第3話・石狩沖、攻防戦……いえ、守りに徹してます

 ゆっくりと機動戦艦アマノムラクモは、高度150mを維持しつつ指定座標である石狩沖にやってきた。

 この間、後方からは自衛隊の哨戒機やら報道のヘリやらが、つかず離れずを維持したまま後ろから追従してきた。


『ピッ……石狩湾沖合500mに到着。高度150mを維持します。Dアンカー射出します』

「よし、アンカー射出……ってなに?」

『了解。アンカー射出‼︎』


──ドゴォッ

 艦首左右及び艦尾左右から、水平にアンカーが打ち出される。

 それは300m程飛んでいったかと思うと、空間に突き刺さった。


──ビシッ‼︎

 アンカーの突き刺さった場所には亀裂が入ったが、やがて亀裂はゆっくりと閉じていき、最後には何もない空中にアンカーが突き刺さる形で安定した。


「嘘……だろ? ノリで射出って叫んだけどさ、Dアンカーってそういうものなの?」

『是。ディメンジョンアンカーは、船体を空間に固定するための装備です』

「……そうだよね、そうだよなぁ。オクタ・ワンや、この船の動力は?」

『ピッ……サラスヴァティ型魔導ジェネレーターです。主動力炉四基、サブ動力炉八基、空間潜航ジェネレーター四基により構成されています』

「うん、聞いた俺が悪かったわ。しかも、全て頭の中で仕組みもわかるなんて考えたくなかったわ。さて、これからどうすればいいのやら……」


 キャプテンシートに胡座をかいて座る。

 モニターでは、哨戒機が大きく弧を描くかんじに飛んでいるし、報道ヘリに至っては、Dアンカーの周りを飛びながら、カメラを回しているし。

 自衛隊のヘリも飛んできて、アマノムラクモの上をゆっくりとホバリングしているじゃないですか。


「……なぁ、もしもヘリが着地しようとしたら、どうなる?」

『ピッ……船体の全周囲を覆うフォースフィールドに阻まれます。そのため、船体より20m手前の空間に着地します』

「ヘリ及び人間に対しての被害は?」

『ピッ……ありません。ただし、敵対行為及び攻撃を行なった場合、自動防衛システム『トラス・ワン』により、ショックボルトが射出されます』


 おいおい、ずいぶんと守りに強くないか?

 俺の記憶によると、ショックボルトって、稲妻がフォースフィールドの上を無数に走るんだぞ?

 って、それ、人は死ぬから!!!!


「ストーップ。トラス・ワン、ショックボルトの射出禁止。せめて静電気レベルに威力を弱めてくれ」

『ピッ……トラス・ワン了解』

『ピッ……オクタ・ワンより。敵の攻撃に対しては、適切な攻撃パターンにより、敵存在を殲滅しますが』

「それも駄目ぇぇぇ。なんで君たちは、攻撃してきた対象を殲滅する気満々なの?」

『ピッ……キャプテンを守るためです』

「過剰防衛だから。それなら、フォースフィールドの強度を上げてくれ、衝撃は完全にカットできるレベルで。それぐらいはできるだろう?」


 放っておくと、アマノムラクモで世界を制圧しかねないわ。

 そんなことになる前に、せめて専守防衛にシステムをセットした方がいい。

 そもそも、この船体強度を貫ける火力は、俺の知る限り存在しないからな。


『ピッ……了解です』

「よろしく頼むわ。そんじゃ、俺は少し体を休めてくる。色々と短時間で起こりすぎて、思考が散漫になってきた」

『ピッ……それがよろしいかと』


 はいはい。

 あとは任せますわ。

 ということで、俺は居住区にある温泉旅館に向かう。

 そこには露天風呂があったのだよ、露天風呂が。

 いやぁ、会社の慰安旅行以来だよ、温泉。

 前に勤めていた会社では、仕事が終わってすぐに会社の車で定山渓温泉に向かって、そのまま飲み会という名前の『役員のご機嫌取り』があってだね、温泉に入るの自体も、『年功序列』という理由で、役員が入っているときは俺たちは外で待機させられていたんだよ?

 挙句に風呂上がりすぐに麻雀接待、絶対に勝ってはならない麻雀がどれだけストレスになるかわかるか?

 それが深夜まで続いて、ようやく役員が眠りについたら俺たちも就寝。

 朝一番で目が覚めたら、役員には挨拶してすぐに出社。


 うん、俺は、会社の慰安旅行って、俺たちが役員を慰安するものだと叩き込まれたんだよ。

 ちくせう。


………

……


──カポーン‼︎

 露天風呂。

 ヒノキの風呂桶を浮かべて、日本酒の冷と塩辛。

 

「くぅぅぅぅ。美味い! そして目の保養‼︎」


 風呂に入ってようやく思い出したよ。

 わしの身体、とんでもないことになっていたわ。

 身長150cmほどの童顔黒髪ストレート。

 そして94cmのFカップ。

 やばいわ、正直好みだわ。

 まあ、そうはいうけどさ、流石に自分の体で欲情するかというと、それほどでもない。

 いや、本当なら激しく欲情してこっそりと自室に篭ってあんなことやこんなこと……ってなるんだろうけどさ、それよりも頭の中も身体も疲労困憊待ったなしなんだわ。


「うん。浮いてる。これならタピオカチャレンジならぬ徳利チャレンジいけるんじゃね?」

 ドキドキしつつ、湯船に浮かんでいる俺の胸の上に、そーっと徳利を乗せてみよう。


『ピッ……お楽しみのところ、申し訳ありません。正体不明機が十六機、アマノムラクモに向けて接近中です』

「おおお楽しみちゃうわ、男の好奇心だから」

『ピッ……肉体を持たない私には、理解できません。至急、ブリッジへ』

「はいはい」


 頭からお湯を被ってから風呂から出る。

 着替えるのもめんどいから浴衣を着て頭にはタオルを巻いておく。

 これでいいわ、別に人に見られることもない。

 ということで、真面目に急ぐとしますか。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 アメリカ国防省から三沢基地に連絡が入ったのは、日本政府からの未確認飛行物体に対しての声明があって10分後。

 すぐさま三沢基地で待機していた『F-15X プラズマⅡ』が対地爆装で出撃。

 同時に、航空自衛隊千歳基地からも、『F15 ストライクイーグル』が出撃。

 未確認飛行物体へ接近していた。


『ピッ……ベアー1より各機へ。攻撃命令は出ていない、大きく旋回して様子を見る』

『ラジャー‼︎』


 大きく弧を描くように、ストライクイーグルが編隊を組んで飛んでいる。

 だが、アメリカ空軍にはその命令伝達は行われない。

 結果として、アメリカ空軍は、眼前の巨大な飛行物体に向かって攻撃を開始した。


『アランワンより各機へ。攻撃を開始する。ブラボーワンからブラボーフォーは背面から、チャーリーワンからチャーリーフォーは上空からの爆撃を開始する。この戦闘行為は、日米安全保障条約内のものである、繰り返す……』

『了解‼︎』


 八機のライトニングⅡは大きく旋回を開始。

 そして四機は後面に回り込むように大きく旋回し、さらに四機は急上昇を始めた。


『アタック‼︎』


 隊長の号令と同時に、アマノムラクモの背面ブースター及び上面の砲門付近に向かって一斉に攻撃が開始される。


──ドドドドドドトッ‼︎

──ドッゴォォォォォォン

 後方と上部から爆音が響き、大爆発が起こっている。

 そして、そのタイミングでアメリカ海軍の『V-107 シーナイト』が爆撃ポイントに接近。

 爆炎が収まったタイミングで破壊した装甲から内部に突入する予定であった。


 そう、予定である。


「馬鹿な……直撃のはずだぞ? 一体どうなっているんだ?」


 アマノムラクモの上部及び後部へのダメージは全て皆無。フォースフィールドにより、全てのダメージは無効化されていた。

 たが、そんな事実などアメリカ軍も日本の自衛隊も知る由もない。

 ただ、アメリカの誇る戦略爆撃機の攻撃も凌ぐ存在であるということしか、分からなかった。


「こ、降下作戦開始、敵艦装甲を爆破し潜入せよ」


 上官の命令により、シーナイトが丈夫な左舷装甲の上に着地するために近づく。

 だが、実際には走行手前20mの空中で、目に見えない壁にぶつかり急速で上昇を余儀なくされた。


「なんだというのだ? あの巨大な戦艦の周りには、目に見えない壁があるというのか? それも、我が軍の爆撃でさえ突破できない壁が……」

「指示をお願いします‼︎」

「……一時帰還する……」


 苦渋の決断。

 アメリカが誇る最新鋭兵力でさえ、この未確認の巨大な物体にはキズひとつどころか近づくことすらできなかった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 一方、アマノムラクモ・メインブリッジ。

 キャプテンシートで胡座をかいているミサキ・テンドウは、頭を抱えていた。


「いやいや、無傷なのは理解できるけどさ、バリアーに気づかないで着陸しようとしないでくれよ。ヘリもバリアーに弾かれてバランス崩しているし、危険だから離れてくれってば‼︎」

『ピッ……通信システムにより、忠告をすることができますが』

「そうしてくれ、ええっと……敵意はないから近寄らないでくれって、通信入れられる?」

『ピッ……可能です。アメリカ軍、日本軍、どちらにしますか?』

「日本は軍じゃないから、自衛隊だから。まあ、どっちかというと日本の方が話は理解してくれるだろうさ」

『了解……では、日本の通信回線にハッキングします……成功。会話を試みます』

「頼むわ」



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 日本国、海上自衛隊、護衛艦『みょうこう』。

 未確認飛行物体が石狩湾沖合方面へと移動したという連絡を受けて、急遽石狩湾沖合へと移動を開始していた。


『ピッ……』

「艦長。未確認コードからの通信です」

「なんだと? 自衛隊の暗号通信回線に割り込んできたのか?」

「はい。どうしますか?」

「……傍受しておけ。私が受ける」


 みょうこうの艦長が通信員の元に向かうと、ヘッドセット。受け取って頭に装備する。


「回線、開きます」

「よし。こちらは護衛艦・みょうこうだ。所属国と登録コードをあかしたまえ」

『ピッ……所属国はない。登録コードも同じく。私は、機動戦艦アマノムラクモの魔導頭脳オクタ・ワン。我々は、敵意はない。だから攻撃しないように。繰り返す、我々は敵意はない。攻撃しないように』


 まさかの日本語。

 そして、アマノムラクモという名前。

 あの未確認戦艦からの通信なのか?

 それも、所有者は国に所属しているのではないと?


「アマノムラクモに問いたい。君たちは、どこの国に所属している?」

『国……どうします?【これから建国するって伝えて】了解。我々は、どこの国にも所属していない。これから建国する』


 通信の感度が高いのか、奥から日本人の声が聞こえてきた。

 まさか日本人が、あのようなものを個人で所有してあるというのか?

 それこそ憲法違反どころか重罪だぞ?


「アマノムラクモの艦長に告げる。日本人が個人で兵器を所有することは法律で禁じられている。どうやって、そのような兵器を手に入れたのか知らないが、速やかに投降したまえ」

『……ひとつだけ、貴兄らの間違いを伝えよう。我が機動戦艦アマノムラクモの艦長は日本人ではない。当然、日本の国籍など現在過去未来において所有していない。そのような愚考をめぐらせる暇があるのなら、私の言葉を全世界に届けた【おまえ、何をキレているんだよ?】まえ』


 んんん? 

 今の宣言は艦長のものではないと?


「アマノムラクモに告げる。貴艦の艦長と話をしたい」

『断る‼︎ 我が艦長は人に騙されやすいので、私が交渉の代行を【おい、誰が騙されやすいって?】いえいえ、ここはわたしに任せてください。おこないます。今一度忠告します、我々から離れてください』

「了解した。貴艦からのメッセージは上官に伝えておく」

『よろしくお願いします』

「回線切れました」

「ああ。至急、防衛大臣に連絡。今の録音をそのまま転送しておいてくれ」


 困った。

 現時点で、日米安保条約日米基づいた、条約違反に抵触する『未確認浮遊物体』に対する攻撃命令は出ている。

 アメリカはやる気満々で戦力を投入しているし、先程の報告では、中国海軍があの浮遊物体の所有権を宣言している。

 日本としては、迂闊に手を出したくない対象であるけれど、先程の通話から察するに、相手は日本語を流暢に使える存在。

 それなら、我々の方が、より交渉のテーブルを広げることはできるはず。


「ふぅ。大臣に連絡がついたら呼んでくれ、少し休ませてもらう」

「了解です」


 頭の痛い案件だ。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 またまたアマノムラクモ、ブリッジ。


「お前、さっきの交渉はなんだよ? どう聞いても上から目線だろうが?」

『ピッ……キャプテンは優しすぎます。その性格では、この機動戦艦アマノムラクモを騙し取られます。それなら、こちらが上位であり優位であることを前提とした交渉を行わなくてはなりません』

「い、いや、それでもさ……」

『ピッ……優しさは罪です。そんな弱気な性格だから、いつも女性と付き合っても最後は『天童さんはいい人だね。おともだちのままでいましょう』って言われるのです』


──グフッ‼︎

「ちょ、おま」

『優しいから、部下が残業を言いつけられて困っていたら、率先して自分が引き受けて部下を帰してしまうのです。部下にとっては、仕事を押し付けるいい相手と思われていますよ』


──ザクッ‼︎

「あうあう、そ、そんなことはない……」

『いいえ。他にも、貴方の性格を解析した『お人好し行動パターン』は25項目ほどあります。私には、キャプテンの過去の出来事など知ることはできませんが、こういうことがあった程度の想像は付きます』


──ドムッ‼︎

「わ、悪かった……明日から心を強くするから、今日は休ませてくれ」

『ピッ……生体活性化魔法陣がありますが使いますか? わずか五分で疲労回復し、睡眠も短縮で補うことができますが』

「……いや、ベッドで眠らせてくれ。少し、自分自身を見直してくる」

『ピッ……見直すべき息子は存在しません。娘なら新品同様に装備されていますが』

「下ネタじゃねーよ‼︎ オクタ・ワン、おまえ、そこまで柔軟な回答ができるのかよ」

『ピッ……乗組員に、心の安らぎをら与えるのも魔導頭脳の仕事です』

「その魔導頭脳に、俺はエグり掻き回されたわ。朝になったら起こしてくれ、朝食も自動で頼む」


 居住区で、とりあえず適当な大きさの自宅を選ぶ。

 幸いなことに家具も全て備え付けなので、今日はここでゆっくりと寝ることにしよう、そうしよう。


 悪夢だよ。

 本当に悪夢なら、目が覚めたら現実に帰してくれ。

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