第十八話 セイ❷

ローナは今現在狼ゆえにタイカの匂いを立体的に捉える事が出来る。


匂いの発せられる方向や濃度、周りにある他の物との距離感。総合的に判断しタイカの位置と動きをほぼ正確に把握している。


タイカからはセイとローナ二人の姿は炎に包まれ映っていない。


「おーい、出て来ないなら姫様連れてくぞ」


タイカの安い挑発が耳に入る。セイは眉間を皺くちゃにしながらすんでのところで飛び出すのを堪えていた。


「あんたが他人にそこまで熱くなるなんて珍しいわね」


小声でローナが話す。


「姉さんがいない間、私はウヤク殿にずっと世話になっていたんだ。熱くなるのも当然だろ」


「ふーん、ずっとね、、、ふふふふ」


不敵な笑み。緊張感の無い姉だと心底思った。しかし周りの空気に飲まれない圧倒的自然体が姉の強さだという事をセイはよく知っていた。


狩りの最中もふらふらとまるで散歩のように歩き回るローナに獲物である動物も全くと言って良いほど警戒心や恐怖心を抱かない。その為刃を向けられた時一瞬動きが鈍る。そしてその隙をローナは決して見逃さず、一撃で命を刈り取るのだ。


今も雑談しながら注意はしっかりとタイカに向けられている。


「そろそろ動くわよ」


ローナの表情が氷のように張りつめていく。汗やフェロモンまで嗅ぎ分ける狼の鼻はタイカの微妙な匂いの変化を感じ取った。緊張、焦り、興奮。様々な理由で人間は汗をかく。人間はなんて正直で可愛らしい生き物なのだろうかと狼となったローナは思っていた。


「来るわ、セイ」


タイカの匂いは大きく変化し、同時に少し移動した。行動の意図は分からずとも相手より一寸先を動けば虚をつくことは出来る。


タイカは右掌を燃え盛る森に向けて開いた。

そしてその手を大きく横へ動かした。

掌が向けられた先の炎は蝋燭を吹き消したようにいとも容易く消えてゆく。


炎という隠れ蓑を消し去り面倒な時間稼ぎを終わらせるつもりだった。タイカは熱に対しては魂操術で対策する事が出来る。したがって炎を掴む事も炎の中を裸足で踏み歩くも容易だ。しかし炎によって酸素が薄くなり呼吸がしづらくなる事はどうしようもなかった。時間が経てば経つほど酸素は薄くなりいずれ意識に支障をきたす。


自分の後ろにいるウヤクの命も危うい。あくまで生捕りでルエンに連れ帰らなくては意味がない。


炎の中に消えた一人と一匹がどのようにして中で行動しているのか不思議だった。呼吸を止めているのか。あるいはもう死んでいるかもしれない。しかし不確定な死を決めつけて油断すれば無様な結果を招く可能性も無きにしも非ずだ。


獣のような動きをする青年と喋る狼。未知の存在への微量の恐怖がタイカに行動を起こさせた。


『これで炎の中から暴いてやる』


そう意気込んだタイカの前に予想よりも早く敵は姿を見せた。炎の中から此方へ直進してくる銀色の閃光。まるで此方の意図を察していたかのような襲撃にタイカは無意識に一歩後退りした。


ローナははかぶりついてと言わんばかりに差し出されたタイカの右腕に牙を突き立てる。


「がああああっ!」


タイカの悲痛な声が森に響く。


「セイ!今!」


その声で全て察したタイカは後ろのウヤクを見た。


そこにはウヤクを抱き抱えた煤だらけの野生児がいた。


「くそがああああ!」


初めて聞くタイカの余裕なさげな声に、セイの心は晴れやかだった。

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