第37話 監視するが…?
「あ、危なかったぁ……」
ここに一人、誠也と香澄のデートを見守っている人、優香がいた。
見守ってるというよりは、監視しているというべきか。
「優香ちゃん、ちょっと前に出すぎだよ? いくら会話が気になるっていっても、近すぎたら気づかれちゃうでしょ?」
その優香の後ろに、ノリノリでついていってる奈央もいる。
「奈央先輩、そりゃそうなんですけど、会話を聞かないとしっかりお兄ちゃんが呼び捨てで呼んでるかわからないじゃないですか!」
「大丈夫だよー。健吾じゃないんだし、誠也くんはちゃんと呼び捨てしてると思うよ?」
「おい、そこで俺をディスるなよ」
女の子二人がノリノリなところ、それに付き合わされている男子一人、健吾はため息をつきながらそう言った。
「だけど初めて私の下の名前を呼ぶ時はチキってたじゃん?」
「あれはお前の名前を呼ぶと周りがうるさかっただけだ! 俺はチキってなんかねえ!」
中学生の時に奈央のことを下の名前で呼び捨てするようになった健吾だが、奈央はモテモテだったので、「なんでお前だけ!?」と周りがうるさかったのは確かだ。
「はいはい、お二人の馴れ初め話は今はいいんですよ」
「優香さん? 馴れ初め話じゃないからな?」
「優香ちゃん、どこが馴れ初め話だったのかなぁ?」
「ひぃ!? な、奈央先輩、その笑顔はやめてください! 怖いですから!」
「俺は無視かよ」
このメンバーが集まった理由は、もちろん優香が発端だ。
優香が「ついていくのが楽しそう……じゃなくて、お兄ちゃんがチキらないように監視します!」と奈央を誘った。
優香が奈央を呼んで、奈央が健吾を呼んだ。
「優香ちゃん、早く行かないとあの二人を見失っちゃうよ」
「はっ、そうでした! 多分エスカレーターで下に行ってるので、ゲーセンに行こうとしてるんだと思います!」
「あの二人ってゲームやるの?」
「中学くらいまではよくやってましたね。私も一緒にゲーセンに連れていってもらってましたよ」
「そうなのか。誠也も意外だけど、今市さんがゲームするって意外だな」
健吾は容姿がとても清楚で美人な香澄が、ゲーセンで遊んでいるイメージが全く湧かなかった。
「香澄お義姉ちゃんの方がお兄ちゃんよりもゲームに一時期ハマってましたよ」
「へー、そうなんだ。私も知らなかったなぁ」
「まあ多分、お兄ちゃんと競える数少ないものだからだと思いますけど」
「ふふっ、そう思うと可愛いね、香澄は」
「はい、とても可愛いです! なので早くお兄ちゃんは香澄お義姉ちゃんと結婚しろ、としか思えないですね」
「俺も、あの二人が他の人と付き合うっていう姿が思い浮かばないな」
三人はそう話しながら、誠也と香澄に気づかれないように後をついていき、ゲームセンターへと着いた。
「あの二人は何をやるの?」
「協力するんだったらガンシューティング系のゲームもやりますけど、音ゲーが多いんですかね? ほら、お兄ちゃんってカラオケ下手じゃないですか?」
「ああ、そういえばそうだったな。ん? じゃあもしかして……」
「はい、音ゲーも下手です。カラオケもすごい下手ってわけじゃないですけど、音ゲーもすごい下手じゃなくて、ビミョーに下手なんです。クリアがギリギリ出来ない、くらいの下手さです」
「誠也くんは音感がないんだねぇ。なんかそういうところが可愛いね」
「お兄ちゃんだから私はわからないですけど、香澄お義姉ちゃんもそういうところが可愛いって前に言ってましたね」
「……男なら可愛いよりカッコいいって褒められた方が嬉しいと思うがな」
「えっ、健吾も可愛いよ?」
「なっ!? い、いきなりなんだよ!?」
奈央の言葉に狼狽えて、頬が赤くなる健吾。
「ふふっ、ほら、そういうところが」
「う、うるせえ! ほら、あの二人を監視するんだろ!」
「……なんか私だけ蚊帳の外で寂しいです」
「あはは、ごめんごめん。優香ちゃんも可愛いよ」
「そんな適当に褒められても嬉しくありません!」
そんなことを話しながら誠也と香澄の監視をしていると、やはり二人は音ゲーを始めたようだ。
初めてやるゲームのようで二人とも苦戦していたようだが、楽しそうにやっていた。
「……なんか私達もやりたくなってきたね」
「監視するんじゃねえのかよ。まあいいけど」
「え、えっ? お二人さん、監視は?」
「多分あの調子だと動かないよ。ずっと見てなくても大丈夫じゃない?」
「ま、まあそうかもですけど」
優香は後ろ髪を引かれる思いだったが、健吾と奈央が移動するのについていく。
「何やろっか、音ゲーのコーナーはあの二人がいるしね」
「ガンシューティングやろうぜ。ほら、あのゾンビ倒すやつ」
「面白そうだけど、二人用だよ」
「あっ、私は見てますよ。他の人がゲームやってるのを見るのも好きですから」
「いいの? ありがとね、優香ちゃん」
大きな画面が二つあるガンシューティングゲーム。
健吾と奈央がそれぞれの画面の前に立ち、備え付けの銃を持つ。
「協力ゲーだけど、どっちが多くゾンビを倒すか勝負な」
「もちろん、負けた方が優香ちゃんの好きなものを奢りね」
「フォーティワンアイスクリームの一番高いやつお願いします!」
「優香さんってこういうところで全く遠慮がないのが清々しいよな」
「ふふっ、もちろんいいよ。どうせ健吾が奢ることになると思うからね」
「言ってろ!」
そして二人は協力しながらゾンビを撃っていく。
勝負といっていたがしっかり協力するところは協力していき、どんどんと進んでいく。
「くっそ、ダメージ食らった!」
「あっ、そこの回復アイテム取っていいよ、私ノーダメだし」
「サンキュー」
「……やっぱり先輩方ってすごい仲良いですよね」
「まあ、中学からの仲だからね」
奈央は画面から目を離さず銃で撃ちながらも、優香と話す余裕があった。
「お兄ちゃんとお義姉ちゃんも、二人みたいな関係だったらすぐに付き合ってそうなんですけど」
健吾がゲームに集中しているので、優香は少し小さな声で奈央にだけそう言った。
奈央はチラッと健吾を見てから、同じく小さな声で話す。
「……まあそうだね。あの二人、というか誠也くんがずっと『結婚しよう』って言ってるから付き合ってないだけで、『付き合おう』って言ったら付き合うかもね」
「そうですよね。お兄ちゃんはバカだから結婚したいとしか思ってないみたいですけど」
「誠実でいいと思うけどねぇ。ずっとチキって告白してこない男よりかは」
「ふふっ、それって小林先輩のことですか?」
「さぁ、どうだろうね?」
二人はそう笑い合うと同時に、第一ステージをクリアした。
「よっし! 俺の方が得点も高いぞ! ……ん? なんだよ、二人してなんでそんな温かい目で俺を見てんだよ」
「健吾はバカ可愛いなぁ、って思っただけだよ」
「ふふっ、同じくです」
「それ褒めてねえだろ? バカにしてるだろ?」
健吾は頬を赤くしながら「ほら次のステージだぞ!」とまたゲームに集中する。
「まあ、ああいうところが健吾は可愛いんだけどね」
「奈央先輩、私は惚気を聞き慣れてますけど、聞き慣れてるだけでイラつかないわけじゃないんですよ?」
「ふふっ、そうなんだ、気をつけるね」
そんなことを話していると、第二ステージで二人はどちらも倒れてしまった。
「くそ、終わったか……だけど俺の方が点数は高いぞ!」
「はいはい、よかったね。じゃあ優香ちゃん、アイスクリーム奢ってあげるから、一緒に食べよっか」
「はい!」
「……ん? なんか勝ったのに俺だけ仲間外れじゃね?」
ガンシューティングのところを離れようとしたのだが、「あっ!」と優香が声を出す。
「お兄ちゃんと香澄お義姉ちゃんを監視し忘れてた……!」
「あっ、そういえばそうだねぇ」
「まだ音ゲーのところにいるかな?」
そう言いながら優香が移動しようとしたが、それに奈央が「待って」と声をかける。
「優香ちゃん、もうあの二人を追うのやめない?」
「えっ、どうしてですか? 後ろめたくなっちゃいました?」
「ううん、あの二人を追うのは楽しいし、後ろめたい気持ちがあるなら最初からやってないけどね」
「じゃあどうして?」
「あの二人には、あの二人の空気感とか、ペースがあるんだよ。それを邪魔しちゃったら、今日も上手くいかないかもしれないじゃない?」
「うーん、だけどお兄ちゃんがしっかりやらないから、お義姉ちゃんがずっと待ってるのに……」
「香澄は待ってあげてるんだよ、いい女だからね」
「それは知ってますよ! だからお兄ちゃんがしっかり……」
「ふふっ、妹だから優香ちゃんはわからないかもだけど、いい女である香澄が待ってあげるくらい、誠也くんもいい男なんだよ?」
奈央はそう言って楽しそうに笑う。
「そんないい男といい女が、二人の空気感を作ってるのに、邪魔しちゃったら悪いでしょ?」
「……そうですね。だけどこのままだったら、お兄ちゃんを引っ叩いてでも急がせますよ!」
「そんな心配ないと思うけどね。だって……いい女は待つだけじゃなくて、男を誘うことも出来るから」
奈央の妖艶な笑みから放たれたその言葉に、優香は目を丸くさせる。
そんな優香のとぼけた顔を見て、奈央は可愛らしく笑った。
「ほら、優香ちゃん、アイス買いに行こ?」
「……奈央先輩って、エロくていい女、って感じですよね」
「それって褒めてるのー?」
奈央はそう笑いながら、後ろで突っ立っている健吾に声をかける。
「健吾、ほら、来ないの?」
「っ……俺も買わないのに行くのか?」
「奢りはしないけど、自分で買えばいいじゃん。無一文なのかな?」
「そんなわけねえだろ……」
「ふふっ、なんかツッコミに元気がないけど、どうしたの?」
「……うるせえ」
顔を真っ赤にしながら、健吾は先を歩く奈央と優香の後についていった。
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