「46」呟き
いざ授業が始まれば、ミチナガ先生もその他の先生と何ら変わりはない。
テキストに沿って授業を進めるだけなので甲も乙もない。そのはずだが──時折「黒魔術では〜」「呪いをかけるには〜」などとオカルティックな内容を例え話しに盛り込んでくることだけは気になった。
そんなミチナガ先生に大半の生徒たちは冷ややかな目を向けていた。最初俺に話し掛けてきた男子生徒だけは、まるで珍獣でも見るかのように好奇の目を向けている。尊敬の眼差しを向けている生徒は誰もいないようであった。
変な噂が立てられているのだから仕方がないようにも思えた。
まぁ、変な先生なのだから、そう形容されるのは先生自身にも問題があるように思えるのだが──。
──キーンコーンカーンコーン!
終業のチャイムが鳴ると、ミチナガ先生はピタリと動きを止めた。教科書を読み上げていた言葉を途中で打ち切り、パタンと教科書を閉じてしまう。
「終わりだ」
「えっ!?」
思わず、俺は声を上げてしまった。
「時間だし……これ以上、進めたところで頭に入らないだろう? 今日は、ここまで」
日直の号令もなく、ミチナガ先生は持ってきた教材を手に取ると、さっさと教室を出て行ってしまった。
ミチナガ先生が出て行くと、魔法が解けたかのように生徒たちは一斉にヒソヒソ話しを始めた。
──ほんと不気味だよね。ミチナガ先生……。
──悪魔と契約して、魂が奪われちゃったって本当かなぁ? どこか、虚ろな目をしているものね。
本人がいなくなったと思って、随分と勝手なことを口にしている。
馬鹿馬鹿しい──。
俺はウンザリしてしまったものだ。
一教師に──勉強を教えて貰っている恩師に対して、あんまりな言い草である。
しかも、どれもこれも現実にはあり得ない──奇想天外なことばかりではないか。
考えれば、嘘か本当かくらい分かりそうなものである。
──まぁ、このくらいの年の頃はみんなそんなものなのかもしれない。
空想話や夢物語が現実に思えるのだろう。夜、暗い所にお化けが居る──そんなことを素直に真に受けるようなお年頃だ。
生徒たちを責めても仕方がない。
「なぁ、どうだった? さっきのミチナガ先生、変だったよね?」
休み時間に入ったので、男子生徒が俺に意見を求めるように近付いてきた。
「うん、まぁね……」
変わった先生だと問われれば、否定は出来ない。
あれを普通の先生と言うのは嘘になる。
俺は男子生徒の言葉に頷いた。
すると彼は、納得のいく回答を得られたとばかりにニカリと白い歯を見せて笑った。
「そうだろう、そうだろう! ……実はさぁ、僕のねぇちゃん。この間忘れ物を取りに、夜の学校に来たらしいんだ……」
唐突に、そんな語りを始めた。
俺が呆れた顔になったがお構いなしに、男子生徒は話しを続けたものだ。
「……それでさぁ、一階の教室に明かりがついていたから怪しく思ったらしいんだ。夜の学校に、他に誰が居るっていうのさ? 怖かったけど……不審に思って近付いて見に行ったんだって。……そしたら、そこでミチナガ先生が祭壇に祈りを捧げていたのを見たんだって……」
「そうなんだ」
「え……あれ?」
俺の素っ気ないリアクションに、男子生徒は目を丸くした。精一杯、怖く言ったつもりだろうけれど、俺の心には刺さらなかった。
「え、嘘ー!?」
横から女生徒の声が上がった。
「本当なの? その話!?」
興味津々の女生徒たちが、男子生徒の周りに集まってくる。
「そうそう、ねぇちゃんが言ってたから間違いないよ!」
注目を浴びて、男子生徒は嬉しそうだ。聞いた話しを、まるで自分のことであるかのように得意気に話して聞かせていた。
──ついて行けないな。
置いてきぼりを食らったので、これ以上ここに居ても仕方がない。
早々にこの場から離脱することにした。
休み時間はまだあるようなので、取り敢えず俺は残された時間でトイレに向かうことにした。
教室を出て廊下を歩いていると、向こうからミチナガ先生が俯きながらブツブツと独り言を呟いている姿が目に入った。
廊下に居た生徒たちは、そんな先生を気味悪がって目を合わせないようにしている。
気にせず平然と廊下を真っ直ぐに歩いているのは──俺くらいのものである。
向こうからミチナガ先生が歩いて来るが、くだらない噂話などを気に止めるつもりもない。
ミチナガ先生に道を譲るように隅に避けた。
「……走馬灯……人生を逆行する……」
「……えっ……?」
ミチナガ先生の独り言が耳に入り、つい反応して声を上げてしまう。
ミチナガ先生は足を止めると、驚きの表情を浮かべる俺へと視線を向けて来た。
そして──ニタリと笑ったのであった。
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