第45話 悪魔の笑い

 街では悪意に狂った男の笑いが止まらなかった。


「ひはははははははははははははははは! 気分、そーかいだな!」


 王都の中心地と言える、石づくりの大きなサークル状の噴水。

 その地点を陣取り、真魔王ノヴィナーガは両手を広げて、目の前の狂宴を指揮していた。


「げははは、おい、ジジイとババアはとりあえずぶっ殺しとけ!」

「じゃあ、女は拉致るか?」

「ちっとは反逆してみろよ。腰抜け騎士共が助けに来ないかもしれねえぞ?」

「おい、食料を中心に奪っとけ。今のご時世、王都の食材は高値で捌けるぞ」

「奪え奪え! そんで嬲れ! ギヤハハハハハ!」


 街が壊れ、燃え上がる。人が傷つき血を流す。

 聞こえる音は、悲鳴と泣き叫ぶ声か、狂った者たちのイカれた笑い声。

 この街は、いや、この国はつい先程まであったはずの日常が突如壊れた。


「く、狂ってるわ……」


 全ては一人の男の手によって生み出された悪意だった。


「オイラが狂ってる? 楽しいことをしたいと思って生きるオイラの何が悪い?」


 平和よりも何よりも、快楽こそがこの男の全て。


「え~、というわけで平穏なんぞで満足するイカれた方々に宣言します。今からこの世界を我慢や理性なんて物を取っ払った真の自由な世界にしてやろうと思います」


 奪って、壊し、嬲る世界に男は恍惚していた。


「ハデにやれ! 奪って嬲って蹂躙し、テメエらの思いをぶちまけな!」


 そんな誰にも理解できないような想いと生き様に、何故か同調する者たちが、今の今まで平穏であった街になだれ込む。誰にも止めることも出来ずに、誰も止まることはない。


「やめなさい、何を考えているの! 今すぐやめさせなさい!」

「リームー」

「ふざけないで! こんなことをして何になるの!」

「ヒマ潰し」


 悪夢の音だけが街に響き渡ったのだった。


「オラァ! 王都のザコ共! ちっとは反逆しろよ」

「くはは、流石に都会なだけあって、イイ女がいやがる! 好きなだけ連れ去るぞ」

「こいつは高値で売れる! 折半だぞ!」

「ひゃほーい、逃げろ逃げろォ!」


 誰も彼もが常軌を逸した目をしていた。


「なぜ……なぜ、こんなに……」


 何故ここまで非道なことが出来るのか? マキナはただ、信じられなかった。

 その疑問に、種明かしをするような感覚でノヴィナーガは言う。


「集団でハシャグ高揚感。薬物が引き起こす興奮と錯乱と理性の崩壊。ひはははは、ファンタジーのクズ共を暴徒へ変えるのは楽勝だったぜ」

「や……薬物ッ?」

「この世界はドラッグに関しては無知のようだ。おかげで、組織を立ち上げるのに一番難点だった資金もアッサリと手に入った」

「ドラッグ? 魔法の薬か何かか?」

「まあ、人を暴徒に変えて滅茶苦茶にしちまう、魔の薬だ」

「それでは、この場に居る階段組織は……」

「オイラの顧客。オイラはこいつらに今回のテロの提案とクスリを提供しただけ。それだけで単純な脳筋バカどもは、アッサリとオイラの思った通りに動いてくれた」


 暴れている階段組織たちは、自分たちが良いように利用されていることにすら気づいていないだろう。全てはこの男のヒマ潰しのためだと。


「や、やめなさい……殺すなら……私を殺しなさい!」

「嫌だね。お前さんはこの祭りの神輿なんだ。そう簡単に死なれりゃつまらん。絶望と悲劇に染まった街で、陵辱されたお前さんを掲げて酒を飲む。それが祭りの最終形態だ」

「く……狂ってる……なぜ、そんなことを……」

「オイラは壊したいんじゃねえ。見たいんだよ。理由なんてねえ」


 何もできぬマキナを嘲笑い、ノヴィナーガは更に追い打ちをかける言葉を叫ぶ。


「ボーナスチャレーンジ! お知らせでーす! オイラがスゲエと思った武勇伝を作った奴にはご褒美として、このクスリを無料で十回分プレゼントしまーす! 壊した物の数や大きさ! 攫った女の人数やぶっ殺した野郎の数! ゾクゾクするような嬲り方をした奴は誰でも構わねえ! 資格はオイラがそれを見て聞いてウケること! さあ、素敵な成果を期待するぜ!」


 聞いていたマキナからすれば悪魔の宣言だっただろう。

 だが、それなのにその悪魔の言葉に大勢の者たちが雄叫びを上げた。

 まるで最高の気分だと言わんばかりに、彼らは嬉々として街を蹂躙していく。


「おい、魔王! ならさっそく俺が名乗りを上げるぜ!」


 男たちがまだ年端もいかぬ少年幼女たちを十名ほど拘束しながら座らせた。


「やめて!」

「お願い! 私はどうなってもいいから、子供だけには手を出さないで!」


 後ろには、両手を男たちに縛られた女たち。


「今からこのガキ共全員、親の見ている前で頭を砕いて殺してやる。そんでガキの死体の前で母親たちを蹂躙する! どうよ」


 男は、まるで子供が親に誉められるのを待っているかのような爛々と輝かせた目だ。

 捕らわれの子供たちの母親や、マキナも背筋が凍った。

 ノヴィナーガだけはニヤリと笑みを浮かべて唇を舐めた。


「ひはは、あっ、笑っちまった。なら、そいつで合格にしてやるよ。おめでとう合格者一番! さあ、さっそく見せてもらおうじゃねーの!」

「やめなさいッ、代わりに私を殺しなさい! シルファン王国の姫の命をあげるわ!」

「ダメダメ。命は平等よ?」


 涙を溢れさせながらの必死の懇願。

 繋がれた鎖をひきちぎらんとばかりに抜け出そうとするマキナの全身は、食い込んだ鎖で血が溢れている。

 誰でも良い。誰か助けてくれ。

 この悪夢を晴らしてくれと、誰もが願っていた。


「ほんじゃあ、見せてみそ」


 次の瞬間だった。


「ウインドストーム!」


 暴風が吹き荒れ、魔王にそそのかされた者たちだけを天高らかに吹き上げたのだった。

 暴風は一瞬で過ぎ去り、天はすぐに晴れた。


「あんたたち、吐くまで泣いたって許してやんない」

「あん?」


 明らかな怒気を全身から溢れさせて、その女は現れたのだった。


「随分とセクシーなお姉ちゃんじゃないの。おまけに物騒。正義の味方か何かかい?」

「ううん。私は正義の味方じゃない」

「じゃあ、なんだい?」

「あんたたちと同じで誰にも縛られることが嫌いな自由を求めるバカ女よ」

「ほーう」

「私はカミラ。私は私の思うがままに、あんたら全員ぶっとばすわ!」


 カミラがノヴィナーガの前に立ちはだかった。


「お、……お姉ちゃん!」

「やっほー、マキナ。久しぶりね。大きくなったわね~」


 カミラの登場に驚きを隠せぬマキナ。拘束された状態で混乱している。


「総員確保に当れェ!」

「一人も階段組織を逃すなァ!」


 そしてゾロゾロと集まるシルファン王国の騎士達。


「き、騎士団だ! 騎士団が来てくれたァ!」

「頼む! 助けてくれェ!」

「子供を……子供を早く!」


 絶望に染まった民たちの表情に光が宿っていく。


「げっ、騎士団じゃねえかよ!」 

「他の組織が城を襲って、混乱してんじゃねえのかよ!」

「けっ、騎士団がどうしたァ! なぎ倒してやらァ!」


 騎士団の登場に、先程までハシャイでいた階段組織も交戦態勢に入る。

 ノヴィナーガはこの光景に「やれやれ」と肩を竦めた。 


「あーあ、祭りも盛り上がりそうなときだってのに、無粋な連中だぜ」

「ノヴィナーガ。妹が世話になったわね。何か言い残すことはあるかしら?」


 好戦的な笑みを浮かべて対峙する、カミラ。

 明らかに二人の間の空気が変わった。


「カミラっていったか? オイラたちのお祭りを台無しにしてくれたじゃねえの」

「祭り? あんたらだけハシャぐ祭りに、需要なんかないわよ」

「ひははは、あるさ。いずれはソレがスタンダードな世の中になるからな」


 狂ったようにノヴィナーガは笑う。その瞳は、常軌を逸していた。


「オイラが最上階にたどり着いた暁には、イカれた奴らが踊り狂う最高のダークファンタジーの世界にしてやるからよ!」


 その笑いに、この場にいた全員に悪寒が走った。

 この場には既に大勢の騎士や魔導士たちが駆けつけているのに、彼らも震えた。

 この女を除いては……


「ちょっとちょっと、待てっての」

「あん?」

「最上階にたどり着くのはこの私よ。勝手にこの世を制した気になってんじゃないわよ」


 カミラだけは堂々とノヴィナーガの前に立った。

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