「30」名前当てクイズ

「私の名前を当てて頂戴。それがクイズよ」

「なんだ、そんなことか……」

 身構えていたが単純な内容に、俺は拍子抜けしてしまった。

「そんなことって……」

 女性がムスッとした表情になる。

 確かに、名前を忘れるなんて失礼極まりないことだ。俺は慌てて取り繕うように言った。

「やるよ、やる! 当然だろう!」


 すると、女性は嬉しそうに微笑んだ。

 まるで俺をからかって楽しんでいるかのようである。

「……でも、クイズったって、どうやるのさ?」

 ルールがイマイチ把握できていなかったので、俺は女性に尋ねた。何かしらの問題文やヒントが無ければ、答えを導き出すことが出来やしない。

「誤答にペナルティーはないから、適当に答えてくれればいいわ。その都度、正誤を伝えるから」

「そんな無茶な……」

「何をやっても構わないけれど、誰かに名前を聞いたり持ち物に書いてあるのを見たりしては駄目よ。そんなのすぐに分かってしまうのだから。考えて、導き出して欲しいわ」

 見たり聞いたりするなって──随分と無茶な提案である。

 情報を仕入れることさえも封じられてしまった。

 数ある名前からノーヒントで一つの名前を当てろと言うことらしい。


「それで? どうするの? やるの?」

 俺が困惑して黙っていると、女性が再確認してきた。

 かなりの長期戦になりそうだ。

「うん、やるよ。二言はない」

──それでも、女性が自ら名乗らない理由も気掛かりだったので挑戦してみることにする。

 何より身近な人間の名前を、俺自身が知っておきたいと思ったということもある。


「よし! それじゃあ、よーいスタート!」

 女性がパチンと手を叩き、開始を宣言する。

──さて、一発目は何と答えようか。

 そう考えている時であった──。


「おーい、白井!」

「あっ、はい……」

 教授が教壇から唐突に女性を呼び掛けた。

「ゼミの課題のことで話しがあるから、後で研究棟まで来てくれ」

「わかりましたー!」

 教授はそれだけやり取りすると、荷物を持って講堂から出て行った。


 女性はそんな教授の後ろ姿を見送りながら溜め息を吐いた。罰が悪そうな顔になっている。

「白井さん!」

 俺が答えると、女性──白井は頭を抱えた。

「まぁ不可抗力で耳に入っちゃったものは仕方がないわね。正解よ」

 白井はコホンと一つ咳払いをすると気を取り直す。

「でもこれ以上は、実力で導き出すようにお願いね。あくまでも、考えて欲しいんだから」

「え、白井じゃ駄目なの?」

「当たり前じゃない。キチンとフルネームを当ててよね。それじゃあ、不十分ですもの」

「そう言われても……」

 俺は肩を竦めた。

「ノーヒントだからなぁ……。ならせめて、制限時間くらい設けてくない?」

 タイムリミットがあれば、例えそれまでに分からなくとも答えを教えてもらえることになる。

 ここまで引っ張るのだから、白井も最終的に分からなければ教える気はないだろう。


「心配しなくても近い内に終わりはくるから、安心して」

 白井はボソリと気になることを呟いた。

「どういうこと?」

「じゃあ、私、研究棟に行かないとだから」

 俺の問い掛けを無視して一方的に話しを打ち切ると、白井は席を立って講堂を出て行ってしまった。


 俺はそんな白井を見送りながら首を傾げたのであった。

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