第2話 俺の娘……じゃない!

「ほわい?」


 志鋼英成は誰からも見放された不良。世間からも、教師からも、そして実の家族にもだ。

 だから、英成は家族に興味がない。

 多分、親が急に死んでも「ふーん」と思うぐらいだろう。

 英成も自分で、一生家庭を持つことはないと思っていた。

 だからこそ、不特定多数の女と体の関係を持つことに何のためらいもなかった。

 そんな自分が、どうしてこんなことになっている?


「おとーさん」


 いきなり見知らぬ幼女にそう言われた。

 白いブラウスワンピースを着て、腰まで伸ばした長い髪は英成と同じ赤みのある髪の色。

 特徴的なのはエメラルドグリーンの瞳。明らかに日本人とは違う色だ。


「これ、おかーさんからおとーさんに手紙」


 英成に子供は居ない。そもそもまだ高校生だ。

 人違いだと思うが、差し出された紙を手にとって、中に書いてある文字を読んだ。

 そこに書いてあるのは、とても汚い平仮名だった。


「っと、『えいせいしばらくそのことあそんであげてあいしてるわつまより』……はっ?」


 一度目を瞑って深呼吸し、もう一度読んでみた。


「英成、しばらくその子と遊んであげて。愛してるわ。妻より」


 平仮名だけの文章だが、恐らくこう書いてあるのだろう。


「どうやら、嫁が娘を俺に預かるように頼んでいる。そして嫁は俺を愛している」


 とりあえずそれだけがこの文面から読み取ることが出来た。


「って、できるかコラァ! なになにサギだコレは! いや、心当たりは多いけども、これはいきなりすぎるだろうが! それに、避妊はしてきたはず……だよな? いや、安全日だとかアフピルしてるからから大丈夫と言われて、それ以上確認はしなかったときもあったけども……」


 これまで不良として相当エグイことをしてきた自覚はあるし、女性関係で子供が出来そうなことは腐るほどしてきたが、こればっかりはいきなりすぎて受け入れられなかった。

 しかし周りはそうだと思わない。その証拠に、通りすがりの連中は変な目で見てくる。


「あれ『四王者』の一人、『皇帝』じゃねえ? 今日は登校するのかよ」

「四王者? 皇帝? なんなのそれ」

「知らねえの? 四王者って去年までこの街を騒がせていた四人の不良のことだよ」

「四人の不良?」

「そっ。奴はその一人の志鋼英成。名前が中華統一のアレに似ているから、皇帝だってさ」

「なにそれー、すっごいダサい!」

「バカ。あだ名はマヌケでも、あいつは相当のワルなんだから、ぶっ殺されるぞ」

「えっ、そんなに怖いの?」

「ああ。とくに、ヤツの握力はハンパじゃなくて、その握力で相手の頭をジワジワと握り締めてくのが好きっていう、変人だよ」


 登校途中のカップルなのだろうか、英成の噂話を小声でしながら盛り上がる。

 その声はちゃんと英成の耳まで届いている。しかし、今はそれどころではなかった。

 今は目の前のこの問題をどう解決するかで、頭がいっぱいだった。

 すると、英成の気持ちも知らずに、幼女は英成に尋ねる。


「ねー、おとーさん、さっきからどーしたの? 頭痛い?」

「……ああ、いてーよ」


 確かに頭が痛い。だが、いつまでも考えていても仕方がない。

 そして、英成は改めてスマホをチェック。


「俺がヤッた女関係で……ふむふむ……ここら辺はこの間も会ったし、つーかこんな年齢のガキがいるってことは……4~5歳ぐらいか?」


 幼女は4~5歳には見える。

 つまり、自分が4~5年前に関係を持った女性と言うことになるが……


「って、そのころは俺はまだ小学生から中学一年生の間あたりじゃねえか! 俺が童貞卒業したのは一昨年だし……よし、俺じゃねえ!」


 状況を整理し、動揺した心を落ち着けた英成。


「あ~よかった。人違いか知らねえが、心当たりないんでな。ワリーが置いていくぜ」


 とにかく関わらないことにした。

 英成は幼女を置き去りにして、その場から立ち去ることにした。

 だが、その瞬間、


「えっ……おとーさん?」


 幼女が呆然として言葉を呟く。

 そして急に掛け出し、英成の背中に飛びついて来た。


「おとーさん、どこ行くの!」


 幼女の涙の入り混じった声が響いた。


「ええーい、放せ! 俺はお父さんじゃねえ!」

「なんで! おとーさんは、『オルタ』のおとーさん!」

「オルタ? 外人かよ! ならば、なおのこと心当たりはねえ!」


 どうやら、幼女の名前はオルタというらしい。

 見た目から何となく予想はしていたが、純粋な日本人では無さそうだ。

 赤みのある髪の色は自分と同じだが、それだけで娘だと認めるのは無理がありすぎた。

 しかし、そんな英成を無視して、周りは勝手に誤解していく。


「信じられねー、皇帝の奴、もう子供までいんのかよ。やっぱ、ワルだぜ」。

「最近の子は、高校生で子供が居るのか? これだから若者は後先考えない……」

「しかも、自分の子供じゃないなんて言ってるけど……認知してないってこと?」


 自分は無実だと英成は叫びたかった。


「ええーい、知らねえって言ってんだろうが! そんなに言うんだったら、テメエの母親連れて来い! 今すぐこの場に連れて来やがれ!」

「……おかーさん……やることあって忙しいから、おとーさんと一緒にいろって……」

「知ったことか! また俺を、おとーさんなんて呼んだら、容赦なくゲンコツかますぞ! ひっぱたかれたくなかったら、二度と俺の前にツラ見せんな!」


 オルタの瞳にはみるみると涙が溢れていく。


「なんで……おとーさ……」


 オルタが英成をお父さんともう一度呼ぼうとした瞬間、住宅街のコンクリートブロックが、グシャッと潰れた音がした。

 それは、英成がブロックの一部を素手で掴んで引きちぎった音。

 英成は、握った拳をオルタの前に差し出し、砂と化したブロックの残骸を見せた。


「クソガキ……優しいお兄ちゃんじゃなくて悪いけど、不良を困らせんなよ。ケーサツに行け。あんまガキだからって笑えない嘘をつくんじゃねえよ」


 これぐらいキツク言わないと、いつまでも時間を取られるだけだ。

 英成は、まったく心を痛めず、周りの目も気にせずにオルタに言う。

 しかし、オルタはそれでも英成に言う。


「おとーさん……オルタ……嫌いになった? オルタ……もう、ワガママ言わないよ」

「おい、だから俺はお前の……」

「だっこの数減らす……ちゃんということきく……だから……らがら……」


 ヤバイと英成は思った。

 さきほどまでギリギリで保っていた、オルタの涙腺ダムが決壊した。


「おどーさん! おど―さん! うわあああああああん」

「だから俺はお父さんじゃないってーの!」

「うわああああん、ごめんなさい、オルタちゃんとするから、オルタのこと捨てないで!」


 正直泣きたいのは英成のほうだった。ここまで泣かれると、殴る気も失せる。

 ならば置いていこう。どれだけ泣き叫ばれようと、自分には関係ないのだ。


「……とにかく、知らん!」

「おどーさん! おどーさん! うわあああああああん」

「おい、通行人! 誰でもいいから警察呼べぇ! 警察連れていけ! 迷子の迷子の外国人! 俺が連れてったら幼女連れ回しで逮捕される!」


 オルタの泣き声を無視し、英成は両耳を塞いで、目が合った通行人たち全員に向けて叫んで走る。


 途中後ろを振り返ると、幼女は通行人たちに囲まれてあやされているようなので、これなら大丈夫、後は誰かがどうにかしてくれるだろうと確認したうえで、そのまま英成は立ち去った。


 とはいえ、ケンカでは一度も逃げたことのない英成にとって、何だか逃げたような気分だった。

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