2-09_ブレイクスルー

■メッセージ

ウルハと詩織ちゃんがもめて、二人が帰った後、僕の帰宅中に詩織ちゃんからメッセージが届いた。



『さっきはごめんなさい。お兄ちゃんの部屋にお邪魔してます』

『お姉ちゃんからも連絡があると思います。絶対に先に家に帰ってください』



意味が分からなかった。

とりあえず、僕は家に帰ればいいのか?


ウルハから連絡?

生徒会のことだろうか?

いや、ウルハが僕に何かを頼むことなんてないだろう。


色々考えず、帰宅することにした。






「ただいま」


「あ、おかえり。詩織ちゃんが来てるわよ?」


「ああ、聞いてる。ありがと」


帰宅すると、母さんが教えてくれた。





(ガチャ)「詩織ちゃん?」


「お邪魔してます!」


「いらっしゃい」


帰ってきて、自分の部屋に女の子がいるのって不思議な感じ。

部屋散らかってなかったよな!?

変なもの置いてなかったよな!?


色んな事を考えながら帰ってきた。



詩織ちゃんは、床に座っていて、部屋に入った瞬間、笑顔で迎えてくれた。




天使か……




僕は、こういうのに弱いな。

ウルハはどっちかって言うと、クールな感じ。


一方、詩織ちゃんはいつも笑顔って感じで、心が癒される。

できるだけ、動揺しているのが分からないようにした。


「さっき、大丈夫だった?」


詩織ちゃんの前に座り、聞いた。


「はい、私、ずっとお姉ちゃんには弱いから……」


なんとなくわかる。

『姉が言ったことは絶対』みたいな雰囲気はある。


結局、今日は普通に出歩いていただけなのに、怒られていた訳で……

よく考えたら、詩織ちゃん何も悪くないよな。


「あ、ごめん。それで、なにか用事だった?」


「お姉ちゃんから連絡ありましたか!?」


「いや、ないけど……」


詩織ちゃんは、あごに手を当て考えているようだった。

少し考えて、続けた。


「これから、きっと呼び出しのメッセージを送ってくると思うんです」


「ウルハが?僕を?」


「はい……多分、復縁を迫ると思います」


「え!?」


申し訳ないけど、それはないんじゃないかなぁ?

そんなことをふと思った。


「でも……その……行かないでほしいんです」


なにか言いにくそうだ。

詩織ちゃんがそういうのならば、何か事情があるのだろう。


連絡が来ても断るか。


正直、今はまだウルハには会いたくない気分もあった。

むしろ、詩織ちゃんの言っていることを言い訳にして、自分を正当化しているところもあるかもしれない。


「私も……本当は今すぐ言いたいんだけど、私じゃまだ力不足で……」


「?」


まるで要領を得ない。

詩織ちゃんがなにかを伝えたいことは分かる。

ただ、察してあげることは出来なさそうだ。


(ポン)話している間に、ウルハからメッセージが入った。



『伝えたいことがあるから部屋まで来て』




詩織ちゃんが言った通りメッセージが来た。

僕はそのメッセージを見て、嬉しい気持ち半分、辛い気持ち半分といったところだった。


「お姉ちゃんからですか!?そうですよね!?」


詩織ちゃんは、見なくても分かるらしい。

僕が持っているスマホを押さえるように両手を被せてきた。


「行かないで……ください」


この上目遣いのお願いに、断れる男がいるだろうか。


「分かった。行かないよ。正直、会いにくいところもあるし……」


僕はスマホを持った手を床に置いた。


「よかった……」


詩織ちゃんは、安堵したようだった。


「明日……」


「明日?」


「はい、明日の放課後、学校のグランドに来てください」


「グラウンド?」


走ったりするのだろうか?

告白……ではないよな。

それならば、今ここでできるだろうし……


「私の本気を見てもらいます」


グラウンドで本気?

やっぱり走るのかな?




正直、分からないことだらけだった。

でも、詩織ちゃんと仲良くなれた気がして嬉しい気持ちがあった。

元々、素直でいい子と思っていたけど、負けず嫌いで、すごく頑張っているところに惹かれていた。






■決戦は月曜日

この日は朝から学校が騒がしかった。

なんでもイベントがあるらしい。

そんな話は聞いたことがなかった。


ただ、僕は詩織ちゃんとの約束でウキウキしていた。

仲は悪い感じじゃないよな!?


いきなり『嫌い』とかは言われないだろうし、なにを見せてくれるのか楽しみでもあった。





昼休みに高田が情報を仕入れてきた。


「今日、中等部の『微笑み姫』が放課後にうちのグラウンドに来るらしい!」


興奮気味に教えてくれた。


『微笑み姫』?

どこかの将軍様のお付きの者だろうか。


「反応悪いな、あの『微笑み姫』だぞ!?」


『あの』とか言われても知らないし……


「中等部人気No1で、アイドルもやってるらしい!告白されない週はないとか!」


なんだそのチートリア充は。

そんなリア充モンスターがきたら、詩織ちゃんと静かに話ができなくなる。


なぜ、よりによって今日来るのか。

ちょっと迷惑に感じた。


「なんか、誰が告白してもOKしないんだってさ。高等部からも何人も挑戦して玉砕してるらしい」


そんなSASUKEみたいなやつはどうでもいい。


「なあ、一緒に見に行こうぜ!」


「悪いな。今日はちょっと用事が」


「え?まさか、生徒会活動とか?」


「いや、生徒会は手伝う予定ない」






邪魔が入りそうだったので、放課後は早めにグラウンドに移動した。

『グラウンド』と言っても高等部のグラウンドは広い。


野球用、サッカー用コート、バスケット用コート、その他陸上用の専用トラックもある。

普段は部活の生徒しかいない。

各コートに集まっているので、ここらへんで待ち合わせにしてもすぐに詩織ちゃんが分かると思っていた。


ただ、この日はそのイベントとかで人が多かった。

普段から、部活の生徒だけで、50~60人はいるけど、今日は100人くらいいる。

しかも、部活の生徒も部活を休み、グラウンド内をうろうろしているのでまとまりがなかった。


これだけ人が多いと、詩織ちゃんと合流するのは難しい。

そのイベントは中央の広いところでやるだろうから、僕は端の方の野球用のところに移動した。

普段は練習している生徒が、今日は1人もいない。


大丈夫か!?野球部。


とりあえず、端っこの野球のマウンドの辺りにいることを詩織ちゃんにメッセージした。

暇なので、転がっているボールを拾って、ベースの辺りに投げる。

誰もいないけど。


壁にぶつかって返ってきたボールを拾った頃に、歓声が聞こえた。


中等部との通行門の方から大きな歓声が聞こえて、ぞろぞろと大人数が流れ込んでくる。

あれが『微笑み姫』とかいう集団か。


詩織ちゃんは、ちゃんと来れるだろうか。

別に食堂とかでもいいのかもしれないけど、『見せたいもの』が外でないとダメなのだろうと、漠然と考えていた。


集団はものすごい人数いて、軽く100名以上がいた。

とんでもない人数が、中等部から高等部のグラウンドに流れ込み、校舎内に残った生徒も窓から顔を出して注目しているほどだった。


まるで本物のアイドルが学園に来たかのような騒ぎだ。

生徒会に言って、人員整理とかした方がいいのかもしれない。


次第に、烏合の集団は磁石に砂鉄が集まるように1つになって行った。

その集団が僕の方に近づいてきて、やがてモーセの海割りの様に集団が左右に分かれ、中央から一人の少女が歩いてきた。




そして、その少女には見覚えがあり、それは僕の待ち人、詩織ちゃんだった。





確かに、中等部の制服を着ている。

間違いなく詩織ちゃんだ。


詩織ちゃんが僕の5mほど先に来たところで立ち止まった。

集団は、ワンテンポ遅れて移動してきて、野球用グラウンドの周囲に集まってきた。


内野には僕と詩織ちゃんだけ。

外野より外に200人以上の中等部と高等部の生徒が取り囲む異常な光景になった。




「詩織ちゃん……これは?」


「ごめんなさい、お兄ちゃん。断りにくいようにズルしちゃいました」


てへっと舌を出す詩織ちゃん。

いたずらしてやったりの顔。


僕は、これからなにが起こるのかまだ理解できていなかった。

集団の移動が落ち着いた頃、詩織ちゃんが声を張って話し始めた。




「お兄ちゃんっっ!」


「は、はいっ!」




突然の大声に、びっくりした。

逆に周囲は静かになった。




「ずっと好きでした!ずっと、お兄ちゃんを見てきました!お付き合いしてくださいっっ!」




右手を僕に差し出して、目をぎゅーっと力いいっぱい瞑っている。

さっきまでの笑顔と違って、緊張が全面に感じられる。




告白だ。

公開告白だ!




僕はやっとこの場で全てを理解した。


中等部の『微笑み姫』とは詩織ちゃんのことか!

確かに、芸能活動をしているような生徒が学校内に2人も3人もいるはずがない。


モテているのは聞いていただけど、そこまでだったとは!

しかも、全部断っていたって話だった……


今、目の前で逆に詩織ちゃんの方から告白してくれているということは、どれだけ価値が高いことか。

中等部で告白した方の男子たちからしたら、夢のような状況かもしれない。



この人数を引き連れてきての公開告白……

確かに、これは断りにくい。


でも、元々いいなと思っていて、相手から好きだと言われて、断るやつがいるだろうか。

もちろん、OKだ。


ゆっくりと詩織ちゃんの手を取り、『よろしくね』と伝えた。




詩織ちゃんが一瞬驚いた顔をしたものの、次第に笑顔になって行くのを見て、こっちも笑顔になってしまった。


集団からは拍手が飛び、一部の男子生徒がその場に崩れ落ち、阿鼻叫喚の状況になった。




付き合い始めたということで、お互い両手で握手していた時、校内放送が流れた。



『こちら生徒会です。部外者はグランドから出てください。部活動の生徒は直ちに部活動に戻ってください』



まあ、当然怒られるわな。


僕は詩織ちゃんと一緒に逃げるように帰宅した。






■付き合い始めるという事

なんとなく詩織ちゃんを僕の部屋に招いた。

招いたというよりは、一緒に帰ってきたというべきか。



「あら、詩織ちゃんいらっしゃい。」


「お邪魔します」



礼儀正しく詩織ちゃんが会釈した。

母さんが近づいてきて、小さい声で話しかけてきた。



「やっぱり、詩織ちゃんに鞍替えしたんでしょ?」



玄関で相変わらず、母さんに揶揄われた。

しかも、詩織ちゃんはすぐ近くにいるから、絶対これ聞こえてるからね?



「行こうか」


「はい」



そんな感じで普通を装ったけど、詩織ちゃん耳まで真っ赤だから。

絶対、しっかり聞こえてるから!




「ごめんなさい!」




部屋では開口一番詩織ちゃんに謝られた。

なに?もう、僕フラれるの?


まだ、座る前の出来事なんだけど……



「お兄ちゃんからしたら断われない状況でしたよね!!」



ああ、そのこととか。

驚いたけど、詩織ちゃんの凄さでもあるし、悪い気はしていなかった。



「でも、クーリングオフはしないでいただけると……」



すごく不安な表情で上目遣い。



「こんなかわいい子、手放すやつなんていないでしょ!?」


「お兄ちゃん……」


「へへへ……」

「ふふふ……」



なんかお互い照れ笑い。



「まあ、座ろっか」


「はい……」



漸く部屋で落ち着いた。

詩織ちゃんが部屋に座ってる。

なんかいいな。



詩織ちゃんが、そこに置いてある大きめのクッションを両手で抱きしめながら話し始めた。


「それで、私とお兄ちゃんはお付き合いを始めた訳ですが……」


「うん……」


「私が、お兄ちゃんの彼女になったわけですが……」


「うん……」


詩織ちゃんがここに来てクッションを思いっきり力強く抱きしめて、顔にギューッと当てた。


「?」


「……」


「詩織ちゃん?」


「ぷはっ!すいません。ちょっと言いたかっただけです。現実として受け入れるのにちょっと準備が必要で…」


「いやいや!おかしいでしょ!詩織ちゃんは一声かけたら200人が動いた女だよ!」


「『勇気をください』って書き込みしたら、賛同してくださった方がいただけで……」


「動画配信で、100万人だっけ?」


「一昨日130万人超えました……」


「130万人!共通テストの受験者数の2倍より多いし!」


「でも、お兄ちゃんは私の小さい時からの憧れで……」


詩織ちゃんがクッションを抱きしめたまま普通に話しているのに、それだけですごくかわいい。

ヤバい。


彼女は中学生!

彼女は中学生!


清い交際!

清い交際!


よし、大丈夫!

自分に呪文のように、呪いの様に自分に言い聞かせた。


「お兄ちゃん、実は……2つお願いがあるんですけど、いいですか?」


「どんとこい!」


返しが変だったかな?

僕自身、変なテンションなんだよ。

それだけ、舞い上がってるのが自分でもわかる。




「一つ目ですけど、これからは、『ユージさん』って呼んでいいですか?ずっと憧れていたので…」


もうね、そんなのこっちからお願いしたいくらい。

名前で呼ばれるなんて嬉しい限り。


「うん、それは僕も嬉しい。僕はこれまで通り『詩織ちゃん』でいいかな?」


「できれば、『詩織』って呼び捨てでお願いします。彼女っぽくてぞくぞくします……」


そんな風に言われたら、呼び捨てにトライしてみようかな。


「し、詩織…」


「はっ、はい!」


ヤバい。

これは、ヤバいヤツだ。


なにか、僕の中の何かが目覚めそうなやつだ。


「詩織……2つ目は何かな?」


「二つ目はすごく図々しいお願いないんですが……指輪をいただけないかと思って…」


「あの指輪?この間話した?」


「はい…」


捨てることもできないし、どうすることもできなくなっていた指輪。

欲しがってくれるのなら、やぶさかではないけれど……


「指輪は、一応、ウルハに準備したものだし、新しいの準備した方が良くないかな?」


「いえ!あの指輪が欲しいです!お姉ちゃんがもらえなかった指輪……多分、それをもらえれば、私はお姉ちゃんの呪縛から解放されると思うんです」


そういう考え方もあるのか。

それならばと、引き出しから箱を取り出して、詩織ちゃんに渡す。

もとい、詩織に渡す。


「これが……」


詩織は、白い外箱をそっと開けていく。

僕もその様子を見守った。


青いベルベット生地の指輪箱を開けると、プラチナの指輪が出てきた。

小さいけれど、一応石も付いている。

高校生には過ぎたものだとは自分でもわかっている。


ただ、『一生モノ』として、婚約指輪として頑張って買ったものだ。

背伸びしているのは分かるけれど、今できる最高を彼女にあげたいと思っていた。


「わぁ!」


詩織は指輪を見ると、輝いた瞳で見入っていた。

既に、僕の中では価値がない物に成り下がっていた指輪が、息を吹き返す様に……


「嵌めてもらえますか?」


詩織が左手を出した。


僕は指輪を取り、詩織の薬指に嵌めた。

少しだけ緩い指輪。

指輪自体は多少の調節ができると聞いていた。


でも、きっと詩織はそれを望まないだろう。

今まで優秀な姉の陰に隠れてしまって、努力しても正当に評価されなかったはず。


これからは、その呪縛からも逃れて、本当の意味で詩織らしく生きてほしい。

彼女の指で光る指輪を見ながら、そんなことを考えていた。

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