精霊のジレンマ~古の記憶と世界の理~

さんが(三可)

始まりの祠

第1話.半分人間辞めました

 目が覚めたら、異世界に居た。

 どうやら、異世界に転移したに違いない。石畳に石壁、色褪せたモノクロに見える世界。だけど、それは元の世界とは大して変わらない気もする。


 目を開けると銀髪の老人が、俺の名前を告げる。


 俺の名前は『カショウ』らしい。


 なぜ、“らしい”になるかといえば、俺の記憶が無いからだ。ぼやけた記憶はあるが、思い出そうとすると、酷く頭が痛む。


 さらに銀髪の老人は続けて告げる。


 どうやら俺は、住んでいた世界から異分子として弾かれて、この世界にやってきたようだ。


 ラノベの世界なら、ファンタジーの世界にヒャッホーと歓喜の声を上げるのだろうが、普通ならば正気を保てない。ただ記憶が曖昧なせいか、どこか他人事に聞こえてしまうのが救いといえる。異分子ということは、どこか外れた存在だったのだろうくらいに。


 そしてこの世界に転移した瞬間、俺は消滅しかけた・・・。異分子として弾かれて、流された次の世界でも存在する事すら出来なかったのか。

 なんとなくではあるが、虚無感はずっと感じていた。特別に必要というわけではない。変わりなら探せば居るだろうくらいの存在。


 遂に、必要無いと判断されたのだろうか・・・



『消滅しかけたお主を精霊が助けたのじゃ。自身を犠牲にして、お主に生きる術を授けてな!』


 不審な老人に黙って話を聞いていただけだが、思わず声が漏れてしまう。


「なぜ、助けた?」


『それは精霊にしか分からん。知りたければ精霊に聞くしかないの』


「それは、どうやって?どうしたら、聞くことが出来る?」


『この世界で生き抜く事ができれば聞けるかもしれんの』


「えらく曖昧だな。それは、分からないって事なのか?」


『まず、今のお主の状態を教えてやる』



 この世界に転移した瞬間、俺は大量の魔力を吸収し続けた。限界を超えてもさらに吸収し続け、遂には消滅した。正確には、消滅しバラバラに散ってしまった存在を、精霊が繋ぎ止めたという状態になる。

 それでも一部は消滅してしまい、体も中学生か高校生くらいにまで戻っている。その影響で、記憶がぼやけているようだ。好きな本や映画、食べ物は鮮明に覚えている。しかし、どこで産まれて育ったかなどの、自身を特定する事になると、ぼやけてしまう。


 今の俺の体は、半分が人間であり半分が精霊と融合した状態となっている。


 そして、自身の半分を犠牲にした精霊は深い眠りについた。いつ目覚めるかは分からない。悠久の時間が必要となるかもしれない。


『ここまでは、理解出来たかな?』


 確かに体つきが変わっている事は分かる。だけど、急に今日から人間ではないと言われても、思考が追い付かない。


「人間では無いってことか?」


『まだ半分は人間じゃな。手を出してみろ』


 俺は右手を老人の前に差し出すと、老人は左手で俺の手首を掴む。そして、今度は右手で俺の甲をつねる。


『痛いかな?』


 徐々に力が込められていく。


「痛いっ!」


『これが、人間である証じゃ』


『では、マジックナイフ』


 老人がボソッ呟くように呪文を唱えると、右手には、半透明ではあるがナイフが握られている。そして、徐に俺の甲を切りつける。


「何するんだっ」


 俺は咄嗟に手を引く。だが老人とは思えない力で俺の手を離さない。


『見てみるが良い』


 老人が手を離すと、俺は手の甲を確認する。ぱっくりと裂けた傷口から血が、流れ落ちては···こない。

 裂けた傷口が少しずつ閉じていく。そして、滲んでいた血の跡も消えてなくなる。


『これが人間ではない証じゃ』


 確かに痛みはあった。手品のようなまやかしではない。夢を見ているような、どこかぼやけた感覚から現実へ意識を戻される。


 意識が覚醒する。これは、夢でもお伽噺でもなく現実なのだと!


『ワシの話は信用出来たかな?』


 死んでしまったなら諦めがついたと思う。受け入れる事も簡単だったと思う。半分は人間ではなく生かされた。混乱し判断出来ない。


「人間を辞めたのか?」


『まだ大丈夫じゃよ。お主の体には凄い量の魔力が蓄積されておる。これが消滅の原因になり、精霊と融合した原因でもある。この問題を解決すれば、精霊は元の姿に戻る。お主の体も戻り、精霊も姿を現すやもしれん』


「どうすればイイ?」


『お主を拒絶した世界で、生きていく覚悟あるのかな?』


「消滅した方が楽だと思う。生きる事にこだわりや、未練は無い。ただ生かされた事に、何か意味があるのなら知りたい。知らなければ後悔する気がする」


『こんな暗い部屋でなく、この世界を見てみたらどうじゃ。意外と悪くはないかも知れんぞ』

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