第7話 あーん
香澄ちゃんの料理を食べていると、優香が「あっ」と言ってニヤニヤし始める。
「そういえば香澄お義姉ちゃん、前にお兄ちゃんにあーんしてあげたって聞きましたよ?」
「なっ!? せ、誠也、優香ちゃんに言ったの!?」
「うん、言ったよ」
「なんで!?」
「嬉しかったから、自慢したくなって」
「くっ、ここまでまっすぐ言われると、何も言い返せない……」
あれ、だけどあの時は優香に「今日は何か良いことなかった? 主に香澄お義姉ちゃんに関して」と言われて話したんだっけ?
なんで優香は良いことがあっただろうって思ってたんだろう?
「今日もお兄ちゃんにあーんしてあげないんですか?」
「や、やらないわよ!」
「えー、だって香澄お義姉ちゃんにあーんしてもらったら、お兄ちゃんも嬉しいよね?」
「当たり前だ、嬉しすぎて小躍りするくらいに」
「実の兄がこんなところで小躍りはして欲しくないけど、香澄お義姉ちゃんが照れながらお兄ちゃんにあーんしてあげるところは見たいです!」
「なんで照れることは確定してるのよ」
「えっ、だって香澄お義姉ちゃん、絶対に照れるでしょ?」
「べ、別に、照れないわよ」
「じゃあ出来るんじゃないですかー?」
優香がニヤニヤとしながら香澄ちゃんを追い詰めるようにしているが、俺はそれにストップをかける。
「優香、それくらいにしておけ。香澄ちゃんがやらないって言ってるんだから」
「えー、だけどお兄ちゃんもして欲しいんでしょ?」
「そりゃもちろんして欲しいけど、香澄ちゃんが嫌がってるなら話は別だ」
「むぅ、わかったよ」
「……べ、別に、嫌なわけじゃ――」
「だけど、やってもらったお返しはしないとだよな」
「えっ?」
俺は香澄ちゃんが作ってくれた卵焼きを箸で取る。
前にやってもらった時も、卵焼きだったな。
「はい、香澄ちゃん、あーん」
「え、ちょ、誠也!?」
「おほー! お兄ちゃん、さすが! よっ、羞恥心ゼロお兄ちゃん!」
優香、それは俺を褒めてるのか? 貶してるのか?
今は気にしなくていいか。
「ほら、香澄ちゃん、お返しだから」
「ほ、本当に私が食べないといけないの?」
「香澄ちゃんが食べないと俺は一生この腕が下げられないよ」
「いや、普通に自分で食べればいいと思うんだけど」
「香澄お義姉ちゃん、早く食べないとお兄ちゃんはバカだから、一生そうやって暮らしていくことになっちゃいますよ!」
「やっぱり優香は俺のことバカにしてるよな?」
まあそうだと思ったけど。
「ほら、香澄ちゃん」
「うっ……」
香澄ちゃんは顔を真っ赤にして、目を泳がせて迷いながらも顔を近づけてきて。
「あ、あーん」
目をぎゅっと瞑って、控えめに口を開けてパクッと卵焼きを食べた。
「くっ、可愛すぎる……!」
正面から香澄ちゃんの「あーん顔」を見てしまい、俺は心臓が高鳴りダメージを受けてしまった。
「お兄ちゃんいいなぁ、私も香澄お義姉ちゃんにあーんしてあげたい!」
「ダメだ、優香。これは破壊力がすごすぎる……死んでしまうぞ」
「そ、そんなに? 逆にしてみたいという気持ちが強くなるけど」
「ダメだ、優香。あんな可愛いかすみちゃんの顔は俺が独り占めしたい」
「そっちが本音じゃん」
「ふ、二人とも、うるさいから」
香澄ちゃんはもぐもぐしながら恥ずかしそうにそう言った。
「あっ、というかお兄ちゃん、それ間接キスじゃない?」
「はっ!? そ、そういえば!」
俺が食べていた箸であーんをした、つまりこれは香澄ちゃんと間接キスをしてしまったということだ……!
そして俺がこの箸でまた食べれば……!
「だ、だめ! 誠也、箸返して!」
「あっ、はい」
香澄ちゃんが俺の箸を奪うように取って、除菌シートでゴシゴシと拭いた。
「あーあ、お兄ちゃん、チャンスだったのに。そんな血走った目をするから」
「そんな目はしてないだろ。それよりも気づかずに食べればよかったんだから、優香が言ったせいじゃないか?」
「えー、むしろ気づかずに食べても意味ないんだから、言ってあげた方がよかったでしょ?」
「……確かに!」
「二人とも、黙って」
俺に除菌シートで拭いた箸を渡しながら、香澄ちゃんは俺達を睨みながら言った。
いろいろとあったが、とても楽しい花見だった。
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