第3話 入鹿、江戸に転生す。~意知との出逢い~

狼藉者ろうぜきものじゃっ、であえぇっ!」


 入鹿いるかしりいたみにかおゆがめつつ、そのようなさけごえみみにした。


おれは…、時代劇じだいげきでもてるのか?」


 入鹿いるか一瞬いっしゅん、そう誤解ごかいしたが、生憎あいにく入鹿いるかまえ繰広くりひろげられているのは時代劇じだいげきではなかった。


 つ、その「狼藉者ろうぜきもの」が入鹿いるか自身じしんしており、もなく入鹿いるかはそのことをおもらされることになった。


 入鹿いるかはそれまで意知おきともおそわれているサマ見守みまもっていた、もとい、傍観ぼうかんしていたギャラリーの一人ひとりである目付めつけによってとらえられ、勿論もちろん襲撃者しゅうげきしゃべつ目付めつけとらえられた。


 いや襲撃者しゅうげきしゃとらえられたと言うのは正確せいかくさにけるであろ。なにしろ襲撃者しゅうげきしゃはそのあたまから入鹿いるかってきたために、それも入鹿いるかしり直撃ちょくげきあたまけて完全かんぜんにのびており、そのうえ入鹿いるかしりいたみにかおゆがめているというなんともシュールな状況じょうきょうであったので、目付めつけ入鹿いるかとらえる、と言うよりは襲撃者しゅうげきしゃうえからどかしたのちべつ目付めつけがのびている襲撃者をこすというこれまたシュールな状況じょうきょう繰広くりひろげられた。


 そんななか被害者ひがいしゃである意知おきともただちに医師いしだまりへとはこばれた。いや意知おきともおのれあし医師いしだまりへとかった。


 一足先ひとあしさきに、意知おきとも見捨みすてて、おく右筆ゆうひつ部屋べやへと逃込にげこんでいた仲間なかま若年寄わかどしよりみょう闖入者ちんにゅうしゃもとい入鹿いるかのおかげいや狼藉ろうぜきにより意知おきともへの襲撃しゅうげきんだと見るや、途端とたんおく右筆ゆうひつ部屋べやからそれこそ、


「ぞろぞろと…」


 たかとおもうと、意知おきとももとへとっててはかたそうと差伸さしのべる始末しまつであった。


 そのあまりに白々しらじらしい態度たいど意知おきとも当然とうぜんおおいに憤慨ふんがいし、しかしそれはかおにはさずに、それをことわってみずからのあし医師いしだまりへとかうことにした。


 一方いっぽう入鹿いるかはと言うと、意知おきともおそったおとこ同様どうようまげった見知みしらぬおとこらによって取押とりおさえられたかと思うと、どこぞへ連行れんこうされようとしていた。


 するとそうとさっした意知おきともが、


「そのおよばずっ!」


 いまにも入鹿いるかをどこぞへ連行れんこうしようとしていたおとこたちにたいしてそう怒鳴どなったのであった。そのおとこたちもまた、意知おきともおそわれそうになったのをただ傍観ぼうかんしていたやからであった。


「なれど、あやしげなる風体ふうていにて、さればきびしく詮議せんぎせねばなりますまいて…」


 入鹿いるか身柄みがら取押とりおさえていた男たちのうちの一人ひとり意知おきともにそうげた。


たしかに如何いかにもあやしげなる風体ふうていおとこなれど、身共みどもたすけてくれたものには相違そういあるまいて…、ただ傍観ぼうかんしていたものとはちごうてな…」


 意知おきともたたみしたたらせながらそうかえした。なんとも痛烈つうれつ返答へんとうと言えようか、入鹿いるか身柄みがら取押とりおさえていたおとこたちはみなかおしかめさせたものである。


「さればあやしげなる風体ふうていおとこというだけで、身共みどもたすけてくれしそのおとこを、身共みどもおそいし狼藉者ろうぜきものおなじくあつかいをいたせしはこの山城やましろゆるさぬ」


 意知おきともさらにそうつづけて、そのあやしげなる風体ふうていおとこもとい、入鹿いるか身柄みがら解放かいほうするようめいじたのであった。


 だがそれでも入鹿いるか身柄みがら取押とりおさえていたおとこたちは若年寄わかどしより意知おきともめいであっても中々なかなかしたが素振そぶりをせず、


「されば山城守やましろのかみさますべてのせめうてくださりまするか?」


 そのうちの一人ひとりあやしげなる風体ふうていおとこもとい入鹿いるか解放かいほうした場合ばあい予想よそうされるあらゆる危険性リスクについて、意知おきともにそのせめわせようとしていた。


 それにたいして意知おきとももとよりそのつもりであったので、「もうすにおよばず」と即答そくとうしたので、それであやしげなる風体ふうていおとこもとい入鹿いるか身柄みがら取押とりおさえていたおとこたちも入鹿いるか身柄みがら解放かいほうする決心けっしんがついたようで、事実じじつ、それからぐに入鹿いるか解放かいほうした。


 そうして男たちから解放かいほうされた入鹿いるかたたみしたたらせているおとこもとい意知おきともたいして、


「どうも…、たすかりましたわ…」


 有難ありがとうございますと、そうれいを言うとあたまげた。


 すると意知おきともは、「いやいや」とおうじたかとおもうと、


れいもうさねばならぬのはおれほうだ…」


 入鹿いるかにそうかえしたかとおもうと、


「おかげたすかったわ…」


 かたじけないと、入鹿いるかあたまげたのであった。それで入鹿いるかようやくにどうやら自分じぶんまえの、たたみしたたらせているおとこたすけたらしいと、かろうじて認識にんしき出来できたものの、しかしその程度ていどであった。


 このとき入鹿いるかいまだ、自分じぶんなにきたのか、正確せいかくには把握はあくしきれていなかった。


 ともあれ、まえでは出血しゅっけつしたおとこもとい意知おきともっており、しかもそのたたみしたたらせていたので、


「とりあえず、医師いし治療ちりょうを受けましょうっ」


 入鹿いるか至極しごく常識的じょうしきてき反応はんのうしめした。


 その入鹿いるかの、「至極しごく常識的じょうしきてき反応はんのう」にたいして意知おきともうなずいてみせると、入鹿いるかに「ついてまいれ」とそうめいじたかとおもうときびすかえしてさきあるしたので、入鹿いるかもそのあとをついてった。

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