第13話 ジレンマ

 逆行時計が作動しすぐに腕はくっつくが、痛みが尋常じゃない。


「おまえ、捕まえる。捕まえて、刻む」


 捕まえるということは、天井に釣り上げていられている奴らと同じ運命を辿るという事になる。


 いや、それプラス体を刻まれるという最悪なオプション付き。


 でも逃げる事は出来ない。


 時間さえ稼げば、後は信乃が何とかしてくれる――。


「――なんだよ、それ」


 なんだってそんな逃げ腰な思考に行き着くんだ、間抜け。


 腕を切断されたことより、自分のその甘ったれた考えに腹が立った。


 すぐに逃げて人に頼るようなチキン野郎が、信乃の隣に立てるとでも思ってんのか?


「違うだろ。そうじゃ、ねえだろ……!」


 戦え。


 戦って、勝つんだ――!


「俺だってやれるんだ。テメェくらい余裕でぶっ殺してやるよ!」


 がきん、と体内で何かが切り替わる。


 それを戦闘開始の合図にして、走り出そうと地面を蹴るが、その感触を得ることは出来ない。


 感じたのは、脚を切断されたことによる痛み。


「くそっ……!」


 無様に地面を転がりながら、絶を睨む。


 奴は最初にいた場所から一つも動いていない。


 でも俺は、二度も体を刻まれている。


 立ち上がろうとすると、首が落とされた。


 慌ててキャッチし、無理矢理くっつける。


 分かっていたことだが、逆行時計を使えば使うほど人間から遠ざかっていく気がする。


「動く、無駄。動く、刻まれる」


「うっせえ! ちったあてにおはを使えってんだ。日本人の常識だぜ!」


「俺、妖魔。人間、違う」


「ああそうでしたねごめんなさいよ!」


 無駄に正論で、つい謝ってしまった。


 どっちにしたって、このトリックを理解しないと俺はまな板に転がったタマネギとそう変わらない。


 威勢のいい啖呵を切っても、何もできなければただの噛ませ犬だ。


 相手の姿を観察する。


 蜘蛛鬼とか言ってたけど、つまるところでっかい蜘蛛の化け物だ。


「あんなナリをしてるってことは、蜘蛛の特性がそのまんま武器になってるってことだよな……」 


 蜘蛛の特徴――なんて頭を捻るまでもない。


「つーか、真っ先に気付けって話だよな……動く必要がないわけだ。おまえは俺が張り巡らされた糸に突っ込ませればよかったんだからな」


 糸のトラップ。


 蜘蛛系モンスターなら定番の攻撃法を咄嗟に思いつかなかったって、どんだけパニクってんだよ俺。


 もっとも、攻撃方法が分かったところで事態は特に変わっていない。


 明かりを頼りに糸を探すのが定番だが、一番頼りになるお月様は今空に浮かんでいない。


 そりゃそうだ。


 日が沈みかけてはいるが、お月様の存在感が強くなっていくにはまだ早い。


 もっとも、夜になってもこんな場所には月光が届くか怪しいものだが……


 どっちにしても、今俺が下手に動くのはヤバいってことだ。


「……あれ、でも待てよ」


 ものが切れるタイミングは刃が触れたときではなく、刃に触れた状態で動きがあった時だ。


 つまり、ゆっくりとした動作であれば、糸の場所を知りつつもダメージをそれ程感じないまま逃げることが可能って事になる。


「おまえ、動作、変」


 ナメクジのようにゆっくり動く俺に向かって言う絶に、ニヤリと笑ってみせる。


「はっ、おまえには考えが及ばないことだよ。いいから黙って見てろってんだ」


 右腕に異物感を感じる。


 しめた、やっぱり切れな――


「緩慢、無駄」


「え?」


 ざしゅん、と右腕が吹っ飛んだ。


「が、ぎ――!」


 俺は少ししか糸に触っていない。


 いくら鋭くても、精々血が滲む程度のはずなのに、右腕が一本丸ごと綺麗に吹っ飛んだ。


「糸、振動。切れる、当然」


 絶の言葉を翻訳すると――俺の糸は振動している。だからテメェがいくらゆっくり動こうがぶった切られるのは当然にきまってるぜマヌケが――ってことか。


「糸、収束。おまえ、バラバラ」


 えーっと?――張り巡らされた糸をおまえのところへ収束させれば、おまえはたこ糸に縛られたゆで卵みたいにバラバラになるぜ――か。


 逃げようとすれば腕や足を吹っ飛ばされ、そのままでも糸を収束されて刻まれる。


 どっちにしたって結末は同じってことか――


「なんだよそのクソゲー。詰んでんじゃあねえか!」


 命我翔音を除けば、俺は武器らしい武器を持っていない。


 体一つで立ち向かうと言えば聞こえはいいが、要は丸腰である。


 言い方一つでここまでかっこ悪くなるのが日本語の深いところだ。


 しかし幸いなことに、命我翔音を叩き付けられれば勝機はある。


 問題は、どうやって奴に近づくか、だな……


 バラバラ宣言をされてから、俺は一歩も動いていない。


 ただ、絶の体に穴が空かんばかりに睨み付けた。


 それは、絶にとってあまり愉快な事でも無かったらしい。


「目、不愉快」


「それは光栄だな。マクベス方式で俺は愉快だぜ。いいは悪いで悪いはいい、って奴だ」


 にっかり笑って挑発すると、絶の瞳に冷たい殺意が宿った。


「刻む――」


 糸は目に見えなかったが、何かが俺を包むように迫ってくるのは、肌で分かった。


 そして、刻まれた。


 完膚なきまでに、為す術もないままに。


 眼球、脳、手、指、爪、大腸、胃、その他諸々。


 すべての部位が、少なくとも二回以上は切られた。


 切り口は乱れ一つ無く、一直線に切断している。


 五十はくだらないパーツに解体された俺は、地面にぶちまけられた。


「解体、終了。仲間、連れて行く」


 仲間の場所に連れて行く、ね……


「……悪いが、それはお断りだね」


 と言ったつもりだったのだが、声帯と舌が切り別れてしまったので奇妙な怪音がこぼれ落ちるだけだった。


「……?」


 意味が分からなかったのか、絶が不審な目でこちらを見る。


 悪いが言い直す時間は無い。


 ――大仕事だぜ、逆行時計。


 優先復元部位は脚、腕、頭。


 復元の完了を待たずに、脚を駆け出させる。


 他の部位が浮き上がり、その後を追った。


 地面を蹴って駐車場の柱に飛び移り、さらに跳躍。


 やっておいてなんだが、自分の行動に驚愕した。


 こんなこと、今までやったことがない。


 やった記憶がないのに、俺の体にはその動きが染みついていると言わんばかりにやってのけた。


 既に、俺を阻むものはない。


 絶に肉薄する頃には、肉体の修復は終わっていた。


「む――」


 僅かに、絶が目を見開いた。


「なんで、糸に刻まれずここに来たんだ、なんてとぼけたことは聞くんじゃあないぜ。糸は全部、テメェがついさっき一カ所に纏めてくれたんだ!」


 命我翔音を巻いた拳を握りしめて、声が枯れんばかりに吠えた。


「デイヤァァァァァ――!」


 呆然としている絶の顔面を思いっ切りぶん殴る。


 瞬間、命我翔音に記された術式が火花を放ち、凄まじいインパクトを発生させた。


 それと共に、ゴキィ、と骨が砕けた音も聞こえる。


 俺と絶両方の骨が、な。


「く、ごごっ――」


 奇妙な呻き声を上げ、口から血を流しながら、絶は墜落した。


 重々しい墜落音。


 数秒遅れて、俺も着地した。


 みしり、と脚が軋みを挙げるが、今はそんなことどうだっていい。 


「お、まえ……」


 絶の鼻は曲がり、血がだくだくと流れている。


「残念だったな。普通の人間だったら、テメェの戦法はほぼ勝ち確だったろうが――生憎、こっちの体はミョーな時計でほぼ不死身なんだ。檻は檻でも、多少無茶すりゃ逃げられる檻なんだぜ」


 俺が逆行時計を持っていることはこいつも知っていたんだろうが、ただの人間と戦っていると言う意識が抜けきれなかったみたいだ。


「スマブラのキャラ調整と一緒だぜ。技が出るタイミングが早くなっているって分かっていても、調整前のクセが抜けない。んで、結局ボコられて負けるのな」


 上方修正なのに結果的に連敗する。


 これを俗にスマブラのジレンマと言う。


 特にテストには出ない。

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