第26話 刹那時計と逆行時計

 本当だったら痛さのあまり泣いて転げ回ってやりたい


「……やるね。ボクが解放されたから、眷族である千草の能力も強まっているってところなのかな。さっきよりずっと強くなってるじゃん」


 眷族と、信乃は言った。


「おまえ言ってたよな。異能を手に入れる方法は三つ。一つは妖魔の血を引いている。二つは突然変異。三つは――妖魔の眷族になるってな」


 で、俺は最後だったって訳だ。


 五年前、別の街に引っ越すと告げたとき、信乃は鬼に変貌して――俺を殺した。


 経緯は知らない。


 ただ、何かの弾みで封じられた鬼の力が出てしまったんだろう。


 あまりにもタイミングが最悪すぎるが、とにかく俺は殺された。


 そして信乃に逆行時計を植え付けられ、眷族として復活した。


「正解だよ。ボクは千草と遊んだんだけど、けどガキだったボクは人間が思った以上に脆いんだってことを知らなかったんだよね。あ、心がじゃないぜ。あくまで肉体の話さ」


 そりゃあ今のおまえにかかれば、人間なんて豆腐の如しだろう。


「だから考えたんだ。千草とずっと遊びたい。けど死んじゃったら全て台無し――なら、千草を死ななくさせちゃえばいい。いくら無茶苦茶にしても、あっと言う間に戻っちゃえば、問題はないってね!」


「それで逆行時計かよ……とんでもねえ力を植え付けてくれたもんだな。おかげさまで楽に死ねない体になっちまったじゃねえかよ」


「ぎゃはは、確かに。でも不死身は色々便利だぜ? こんな風にやっても大丈夫なんだからさ」


 信乃は頬に食い込んでいたる俺の拳に触れる。


 その瞬間、拳は灰になった。


「なっ――!」


 痛みと言うよりは、存在をごっそり削られたような。


 灰化能力――花譜を殺した技か!


「くそっ!」


 今度は左の拳で殴るが、手の平に受け止められ、結果は同じだった。


「なんつーチートだよ。化け物か!」


「そう言ってんじゃん。でも、千草も大概だぜ?」


 俺の腕は、既に元に戻っていた。


「でも一つだけ――勘違いを改めてもらおうかな」


 信乃が手の平を開く。


 そこに転がっているのは、小さな焦げ茶色の球体――どんぐりだ。


「灰化だけが、ボクの力じゃあないんだぜ?」


 信乃の手の平で芽吹いたどんぐりは一瞬で大木へと成長し、

俺を枝で串刺しにするだけでは飽き足らず、そのままねじれ曲がったビルの側面に叩き付けた。


「は、がっ――!」


 大木は青々とした葉を身に付けたと思えば、すぐに実を実らせ、さらにそれらも消えてあっと言う間に枯れ果て灰へと変わった。


 支えを失い落下する俺は慌ててビルの壁に生じた隙間に手をかける。


「あっぶねえ……このままじゃ投身自殺をするハメになってたぜ」


「おいおい、なーに安心しちゃってんのさ。残弾はまだまだたっぷりあるんだぜ」


 ビルの壁面を突き破り、大木の枝達が俺の肉体に突き刺さる。


 枝はつるつるに磨き上げられたものではなく、ごつごつと文字通り筋張り、さながら江戸時代の処刑に伝われた錆槍みたいになっているのだから、痛みに限って言えば村雨以上だ。


 再び別のビルに叩き付けられる。


 木が枯れて灰になったのを見計らい、今度は真上から来た。


 頭が砕け、脳がぶちまけられて、眼球もこぼれ落ちる。


 文字通り思考力を奪われたまま、地面に叩き付けられた。


 俺の体を好き勝手に蹂躙した大木は勝ち逃げとばかりに灰になって散っていく。


「くっそ、いつの間に仕込んでたんだよどんぐり(ソレ)……!」


「いつもだよ? 鬼の力を人間としての人格を失わないギリギリで解放したときに使おうと思ったんだけど、まさかこんなことになるとはね。ギリギリどころか全開してくれるなんて、花譜の奴も気前がいいね」


 地面に亀裂を入れながら着地した信乃は、嗤いながらどんぐりを指で弾く。


「灰だけじゃない……か。解けたぜ。その能力の謎が。おまえの能力はモノを灰にするんじゃねえ。触れたモノの時間を、猛スピードで早める能力だ。そうだろ信乃!」


「大正解。千草にあげた逆行時計とは対を成す異能。刹那時計。それがボクが持つ力だよ。触れた対象の時間を思いのままに進めることができる。それこそ、灰にするまで進めることも、ね」


 花譜や俺の肉体が一瞬で灰になったのは、一瞬でそうなるまで時間を進められたからと言う訳か。


 能力の全貌は分かったが……だからどうしたって感じだな。


 どっちにしたって、俺が絶対的に不利になったってことに変わりはない。


「逆行時計が盾ならば、刹那時計は矛ってところかな……さて、この二つが戦ったらどうなるのかな?」


「矛盾、って訳かよ……」


 よく言われるのは、双方ともぶっ壊れるというオチだがこれには少し無理がある。


 これと同じ状況に持って行くには、盾の使い手と矛の使い手が、寸分違わず同じ身体能力、同じ武術の腕を持っている必要がある。


 刹那時計と逆行時計。


 この対になっている異能は、どちらも負けず劣らずチートも甚だしいものだ。


 だが、使い手である二人の間には残酷なまでの力の差がある。


 花譜が盗人と言ったのも納得だ。


 この力は、あまりにも俺に不釣り合いなものだ。


 梓さんも梓さんだ。


 ぬぁーにが戦え、だよ。


 こんな化け物に勝てる奴がいるとしたら、あんたくらいしかいませんよ。


「何、勝手に死んでるんですか、本当に……!」


 悪態をつきながら、立ち上がる。


 既に体の損傷は修復されている。


「いいね、その目。まだ闘志が燃え尽きてないなんて、ときめくじゃあないか!」


「一辺ググってみろ。こう言うときにときめきなんて言葉は使わねえよ」


「ボクが使うって言ったら使うんだよ!」


 唯我独尊極まった言葉を吐きながら、信乃の体が肉薄する。


 顔面に迫る凶爪。


 思いっ切り首を捻り、それを避ける。


 灰化の条件は、標的を手で触れること。


それ以外ならば――


「なら、こんな趣向はどうだい?」


 腕が右に動き、俺の頭部は胴体から別たれた。


 信乃の右腕は禍々しい大剣へと変貌していた。


 どさりと胴体が倒れ、頭部も地面に転がる。


 頭だけだから、当然受身は取れない。


「体の武器化も出来るのかよ……!」


「そうだよ? 近接専門だけどね」


 遠距離も出来たら完全に打つ手がなくなってしまうので、少しホッとした。


 悠然と立っている信乃の背後に、一つの影が差す。


 その助っ人には首がなかった――つまり俺の胴体だ。


 ダメ元で指令を送ってみたが、ちゃんと動いた。


 切り離された体を操るなんて化け物じみたことは今まで出来なかったというか、やろうとすら思っていなかったが、案外上手くいくものだ。


 元からできたのか、はたまた信乃が覚醒したことで俺も引っ張られているように強くなっているのか――ともあれ、上手くいけばどうという事は無い――!


「おおー、そんなこともできるんだ。すごいけど、これじゃあボクは倒せないぜ!」


 振り向きざまになぎ払われた俺の体は、空中で灰の塊になって爆散した。


 目くらましに利用できるかと思ったが、よく考えてみたら、首の状態じゃ何もできない。


「それじゃあ、次は千草の頭でスイカ割りとしゃれ込もうかな?」


「生憎、スイカなら品切れだよ!」


 灰を呼び戻して、逆行時計で体を修復させる。


 振り降ろされる大剣。


 数秒後には、俺の体は真っ二つになる。


 キィンと、涼やかな金属音が結界内に響いた。


「へぇ……? 千草、なにそれ」


 珍しく嫌悪の混じった声音で、信乃が問う。


「はっ、自分の相棒を忘れるなんて、妖魔化のデメリットはモーロクらしいな! あんなチャチな不意打ちじゃおまえに勝てない。だから欲しかったんだよ、どんな妖魔だろうが一刀両断する、こいつがな!」


 村雨を構え、俺は不敵に笑った。


 作戦は至ってシンプル。


 不意打ちをするフリをしてわざと信乃に灰にされ、その後村雨が落ちている場所へ灰を漂わせ、纏わり付かせたところで逆行時計を発動させる。


 そうすれば、灰と共に村雨が俺の方へやってくるという寸法だ。


「考えたね……まんまと一杯食わされちゃったよ」


「お褒めに預かり恐悦至極だぜ。おまえも妖魔っつーのなら、こいつでぶっ倒せるってことだよな?」


「まあね。勝てるかどうかは別だけど!」


大剣が暴風さながらに繰り出される。


 俺はそれを、村雨で受け止めた。


 その衝撃だけで、腕が粉砕骨折を起こしそうだった。。


 くっそ、ガードしててもこれだ。


 重さを感じさせないように、信乃は次々と攻撃を繰り出していく。


「守ってばかりじゃ、勝機は逃げてくぜ千草!」


 腹に大穴を開けられて吹き飛ばされても、村雨だけは絶対に離さない。


 信乃の相棒にして、信乃を打倒しうる刀。


「そんなこと、分かってんだよこっちは!」


 傷の修復が終わっていないにも関わらず咆哮を上げて、俺は走り出す。


 ジグザクでもなく回り道でもなく、一直線に走った。


「おいおいおい、そりゃあいくら何でも愚直すぎるぜ千草――!」


 大剣の一撃で左腕が切り飛ばされる。


「愚直で結構。これでいいんだよ――!」


 俺は止まらず、村雨で真一文字に切った。


 リーチが足りなかったため、頬を僅かに掠めるだけにとどまった。


「痛い。痛いなあ、もう。ちょっと擦っただけなのに、すごく痛いよ」


 ちろりと赤い舌を血を舐め取って、嗜虐的な笑みを浮かべた。


「だからなんだ! こっちはその何十倍も痛い目にあってんだよ。主におまえのせいでな!」


「刺激的な体験だったでしょ?」


「物は言いようだだな……!」


 肉を抉られても、頭を灰にされようとも、俺は構わず信乃を村雨で切らんと躍起になって振り回した。


 被弾は気にしていない。


 どれだけ痛かろうが、どうせ逆行時計で元に戻るんだ。


 鮮血と灰がまき散らされる。


 人間だったら何回死んでいるなんて、もうカウントしてない。


「戦い方もいよいよ妖魔じみてきたね……いや、それ以上か。まったく、なんでこうなっちゃんたんだろうねぇ?」


「おまえのせいだろうが! おまえが俺をこんな体にしたんだろ!」


「ぎゃはは、なんだかいやらしーねその響き!」


 俺も一瞬そう思ってしまった。


 信乃の体には、村雨による傷が刻まれていく。


 俺の剣術は信乃のように洗練された物ではなく、滅茶苦茶で乱雑で、型も何もあったものじゃない。


 右手から左手に持ち替えることもザラで、両方壊されたら口に加えて応戦する。


 梓さんから一応剣術を教わっていたが、いざという時に使えるのは、こんな自殺紛いの戦法だけだと言うのだから、5年のブランクは凄まじく致命的なものなのだろう。


「ねえ千草!」


「なんだよ!」


「楽しいね!」


「ああそうだな……って言うはずがねえだろ! こんなマゾタイムを堪能できるのはおまえくらいだ!」


 できることなら今すぐ止めたい。


「えー、ボクと遊ぶの楽しくないの?」


「これは断じて遊びとは言わん! 遊ぶっていうのは、放課後にアニメイト言ったり一緒にゲームすることなんだよ!」


 腸を引きずり出されながら、俺は吠えた。


「千草はそう言うけどさぁ……ボクはこれが本当の姿なんだぜ。殺して犯して蹂躙する、それがボクだ。四宮信乃の本性なんだよ。人間のボクはただの仮初め、人の世に溶け込むだけの偽物なんだぜ……!」


 横薙ぎに払われた体験を村雨でなんとか受け止める。


「偽物じゃねえだろ……人を救いたいってもがいてるおまえも本物なんだよ! 片方が本物ならもう片方は偽物ってか? はっ! そんなの、四宮信乃には当てはまんねえだろうが! 自分のことなのに、そんなことも分からねえのかドアホ!」


 押し負けまいと地面を踏みしめる。


 人間の信乃と妖魔の信乃がどれだけかけ離れていようが、結局どちらも信乃だ。


 片方が、人間社会で生活するには支障がありまくりってこともまた、事実ではあるのだが。


「……言ってくれるじゃん。ボク以上にボクのことを理解しているつもりなの?」


「まあな。幼なじみナメんなよ……!」


 少なくとも、これだけは確信しているし、例え信乃本人だろうと譲るつもりはない。


「それはちょっと……傲慢かなぁ!」


 大剣が振り抜かれ、俺の体が紙細工みたいに吹き飛ばされる。


 村雨が守ってくれたのでダメージはない――と思ったら、一瞬で上空に飛び上がった信乃が振り下ろした大剣によって、俺の体は真っ二つになりながら墜落した。


 体の中身が盛大にぶちまけられ、真っ赤に染まる。


「ちょっと、お仕置きが必要かなぁ……さっきの言葉は、かなり不愉快だったぜ」


「はっ、だろうな……痛いところを突かれるとカッとなるところとか、その状態でも変わらないと」


 でも、ある意味狙い通りだ。


「言ってなよ。その口、しばらく喋れなくしてやるからさぁ――!」


 ドングリを再び刹那時計で


「二度も三度も、同じ手が通じると思っているんじゃあねえぜ!」


 迫る大木の上に飛び乗り、村雨を突き立てると、木の成長が止まった。 


「ビンゴ――!」


「ちっ……」


 続けざまにドングリを成長させるが、村雨に切られた瞬間にそれは止まる。


「妖魔に干渉されたものでもちゃんと効くみたいだな……!」


「まったく、やってくれるねえ……!」


 信乃の口元がつり上がる。


 感情の起伏が激しいというか、切り替えが早すぎる。


 とんだ快楽主義者だ。


 次々と迫る枝を切り、飛び移りながら信乃に向かって走る。


 切り損ねて肉を抉られても、知ったことかと前に進む。


 両脚が吹っ飛び転倒しても、転がったまま進む。


 目指すのは信乃ただ一人だけ。


 両手で村雨を握り、横に構える。


「いいぜ、来なよ千草――!」


 それに応えんと言わんばかりに、信乃が大剣を大上段に振り上げた。


 リーチでもスピードでも劣る俺は、あっと言う間に真っ二つだろう。


 それでも俺は歩みを止めない。


 再生した脚が再び再起不能になっても構わない。


 どうせ後で治るんだ。


 たかだか脚の百本や千本喜んで潰してやる。


 信乃の大剣に力が籠もる。


 俺はそれを確認して、すれ違い様の一文字切り――を、しようとするフリをして、思いっ切り村雨を明後日の方向へぶん投げた。


「へ?」


 素っ頓狂な声と共に、信乃の視線が空中で弧を描く村雨に向けられる。


 ほんの一瞬、信乃の意識から俺が消えた。


 その時間は瞬きをするほど短かったが、勝負を決するのには、充分な時間だった。


 俺はスピードを緩めぬまま、信乃に激突し、そのまま抱きしめた。


「な――」


 ここまで密着したことなんて、五年前にも無かったように思える。


 信乃の温もりを感じる暇も無い。


 声を枯れさせんばかりに、絶叫する。


「狂い踊れ、逆行時計――!」


 がきん、と体の中から歯車が回り出す音がした。


「おい、冗談だろ! こんなのあんまりだ! 試合放棄にも程がある!」


 俺の狙いに気付いたのか、信乃が暴れ出した。


 大剣を元の腕に戻し、鋭利な爪て俺の背中を貫き、肩に牙を突き立てる。


 ごふりと血が吐き出されるが、体を離すことはない。


 俺の意識は、逆行時計をフル稼働させることに集中していた。


 損傷した体を、損傷する前に巻き戻す。


 それが逆行時計の能力だと思っていた。


 だが、信乃の刹那時計を見て一つの疑問が生じた。


 刹那時計をただの灰化能力だと思い込んでいたように、逆行時計をただの回復装置だと思い込んでいるんじゃないか、と。


 例えば対象の時間を思い通りに巻き戻すことができれば――俺は勝てる。


 実験として木に刺されたのと同時に逆行時計を発動させても効果はなかった。


 逆行時計はあくまで自己完結の能力であり、他者に干渉することはできない。


 しかし諦めの悪い俺は一つの駆けに出た。


 他のものでは駄目でも、本来の持ち主である信乃になら干渉できる――逆行時計で人間の状態にまで巻き戻すことができるんじゃないかってな。


 結果的に、俺は駆けに勝った。


 徐々に信乃の体に刻まれた刻印が薄れ、角も引っ込んでいく。


「離してよ! 足りないんだ、まだ全然遊び足りないんだよ! まだ、ボクは――」


 刹那時計を発動させても既に手遅れだった。


 俺を灰にしても、逆行時計は止まらない。


 むしろ、早く修復しなければと躍起になってさらに効果が強くなる。


「――生憎、俺はもう疲れたんだよ。ちったあ一緒に遊ぶ相手のことも考えろ」

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