転生して聖女になったけど惨たらしい拷問しまくったら魔女扱いされた件について

恵満

第1話 首絞め器と阿呆

 首に強い圧迫感を覚えた。脳への酸素供給が絶たれ、一気に意識が飛ぶ。苦痛は極めて短い時間で終わり、気付けば宙に浮いている。

 眼下には首絞め器ガロットに座ってグッタリとしている女の姿があった。作業着姿のまま失禁しているそいつが自分自身であることを理解するまで、それなりに時間を要する。周囲にはノコギリや金槌といった大工道具に、叩いて曲げた金属の板と釘が散らばっていた。


(そうか、私は死んだ……)


 自覚した瞬間、みるみるうちに身体が天に昇っていく。

 天井を擦り抜けて外へ出ると高度はみるみるうちに増していった。

 死後の世界なんて信じていない。人間は死ねば冷たい肉になる。生きているなら温かい肉だ。


(いやぁ、まさか卒業制作で作った道具を試して死ぬなんて。ま、アホな教授連中が事故死の責任とってくれるならザマァってトコかな)


 変な笑いが漏れた頃には雲の海に達していた。

 このままさらに昇ればどうなるのだろう?

 もしかしてガガーリンと同じ景色を見れるのかな?

 死んだというのに胸の内は満たされている。

 拷問具で死ねるなんて最高じゃないか。


(できれば自分の作品を他人に試してみたかったけど、40年近く前に国際条約で拷問は禁止にされちゃったからなぁ。つまらない、世界ってホントつまらない)


 残念がっていると微小重力から魂が抜け出す。宇宙に出たというのに星ひとつ見えない。真っ暗闇だった。

 生前、ろくなことをしてこなかったから地獄に堕ちたのかもしれない。

 それならそれでいいか。

 人間なんて頭蓋骨の中で妄想を広げ、眼球の外の世界と整合できずに擦り切れていくだけの存在に過ぎない。虚無なんだ、人生なんて。

 誰かの言い出した死後の世界ってやつが本当にあっただけでも、いいとしよう。

 そんな思考回路すら消え行くとやがて辺りが光に包まれる。

 無くなった筈の瞼を開けると黒髪の美少女が心配そうにこちらを覗き込んでいた。


「大丈夫ですか、マレンさま」


 なんて綺麗な声なんだろう。もし断末魔の悲鳴をあげてくれるなら、もっと美しいに違いない。

 そう思って黒髪の少女の頬に手を伸ばす。温かくて柔らかい感触が指に伝ってきた。


「え?」


 間抜けな声をあげて起き上がる。

 どうやらベッドに寝かされていたらしい。先程の壮大なビジョンは、ただの夢だったのだろうか。

 それならば「地球は青かった。だが神はいなかった」と報告せねばなるまい。

 まばたきしてから周囲を見回す。質素な木作りの小屋……まるで中世を舞台にしたゲームの宿屋のような場所だ。

 薄暗くて電気がない。歪で太い蝋燭に火が灯っている。


(臭い蝋燭…… 獣の脂?)


 高校生の頃、拷問具制作の一環として豚の脂を使って蝋燭を作ったことがある。そのときと似た臭いが充満していた。


「あの…… マレン様?」


 小柄な美少女が不安げに黒い瞳を向けてくる。

 服装からして修道女のようだった。

 マレンという全く聞き覚えのない名前で呼ばれ、あらためて自分を見下ろす。美少女と同じ修道服を着ていた。

 続けて、ぺたぺたと自分の顔に触る。

 細い顎に高い鼻、それと滑らかな肌……どれも覚えはない。

 髪の毛を掴んで視界に入れると蜂蜜のような黄金色だった。

 続けて手のひらも確認する。他人のものだ。

 大工道具を使い過ぎて豆だらけになった筈なのに、それらが全く見当たらない。


(まさか)


 落ち着こう。

 そう言い聞かせてベッドから降りて、立ち上がる。

 視界が低くなっていた。女性なのに180センチ近い身長がコンプレックスで、常に猫背気味の姿勢をとっていたが、今は背筋が伸びている。

 耳と鼻の感触からメガネをかけていないことが分かった。けれど視界はぼやけていない。


「……あなたは? それとここはどこ? どうしてこの場所に?」

「え? まさかお忘れですか? やはり具合がよろしくないのでは……」

「そうです。ちょっと混乱しています」

「わたしはマレン様のお付きのミリィ。ここはディーシト寺院の近くの宿屋です。礼拝を終えた直後、マレン様が意識を失ってしまわれましたので村の方に協力していただき、ここまで運んでもらいました。お医者様に診てもらいましたが疲れているのだと」


 ミリィと名乗った少女は不安げに両手を合わせている。

 祈りのポーズだろうか。


「窓の外を見てもいい?」

「か、構いませんけど……」


 会話の内容から自分の方が立場は上だと分かる。

 一応の許可をとってから壁まで歩み寄り、木の戸を開けた。

 外は夜で真っ暗。近くに他の灯りは見えない。

 空を見上げると血のように紅い月が大中小とみっつ浮かんでいた。

 遠くからは狼のものと思しき遠吠えが聞こえる。


(ここは…… いや? まさか?)


 ガラスではない窓。

 電気のない部屋。

 みっつの月。

 何よりも、自分のものではない身体。


(少なくともここは地球じゃない。私は、違う世界で生き返った?)


 混乱が絶頂に達し、しかし、全く違うベクトルの感情が湧き上がってくる。

 もしかしたら人間は温かい肉か、冷たい肉か、そのどちらでもないかもしれない。


「ミリィ、私たちはなんのためにここに?」

「……東部戦線の慰問のために旅をしています」

「そう。わかった。でもまだ混乱しているの。詳しく教えて」

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