第4話 ベタなイベント

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「ベタな襲撃イベントかよッ!?」

「アル様! 乱心してないで助けないとッ!」


 アル達の目の前には、明らかに訓練された動きの両者が戦っている。

 賊の中には“フリ”をしている者も多く、集団戦において一家言ある何らかの武力組織に属する者の匂い。魔道士……というには薄いが、賊側には身体強化の魔法を使う者までいる。


 恐らく守護者側は要人警護や治安維持のための非魔道士の騎士や兵士。一般人相手の職種。魔法を使う者に相対するには心許ない。


 しかも『目立たないように擬装してます!』と言わんばかりの馬車。


 あぁ……イベントっぽい……と、アルがなんとも言えない気分になるには充分なシチュエーション。


 だが、既に双方に死傷者も出ている状況。アルも解っている。惚けてもいられないと。


「コリン! お前は前に出るな! 揉め事の匂いがする! 賊たちを遠距離から適当に仕留めて場を脱する! 戻って馬車の準備をしてくれ!」

「ハッ!」


 コリンには疑問がある。

 直接戦う気もあった。

 しかし、上役の命令は絶対。特に戦場では。個人の疑問が作戦全体を殺す。まさに辺境の貴族家。

 アルは自分も割とファルコナーに染まっているという自覚はない。


 既に両者ともにアル達の存在に気付いている。守護者側は困惑があるが、賊側は目撃者を逃がすようなことはしない。駆け出すコリンに周り込んでくる。


「……ふッ!」


 剣閃が走り、血飛沫と共に駆け寄ってきた賊が斃れる。まさに一撃必殺。

 更に追い討ちをかけようとした賊はギョッとして急停止。そのまま引き返してコリンから距離をとる。


 馬丁見習いとは言えコリンとて辺境の者。

 遠い親類に貴族に連なる者が居たのか、薄い身体強化の魔法程度は使える。そして、剣筋は守護者達よりも更に鋭い。魔物と相対するには心許ないが、技の未熟な目の前の賊……それも非魔道士では相手になるはずもない。

 気炎を吐いている賊側のエセ魔道士よりは、コリンの方が使い手として遥かに上を行く。


「(悪いがグダグダとしたやり取りはなしだ。コレで一気に終わらせる)」


 アルは既に十数発分の『銃弾』を発動待機している。

 この『銃弾』とマナを纏う身体強化であれば、アルはもはや息をするのと同じように操れる。ファルコナー家の面々に言わせると、まだまだ甘いらしいが。


 発動。


 いちいち魔法の名を叫んだりはしない。

 静かに、音もなく、木々の合間を縫って『銃弾』が射出される。


「ガッ!?」

「ぐふッ!!」

「ゴッ!?」

「ぎゃぁッ!!」


 人体が弾ける。日常生活ではまず有り得ない現象。


 アルは『戦闘の継続ができなくなればいい』という程度の荒い狙いだったが、腕や足に当たった者は悲惨の一言。

 何せ、自身の体がいきなり弾け飛ぶ様を目撃することに。そして遅れてくる激痛と喪失の衝撃。命が溢れていくという現実。


 またある者は、目の前にいた者の頭部が一瞬で弾け、中身が撒き散らされるのを目撃した。戦場でもなかなか間近ではお目に掛かれぬ光景。


 理解が追いつかない。賊側も守護者側も。


 初手の一斉射で大勢は決まった。戦場が止まる。アルはその結果を最後まで見届けることなく、踵を返してコリンを追う。


 賊はまだ残っているが、下手な魔法を使うエセ魔道士たちは既に物言わぬ躯。

 アルが優先的に仕留めた結果だが……僅かに残る無傷な賊達も、戦闘を継続する意思はもうない。阿鼻叫喚の絵図。だが、辺境の者に言わせると、この程度では地獄というには生温い。


 ……

 …………

 ………………


「……報告致します。……ビルとマイラーの二人がやられました。他の者は軽傷。動きに多少の支障は出ますが概ね問題ありません。打ち漏らした賊もいますが……追撃はしていません」

「そうですか……追撃の必要はありません。急ぎ出立の準備を。……それから、二人を連れて行くことは出来ません。簡易な埋葬をここで……」

「な、なりませんッ! 二人の遺体は馬車に乗せなさい! ……私の為に散った勇士を……こ、このような場所に捨て置くなど以ての外です!」


 バンと馬車の扉が開く。

 動き易い簡易な平服にローブという旅装。しかし、滲み出る貴人の佇まい。守護者達の主。


「シ、シルメス様……しかし、この馬車は目立たぬように大きさがありません。二人を乗せるとシルメス様が……」

「……だから何だと? 私は貴女の馬に相乗りするか、何なら歩けば良いだけです。……任務で散った者を……打ち捨てて行くなど……今回は確かに出し抜かれましたが……撃退した以上、まだ幾らかの余裕があるはずです!」


 キッと音がする程に睨む。まったく怖さはないが、シルメスと呼ばれた少女の本気は伝わる。

 困惑する守護者の長。しかし、彼女も少女の気質を理解したのか、それ以上は逆らわずに言われたままに差配する。

 亡くなった二人の部下を丁寧にマントで包み、馬車の中へ。

 親しかっただろう者の啜り泣く音も聞こえる。


「(何たる様だ……部下を二人も喪うとは……ビル、マイラー、済まない。許してくれとは言わないが……遺された家族には必ず報いる……)」


 彼女の名はアイリーン。貴族に連なる者ではなく、一般騎士として任命を受けた者。あくまで平民。


 貴族に連なる者は戦う者。相手は魔物。

 魔法は、ヒト族の社会においての日常的ないざこざには余りにも過剰な力であり、都市の治安維持などは非魔道士が執り行なうのが通例となっている。

 魔道士以外の戦う者が一般騎士、一般兵士と呼ばれ、魔法を使う騎士……魔道騎士や魔道兵士と区別されている。要人の警護などについての多くは魔道騎士が選ばれることとなる。

 ちなみに辺境にはそのような区別はない。僅かでも魔法を使えることが兵士の前提となるからだ。


 今回は囮や目眩ましを経て、密命を受けたアイリーンの部隊が、貴人であるシルメスを守護していた。その作戦は漏れていた結果がこの有様だが……


「……シルメス様。先程の魔法……御心当たりは?」

「……いいえ。分かりません。マナの流動は感じましたが、発動の後は全く感知出来ませんでした。賊の遺体を多少検分しましたが……かなりの高威力です。対人用の魔法でないことは確かでしょう。しかし不思議なのが、威力に対してマナの痕跡はそれ程の量ではありませんでした。……広く知られた魔法ではないという事しか今は判りません。……真に戦う者。恐らくは辺境の者でしょう」


 育ちは特殊ながら、シルメスも貴族。魔法を扱う者。その力は戦闘以外に特化しており、戦うことは不得手としているが、遺体の検分くらいは問題にしない。ただ、アルの魔法により『壊れた遺体』には、少し顔色が悪くなっていたが。


 今回のアイリーン達の任務は、シルメスと呼ばれた貴人をある開拓村へ連れて行くこと。

 護衛である者達にもシルメスの詳しい素性は知らされていない。しかし、回復魔法の優れた使い手であり、彼女もまた貴族の矜持を持つ者であると、短い旅路の中でアイリーンも理解していた。


「一体何者なのでしょう? 古貴族の狸どもの手の者でないことは確かでしょうが……」

「……いまは考えても詮無き事です。『揉め事の匂いがする』と言っていたので、彼らも巻き込まれることを良しとしなかったのでしょう。その上で我々を助けてくれました。……別の機会にまみえるとこがあれば、必ず私の名にかけて恩を返します。アイリーン達の分も含めて。なので、いまはこれ以上考えるのは止しましょう」


 シルメスは助太刀の……アル達のことを考えるのは止める。

 彼女には使命がある。その使命を果たすまでは他のことに気を取られるわけにはいかない。

 既に自分のために散った勇士たちがいる。今回の二人だけではない。数多くのだ。彼らの働きに応えるためにも、一部の古貴族家たちの思い通りにさせてなるのものか。


 シルメスの瞳に意志の炎が灯る。『立ち止まるわけにはいかない』と。



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「アル様。あくまで戦闘時の判断については従いますが……本当に宜しかったんですか? 賊はまだ残っていましたけど……」

「修羅の国……ファルコナー領と同列に考えるなよコリン。いきなり目の前で手足や頭が吹き飛んで、平静で居られる奴は少ないよ。それに彼らの多くは非魔道士だし、雇われも多かったみたいだ。死兵となってまで戦う者はそうはいないさ」


 あの後、あくまでザッとだが、自分たちの痕跡を消しながら即座に離脱したアル達は、既に街道を行く者。


 アルやコリンにとっては戦闘とも呼べないモノを振り返っている。


「そういうものですかね? それにしても、あの馬車は確かに違和感がありましたし、アル様の言われた厄介事というのは的中してそうでしたけど……」

「だろう? 辺境と違って、中央に近い平和な地域はヒト族同士が争うと言うしな。あ、そう言えば、ヒトを殺すのはアレが初めてだったかも」


 どうでもいいような口調で人殺しを論ずる。既にアルはこの世界の、それも辺境地域の倫理で生きている。本人は前世の世界にも片足を置いているつもりだが、そんな筈もない。正しくこの世界の住民だ。


「そう言えば……俺もそうですね。コレまではヒト族同士で殺し合うなんてありませんでしたから……」

「まぁ敵は敵だ。ヒト族だからと油断して良いわけでもないさ。……あれ? 今回は僕たちの敵じゃなかったか……?」

「ははは。嫌だなぁアル様。不埒な賊は民の敵ですよ?」

「まぁそれもそうか!」


 もはやアルも紛う事なき修羅の国の者。本人は頑なに否定するが……誰にも理解はされないだろう。『お前も同じだ』と言われるのがオチ。


「(それにしても……あからさまなイベントの匂いがしたよな。お忍びの貴族が襲われるって……テンプレ過ぎだろ? どうせ中には美少女が乗ってたんだろ? まぁ本当に偶然襲われてるにしても、アレだけやれば切り抜けられただろうし……でもアレが正規ストーリーに影響したとしたら……はぁ……考えても仕方ないけどさ……)」


 アルは考える。本当に自分の行動は正しかったのかと。どうせ答えがないのは知っているが、考えずにはいられない。


「はは。またアル様の考えるクセですか?」

「……うるさいな。考えてるんだから静かにしといてくれよ」

「もう少し肩の力を抜いたらいいのに……」


 アルは知らない。覚えていない。

 確かに先ほどの襲撃はゲームストーリーの、イベントの一幕。しかし、それは決して『救出イベント』などではなかったことを。


 悲劇の聖女シルメス。


 元々は子爵家の第四子であり、極々平凡な貴族に連なる者だった。

 しかしある日、女神エリノーラの啓示を受け、彼女は『神聖術』に目覚める。急激なマナ量の増大に加え、回復魔法とはまた違う形態であり、教会が秘匿する『神聖術』と呼ばれる治癒術の行使。

 即座に教会は女神の御使いと認定し、彼女は教会で育つ。

 その後、聖女としてマクブライン王国へ戻り、彼女は古貴族家と新興貴族家の争いに巻き込まれた。


 本来のストーリーでは、流行り病が蔓延したという開拓村への治療に向かう道中で、賊の襲撃に遭い、聖女シルメスは死亡している。つまり、モノローグで語られる過去イベント。


 流行り病の蔓延した開拓村も全滅し、偶然にも視察に訪れていたとある古貴族家の当主もそのまま病で没する。


 そのとある古貴族家当主は、また別の古貴族家と対立する立場にあり、謀殺されたのだという憶測を呼ぶ。

 煽りを受けて徐々に古貴族家の中でバランスが崩れていき、諸々を経て、最終的には新興貴族家を巻き込んだ暗闘へと発展していく……というのが一つのイベントシナリオとなっていた。


 当然のことながら、アルはそのようなイベントの細かい背景エピソードまでは覚えていない。


 本編のストーリーが始まるも何も、既にアルはそのストーリー自体にガッツリと干渉していた。



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