる。

「ところで、西の大魔導師に弱点とか、苦手なモノはあるのか?」

「大魔導師に弱点なんてないだろう……聞いたところでは、今は廃止された『王立極級魔導師』の称号を持っているくらいだから」

 マウントを取りたがっているギャンが、やたらとリャリャナンシーに聞いてくる。

「それでも何が、苦手なモノとかはあるだろう」

 リャリャナンシーが、今まで旅をしてきた場所を思い出しながら語る。


「無害な黒ヘビが群れる【黒い道ヘビの谷】では、大蛇の黒ヘビの鼻先を撫でて「あの時の、ちっちゃいヘビが大きくなったのぅ」と、懐かしんでいた……ヘビとかハ虫類系は平気みたいだぞ」

 ナックラ・ビィビィは虫やネズミ類も平気だった。巨大なムカデが巻き付いた【大ムカデ山】のムカデとも旧知で仲が良い。

「ナックラ・ビィビィに弱点なんか……いやっ、待てよ」


 リャリャナンシーは、あるコトを思い出す。

「【アルプ・ラークルの森】で、魔猟犬と遭遇した時に妙なコトを言っていたな「猟犬と名が付いてはいるが、犬とは別物……まったく、怖くはないわい」と言っていた……もしかしたら、ナックラ・ビィビィは犬が苦手なのかも」

 静かになったギャンの方をリャリャナンシーが見ると、ギャン・カナッハは座ったまま眠っていた。


「なんだ、人に質問してきて……勝手に寝るなんて」

 リャリャナンシーが炙り焦がしたナゾ肉を、フーフー冷ましながら食べていると。

 寝惚けたギャンが突然立ち上がって歌舞伎の見得みえを切るような奇妙な動きをした。

「おっととと、おっととと……グーッ」

 動き終わったギャンは、何事も無かったように座って眠る。

「器用な寝惚けだな」


 ◇◇◇◇◇◇

 ギャン・カナッハは夢を見ていた。

 夢の中でギャンは、皮剥きスイカの皮を剥いて、赤い中身を食べようとしていた。

「あれ? このスイカの皮、なかなか剥けないな?」

 夢の中でスイカから、声が聞こえてきた。

「寝惚けて何をしておるのじゃ! 儂の頭の皮を剥いてどうするつもりじゃ! やめんかっ!」

 ボカッ!

 ギャンは頭部に強い衝撃を受けて、そのまま気を失った。


 ◇◇◇◇◇◇

 寝惚けたギャンの頭を三日月型の魔導杖で強打して、気絶させたナックラ・ビィビィは焦った様子で魔導杖を握り締める。

「危なかった……寝ぼけている男に、頭の皮を剥かれて中身を露出させられるところだった……はぁ、はぁ、おそろしい子じゃ」

 ナックラ・ビィビィは、白みはじめた西の空を見た。

 異端暗黒都市オガムの全体が、少しづつ明確になってきた。

「現れたな……呪われた忌まわしい都市が、午後なら住人でなくとも侵入可能じゃ」

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