第十三話 大火❶

セイと離れて三日が過ぎた。


リリーに必要以上に話しかけたからか、ウヤクはリリーから距離を置かれている。


セイの建てた小屋にはこの三日の内に五箇所小鳥の巣が出来た。家を作る才能は無いに等しいが、鳥の巣作りを手伝う才能はピカイチだ。


セイの修行が無事終わり、セイが姉と再会するのを見届けたら自分は死ななければならない。しかし修行とは関係なく彼の帰りを待ち侘びている自分がいる事にウヤクは薄々気づいていた。


蜃気楼の様にあるのか無いのか定かでない自分の生への執着に頭を抱え、暫くの間ぼーっとした後、ウヤクはおもむろに騎士達の墓へ出向いた。


リリーはいつもよりやや丸いウヤクの背中を長いまつ毛の間から見つめている。その背中が木々の中へ溶けていくと、地面に生える青々としたものを食べ始めた。


リリーは馬だ。


リリーの耳は常に働いている。草を食べている間も耳をぐるりと左右別々に回転させながら、音の位置、距離を把握する。


今日も食事をしながら普段通り耳を遊ばせていた。しかし普段通りでは無い違和感が不意に耳に伝わってくるのをリリーは感じ取った。


小鳥達も鳴き声を変え、ざわつき始める。


動物達に遅れる事数分。ウヤクも何かおかしいと気づいた。


空が赤い。いくらぼーっとしていたとはいえ流石に夕陽を臨むにはまだ早い。


徐々に視界が曇り、息苦しくなってきた。


轟轟という音が乾いた熱気と共に押し寄せる。


どこかで山火事が起きたのだとウヤクは悟った。


すぐ様ウヤクは火の手から遠ざかるよう走り出した。しかし足枷のついた足で走るウヤクよりも木々に燃え移る赤々とした光の方が速い。


燃え盛る炎は雄叫びをあげ、その音に紛れ、誰かの声がする。


「おーい、いるなら出て来いよ姫様ー!」


聞き間違えでは無く確かに人間の声だ。しかもその声は炎の中から響いてくる。


ウヤクは震える足を叩き起こして走り続けた。


ふと何かに背中をぐいと押される。


ウヤクが振り返るとそこにはリリーがいた。


リリーは疲れたウヤクの背中を鼻先でぐいぐいと押し出した。


「あなただけでも逃げてリリー」


その声が聞こえているか否かは分からないが、リリーはウヤクから離れる事なく更に強い力でウヤクを押した。


その拍子につまづくウヤク。


「優しい者は損をするのよリリー」


そう言いながら強情な愛馬に微笑みかけ、リリーの背中に乗ろうと試みた。


しかし一人で乗るにはやはり時間がかかる。火の手が迫る中リリーの上に必死によじ登ろうともがいた。


「やっぱり無理よリリー、早く逃げて!」


ウヤクは声の限りリリーに呼びかけたが、リリーに動く様子は見られない。ただひたすらしゃがみ込みウヤクが乗るのを待っている。


「ようやく見つけたぞー姫様!」


先程炎の中から響いていた声。今度はウヤクの耳元ではっきりと聞こえる。


「待てよ姫様ー」


そう言われてウヤクが振り返った先には一人の男が立っていた。浅黒い肌、スキンヘッド、釣り上がった目、半袖の衣服から覗く腕には無数の刺青と火傷の跡。


その男が手をウヤクの方にかざすと、ウヤクとリリーの付近を取り囲んでいた炎だけが消えた。


「これでゆっくり話せんだろ」


「貴方は一体何者ですか」


「俺はタイカ、ルエン王国のもんだ」

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