第5話 春休みに入り



 春休みに入り、香澄ちゃんと会えない日が続く……が。


「香澄ちゃん、明日一緒に花見に行かない?」

『そうね、いいと思うわ』


 俺と香澄ちゃんはほぼ毎日電話をしている。

 今も電話をしながら、明日の予定を話していた。


 最近になって近くで桜が咲いていると知ったので、俺から香澄ちゃんを誘ったのだ。


「香澄ちゃんの髪が春の暖かな風で揺れて、そのバックには桜も舞って……絶対に綺麗で可愛い! はっ、性能が良いカメラを用意しないと!」

『……無駄遣いはやめなさい、誠也』

「あっ、そっか。香澄ちゃんの美しさはどれだけ性能が良いカメラでも表現することは出来ないから、用意しなくてもいいか」

『そういうことじゃないから』

「そんな香澄ちゃんと出会えたことに感謝だ! 香澄ちゃん、結婚しよう!」

『むり』

「がはぁ!?」


 フラられた、悲しい。


「お兄ちゃん、うるさい」

「あっ、優香、ごめんな」

『ん? 優香ちゃん? 誠也、どこで電話してるの?』

「家のリビングだけど」

『自分の部屋で電話しなさいよ。それにリビングで告白してんじゃないわよ、恥ずかしい』

「香澄ちゃんへの気持ちが恥ずかしいなんて、思ったことは一度もない!」

「だからお兄ちゃん、うるさいって」

「ごめんなさい」

『……ばかじゃないの』


 ん? 香澄ちゃんの声が少し上ずったように聞こえたけど、気のせいかな?


「というかお兄ちゃん、明日香澄お義姉ちゃんと花見に行くの?」

「ああ、その予定だぞ」

「私も行きたい!」

「俺はいいけど」


 香澄ちゃんに許可を取らないといけないと思い、電話で聞こうとしたが。


『私もいいわよ』


 どうやら優香の声が聞こえていたようで、そう答えてくれた。


「香澄お義姉ちゃん、ありがとう!」

「久しぶりに三人で出かけるなぁ」

『そうね、二年ぶりくらいかしら? 優香ちゃんが受験勉強で大変だったものね』

「そう! だから久しぶりに香澄お義姉ちゃんと遊びに行きたいなぁって」

『ふふっ、私も優香ちゃんと遊ぶの楽しみだわ』

「やった! 香澄お義姉ちゃん、大好き!」

「おい、俺の方が香澄ちゃんのこと好きだぞ!」

「お兄ちゃん、変なところで張り合わないで」


 優香に冷静にそうツッコまれてしまった。

 ということで、明日は三人で花見に行くことになった。


 楽しみでウキウキしていたのだが……。


「お兄ちゃん、作戦会議するよ!」

「作戦会議?」


 寝る前になぜか優香が俺の部屋に来て、そう言ってきた。


「そうだよ! お兄ちゃん、小学一年生の時から香澄お義姉ちゃんに告白、プロポーズしてきたんでしょ?」

「ああ、そうだな」

「それで、全く成果は出ていないと」

「ぐはっ!?」


 妹に痛いところを突かれ、俺はフラれた時のようなダメージを受けた。


「ゆ、優香、世の中には言っていいことと悪いことがあるというのを、知らないのか?」

「これは言っていいこと、というか言わないといけないことだよね。しっかり現実を見ないと、お兄ちゃん」

「くっ、確かにそうだが……」


 妹に正論を言われて、何も言い返せない。

 確かに約十年間、プロポーズをし続けても何も進展がない……。


「お兄ちゃんが香澄お義姉ちゃんと結婚しないと、私は香澄お姉ちゃんって呼ばないといけなくなるよ」

「……何か変わったか?」

「意味合いが変わってるの!」


 よくわからないが、優香にとっては重要なのだろう。


「私も香澄お義姉ちゃんは大好きだし、いまさら違う人がお義姉ちゃんになるなんて考えられないよ! だからお兄ちゃん、香澄お義姉ちゃんと付き合うために、作戦会議するよ!」

「わかった! ありがとう、優香!」


 俺達は目的を同じにした同志となった。


「よし、お兄ちゃん、そこに正座!」

「えっ、いきなり上下関係が出来るの?」

「十年間も作戦なしで突っ込んで負け続けているお兄ちゃんが何言ってるの?」

「ごめんなさい、座ります」


 同志じゃなくて、教官と生徒みたいな関係だった。


「私に、とてもいい作戦があるのだよ、お兄ちゃん」

「そうなのですか、優香先生」

「そう! それは……!」

「それは?」

「プロポーズをしない!」

「……何を言ってるんだ、この愚妹は」


 自信満々な顔をしてそう言ってきた優香、本当に意味がわからない。


「プロポーズをしなきゃ、香澄ちゃんと結婚出来ないだろう?」

「ふっふっふ、お兄ちゃん、甘々だよ。原宿で買えるクレープより甘いよ」

「食べたことないからわからないけど」

「私もないけど」

「じゃあなんで言った」

「とにかく! お兄ちゃんは毎日毎日、プロポーズをしすぎなんだよ!」


 確かに、言われてみれば毎日香澄ちゃんにプロポーズをしている。

 当たり前のことというか、香澄ちゃんと会ったらプロポーズをしたくなってしまうから、仕方ないことだと思う。


「香澄ちゃんが可愛すぎるのが悪い」

「意味わからないよ、お兄ちゃん」

「それで、なんでそこからプロポーズをしないっていう話になるんだ?」

「前にお兄ちゃんがプロポーズを忘れた日があるでしょ?」

「ああ、そういえばあったな」

「それで次の日、香澄ちゃんがなぜか抱き着いてきたりお弁当を作ってくれたりしたでしょ?」

「ああ、あれはビックリした、幸せだったけど」

「つまり、そういうこと!」

「……どういうこと?」

「……お兄ちゃんってそういうところに鈍感だよね、だからフラれるんだよ」

「なんでいきなり辛辣に!?」


 妹の情緒が全くわからない。


「ばかなお兄ちゃんにもわかるように言うと、またプロポーズをしない日を作ればいいんだよ! そうしたらまた、香澄お義姉ちゃんから抱き着いてきてくれるよ!」

「なっ!? そんな簡単なことで、香澄ちゃんが抱き着いてくれるのか!?」

「そうだよ!」


 まさか、俺がプロポーズをしないだけで、香澄ちゃんがまた抱き着いたり、お弁当を作ってあーんをしてくれるというのか……!?


「優香、お前は天才か……!?」

「お兄ちゃんがばかすぎるだけだと思うけど、褒められる分には嬉しいかな」

「じゃあつまり俺は明日、香澄ちゃんにプロポーズをしなければいいのか!」

「そうだよ! とても簡単でしょ?」

「ああ、そうだな! ありがとう、優香! 今度何か奢ってやる!」

「ゴジュバのチョコレートで!」

「ここで全く遠慮しないのは誰に似たんだろうな」


 しかし、これで明日が本当に楽しみになってきた。


「優香、俺、頑張るから! 絶対に香澄ちゃんと結婚するよ!」

「うん、応援してるよ!」



 そして――次の日。


「おはよう、香澄ちゃん! 今日もすごい可愛いね! 結婚しよう!」

「むり」

「ぐふっ!?」

「いやちょっと待てバカ兄ちゃん!?」


 失敗した。

 敗因は、香澄ちゃんが可愛すぎる。


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