「33」目指す教室

「アキエ」

「違う」

「トモコ」

「違う」

「アイ」

「違う」

 食堂を出ても尚、俺と白井の問答は続いていた。

 校舎の中を歩きながらひたすらに答えたが、それでも一向に当たる気配はない。


 まるで蜘蛛の糸でも掴むかのような作業だ。


「ハナコ……」

「違うわ。それに、それはさっき言ったでしょう?」

「あぁ、そうだっけ……」

 白井に指摘されて気が付いた。

──そう言えばそうだ。

 頭に思い浮かんだ名前を適当に口にしているだけだから憶えていないと被ってしまうこともあるようだ。

 簡単なルールのようで、色々と神経を使うところがあるらしい。


 白井は怒るわけでもなく、俺からの次の解答を待っているかのようであった。

──それはそうか。

 間違ってもペナルティーがあるわけでもないのである。むしろ、白井がよく既出であったことを憶えていたものだと感心したものだ。


「うーん……」

 頭に浮かんだ名前を出し尽くし、とうとうネタが切れてしまった。

「分かんないなぁ……」

 終わりが見えず精神が削られ、つい匙を投げそうになってしまう。


 すると、白井は残念そうな顔になる。

「もう諦めちゃうの……?」

 上目遣いに、悲しげな表情を向ける白井──。

 ハァと溜め息を吐き、俺は思い直した。

 只でさえ名前が分からず悲しませている白井を、さらに悲しませるわけにもいくまい。

「そんなわけないだろう? カエデ、ツバキ、サクラ、キク……」

「どれも違うわね」

 白井も嬉しそうに、首を左右に振るった。

 どんなに頑張って答えを搾り出しても、一瞬で否定されてしまう。


「近いものってあったかな?」

 ノーヒントのはずであったが、つい尋ねてしまう。

 はぐらかされるかと思ったが、白井は首を横に振るって答えてくれた。

「いいえ。全然遠いわね」

「そんな……」

 思い付く限りの名を口にしたというのに、かすりもしていないらしい。

 俺は愕然としてしまったものだ。


 ふと白井が携帯電話を取り出して画面に目を向ける。

「そろそろ、三二五教室に向かいましょうか。次の講義が始まりそうだし」

「あぁ、そうなんだ」

 大学生活に馴染めてしない俺は、白井の言葉に頷いた。何処に行けば良いのかも分からないので、兎に角白井についていくしかない。


「イモコかな?」

「違うわよ」


 俺らはそんな問答を続けながら、三二五教室を目指して廊下を歩いたのであった。

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