第二十四話 騎士団長の頼み、聞いてくれナイト

シュボッ



 小さな音を立てて、「旅人たびびとのランプ」に明かりが灯った。わずかな風で静かに揺れるガラス越しの篝火かがりびが、回廊の奥へと続く長い影を作った。まぶしすぎず、暗すぎず。ほのかだが、この通路を見回すのに十分な光量だ。壁際の隅を、一匹の小さなネズミが駆けていくのが見えた。

 咲季は、目の前に掲げていたその提灯ランタンの持ち手から、恐るおそる指を離した。


「わあ……ホントに浮いてる……!」


 提灯ランタンは地面に落下することなく、空中に浮かんだまま周囲を照らしつづけていた。試しに咲季が二、三歩動いてみると、驚くことにランプはちゃんと彼女の後をついてくるのである。


「旅人のランプは、ダンジョン探索には必携の魔法アイテムや。とくに、探索者ギルドにも管理されてへんようなこないな迷宮トコではな」

「うん」


 カッシュの言葉に、咲季は納得するようにうなずいた。彼女にとって、迷宮探索用のアイテムをこうして「実際に」使ってみるのははじめての経験である。

 考えてみれば当たり前の話だが、陽の差さない迷宮の暗闇が勝手に明るくなってくれるはずはなく、こうした魔法の道具が冒険の大きな助けとなる。この『ドラゴンファンタジスタ2』を、画面モニターの中のRPGゲームとして遊んでいたときには気がつかなかったことだ。


「さて諸君、準備はできたか?」

「行くっスよ、サキエルさん!」


 ヴォルタージェ団長とヴェルチェスカのよく通る声が、人気ひとけのない回廊じゅうに響き渡った。見通しの暗い迷宮の中、提灯ランタンに照らされた銀色の全身甲冑フルアーマーと巨大な武器がなんとも頼もしい。


「は、はい!」


 前方に果てしなく伸びる回廊を見つめながら、咲季ははじめての「リアルな」迷宮探索に、どうしようもないほど高まっていく胸の鼓動を感じていた。




「宝物庫? ……大王宮ロイヤルパレスの、ですか?」


 話は、一時間三十八分前にさかのぼる。

 冒険者の食事処「游湧亭ゆうゆうてい」十三番テーブルにおいて、咲季とカッシュは王国魔獣騎士団「薔薇ファング・オの牙ブ・ローゼス」の団長であるヴォルタから、とある頼みごとを聞いていた。


「うむ。王都アリアスティーンが誇る大王宮ロイヤルパレスの地下には、王家の所有する金銀宝石や美術品に工芸品、歴史的な書物や資料といった膨大な財宝が収められているのだが——」

 ヴォルタは話の途中で、ジョッキに入った冷たいルートビアを流し込んだ。

「どうも最近、その宝物庫になにか『邪悪なもの』が住みついたらしいのだ。すでに、数人の死傷者が出てしまっている。中には、行方不明になった者もな」


「邪悪なモンって、なんですのん?」

「わからん。いまのところ、その正体を目撃した者はいない」

 カッシュの問いに、ヴォルタはかぶりを振って答えた。


「人間なのか、はたまた魔物モンスターか……。いずれにしても、アリアス四世陛下の御座おわ大王宮ロイヤルパレスにおいて、そんな存在を許すわけにはいかん」

「はあ、そうですかいな。せやけどそないな狼藉モンなんか、あんさんたち薔薇ファング・オの牙ブ・ローゼスが、チャチャっと片付けたらよろしいやおまへんか」


「うーん、まあねぇ。私たちだけで、どうにかできればいいんだけどねぇ」

「どういうこってっしゃろ?」

「ほら、私たち魔獣騎士ビーストナイトってさ、物理攻撃はお手の物なんだけど、中にはそういうのがちっとも効かない変わりだねとかもいるじゃん? やっぱ、そんなの相手にするときにはさ——」

 ヴァニラやヴィヴィの言葉に、咲季は慎重に返事をした。


「——魔法、ですか?」

「そういうことだ、サキエル君。そこで君たち二人に、宝物庫の探索および正体不明の狼藉者の討伐に協力してほしい」

 咲季とカッシュの方を指し示しながら、ヴォルタは依頼内容を告げた。


「なるほどなあ。お話はようわかりました。でも団長はん、王国付きの兵隊さんの中には、魔法使いなんてそれこそいてはるんとちゃいますの?」

「ああ、もちろんだ。だが今現在、このアリアスティーンにサキエル君を超える魔導師ウィザードは存在しないと私は見ている。おそらく君の実力は、熟練マスタークラスだろう?」

「……えーっと、正確なところは私もよくわからないんですけど、まあたぶん、だいたいそれくらい、かも……」

 史上最強とうたわれる騎士団長から、魔法の才能を認められたことに、咲季は小躍りしたいような気持ちになっていた。

 

「それと、君のその魔導書グリモアルだ」

「えっ? こ、これですか?」

 笑みがこぼれそうになるのを必死に抑えていた咲季だったが、その言葉を聞いて一気に現実に引き戻された。マドラガダラの魔導書グリモアルの表紙にかけていた指に、思わず力がこもる。


「私には専門的なことはわからないが、恐ろしく価値の高い超古代の聖遺物レリックであることは疑いない。それを一体どこでどうやって手に入れたのかは、王国騎士団長としてあえて詮索せんさくはしないが——」


「……」


 言葉には出していないがヴォルタは、うら若きエルフの魔導師には不釣り合いなこのウルトラレアアイテムについて、不審を抱いていることに間違いなかった。さすがに伝説レジェンド級の魔獣騎士ビーストナイト、それほど甘くはない。咲季の背中を、冷たい汗が一筋流れていった。


「フフッ。まあ、こんな緊急事態だ。細かいことは抜きにして、我々の宝物庫探索に同行してくれないか? それで、君たちの素性や目的については一切を不問としよう」


(ねえ、どうすんの?)

(まあ、世の中にタダで昼飯ランチをおごってくれるヤツなんかそうそうおらんっちゅうこっちゃな)

 カッシュは、ため息まじりにそうつぶやいた。ヴォルタの台詞セリフを逆に解釈すれば、言うことを聞かなければ王国騎士団を敵に回す事態になるぞ、という意味である。そして、目の前にいるこの小さな騎士団長が、絶対に容赦しない性格だということはすでに立証済みだ。

 咲季は覚悟を決めると、まっすぐにヴォルタの方を見据えてこう言った。


「わ、わかりましたヴォルタさん。……そのかわり、宝物庫の探索が無事に終わったら、なんですけど……私からもひとつ、お願いしてもいいですか?」




続く


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