第二十一話 死❶

辺り一面の炎よりも真紅の飛沫は瞬く間に大地をその色に染め上げる。炎の光を幾重にも反射させて綺羅星の様に輝いている赤い大地の中央でセイは息絶えた。


セイの行動にタイカはたじろいだ。まさか自ら命を絶つとは想定外にも程がある。一刻も早くウヤクとセイを引き離さなくてはウヤクの魂操術によってセイが蘇生してしまう。それだけは避けなくてはならないとタイカは強く警戒していた。


直接戦ったタイカにとってセイの使う未知の魂操術は恐るべきものだった。見た事も聞いた事もない身体能力の強化という能力。同じように身体的変化をもたらすウヤクの魂操術を受けた時、それはどのような反応を起こすのか分からない。人間というものはこんなにも未知に対して臆病になるのかとタイカは少し自分を情けなく思った。


「くそが、早く行くぞ」


ローブの襟元が裂けるほどに強くウヤクを引き寄せ、半ば擦るようにしてその場を立ち去ろうとする。


「いやだ!離して!」


無我夢中で抵抗する人間を抑え込むのはそれなりに体力がいる。いっそ殺してしまえればどんなに楽だろうか。タイカはあわよくば死んでくれと願いながらウヤクの顔を空いている右手で殴りつけた。


その一撃に頭が揺れ、意識が朦朧とするウヤクは薄れる視界の隅に突如銀色の流星を見た。流星は雄叫びをあげウヤクの顔を掠め後方へ流れてゆく。こんなにも美しい物がこの世にあるのかと束の間の高揚の後、タイカの悲鳴がウヤクの耳に響いた。


流星の正体は一匹の狼だった。狼はローブを掴むタイカの左腕に噛みつき、ローブを引き締めていた圧力が緩まっていく。


自分とセイの生死の分岐点は今ここなのだと直感したウヤクは思い切り頭を下げ、ローブの首元から中へと頭を潜らせると、柔らかな暗闇を難なくくぐり抜け、軽やかにローブを脱ぎ捨てた。


ウヤクは走った。微かに傷跡が残るものの枷の無い足は前へ前へと繰り出される。セイへ向ける想いと体が直結している感覚。


『セイさんが外してくれたおかげでこんなにも速く走れる。今まで重たかったせいで自分が何よりも速いと錯覚してしまいそう。きっと私が生きたいと思っているのもこの錯覚のようなものかも知れない。セイさんのような真っ直ぐな人に触れて、自分もそうなれると思ってしまった。私には無理だと散々分かっているはずなのに』


タイカは狼を振り解きすかさずウヤクの足元へと火球を放った。


火球は足を掠め、衝撃でよろけたウヤクは顔面から地面に落ちた。しかしウヤクは何事もなかったかの様に立ち上がり、鼻や額から血を流しながら再びセイのもとへ駆け出す。


『自分の生を捻じ曲げる事でしか人を救えない。人を救えなければ生きている心地がしない。そんながんじがらめで無様な私が嫌いだった。でも今だけはどんなに無様でも、貴方にしがみついてでも生きていたいと、そう思うのです』


ウヤクはセイのもとへ辿り着くと、跪き目を閉じた。暗い視界に太陽の様に輝く琥珀色の魂が浮かび上がる。


「セイさん、共に行きましょう」


セイの体が輝きを放ち、その光は木々の間をすり抜け森中を照らす。タイカはあまりの眩しさに思わず目を瞑った。


残像がちらつくまま目を開けたタイカの視界に二本の足で立つセイの姿が映る。自分がつけたはずの足の火傷跡がまっさらになっているのを見てタイカは思わず後退りした。やはりウヤクの力は恐ろしいものだ。

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