(二)鹿ヶ谷の陰謀

翌一一六八年、清盛が病に倒れ一時は危篤きとくにまで陥った。

これを好機と後白河上皇は六条天皇をわずか五歳で退位させ、寵愛する建春門院所生の六宮・憲仁のりひと(高倉天皇)に皇位を継承させた。

病から回復した清盛はこれまでの悪行を償うとして出家し、福原に造営した別荘・

雪見御所に住まいを移す。かねてからの念願だった厳島神社の整備に取り組むとともに、大輪田とまりを修築すると、ここを拠点として日宋貿易の拡大にも力を注いだ。

翌年、後白河上皇も出家して法皇となる。


  ・・・・・ 四宮、恐るべし。またしても表舞台に返り咲きおったわい。

  更には清盛の娘・徳子(建礼門院)を中宮ちゅうぐうに迎えさせてな、暫くは四宮と清盛

  の蜜月な関係が続いた。

  しかし一一七六年、建春門院が亡くなってしもうた。これは平家にとって大きな

  痛手であった。後白河の寵姫ちょうきとして法皇と高倉天皇を結び、清盛の義妹として

  朝廷と平家とを結ぶかすがいとも言える存在じゃったでな。これを失ったことで清盛

  は、次第に後白河法皇と対立を深めるようになるのじゃ。


この頃、院の側近・藤原成親の知行地・尾張の目代(代官)が、延暦寺領の日吉神社の神人じにんいさかいを起こした。叡山は成親と目代の処罰を要求するが、後白河は一旦は寵臣の成親を庇う。しかし叡山は強訴ごうそに及び、やむなく成親は解官げかんされることとなった。

続いて院の寵臣・西光(藤原師光もろみつ)の息子・師高が加賀白山の寺を火にかけるという事件が起きる。これにも叡山は強訴ごうそし、師高の流罪るざいを求めた。しかし西光は後白河に讒訴ざんそして、逆に天台座主の明雲みょううんを伊豆に配流とさせた。

この時、源頼政の兵が護衛して京を出発したのだが、あろうことか途中で明雲を衆徒に奪回されるという失態を演じてしまう。


  ・・・・・ 当時の加賀白山は寺社勢力が蔓延はびこっておったのでな、加賀守と

  なった師高が国領に建てられた寺を焼き払ったのだ。

  しかし平家はこの揉め事に対して、積極的に朝廷に協力しようとはせなんだ。

  清盛が出家した時、実は明雲を導師として頼んでおったのじゃよ。頼政殿が

  あっけなく明雲を奪われたのも、おそらくは筋書きの通りだったのではなか

  ろうか。

  朝廷にとって叡山と清盛が手を組むのは好ましいことではないわな。四宮は

  さぞかし頭を痛めたことじゃろうて。


治承元年(一一七七)、鹿ヶ谷ししがたににある俊寛しゅんかんの山荘に、後白河院の側近である藤原

成親や西光らが集まり平家打倒の謀議が開かれた。討手うってには摂津源氏・頼光の流れ

を汲む多田行綱に白羽の矢が立てられた。

しかし行綱が清盛に密告したことで、謀は露見することとなる。中心人物であった

西光は処刑され、俊寛らは鬼界ヶ島きかいがしまへ流罪に処せられた。陰謀に加担した藤原成親

は備前国に流罪となり、配流先で殺されてしまう。


  ・・・・・ この陰謀の裏には四宮の影が見え隠れしておった。叡山と平家を

  戦わせ、両者が疲弊ひへいしたところに源氏の生き残りをぶつける。どちらが勝とうが

  武士の力を削ぐことができるという企みであったろう。しかし所詮は絵に描いた

  餅に過ぎぬでな、行綱はあわてて清盛の元へ駆け込んだのじゃ。

  この山荘は俊寛のものと言われておるが、持ち主は法勝寺ほっしょうじ執行の静賢じょうけん法印で

  あった。静賢とは今は亡き信西の息子でな、前の執行であった俊寛が静賢に山荘

  を提供させたことのようだ。盟友の子まで巻き込まれてはな、清盛の怒りは頂点

  に達したのであろうよ。

  後に大赦たいしゃが行われた時、俊寛は一人だけゆるされず島に残されたと伝えられてお

  る。しかし実のところは既に島で死亡しておったらしい。清盛は俊寛一人に罪を

  被せる形にして幕引きを図った、ということのようじゃ。


  成親は後白河の寵臣であったが、妹を清盛の嫡子・重盛に、娘を重盛の嫡子・

  維盛に嫁がせておってな、平家にとっても文字通り身内の中の身内であった。

  この頃、左近衛大将・藤原師長が昇進し、空いた席を巡って成親ら三人の公家

  がしのぎを削っていたそうじゃ。成親としては当然のこと清盛の支持を期待して

  いたのだろう。ところが左大将に決まったのは清盛の嫡男・重盛でな、更には

  その弟・宗盛までもが右大将に任じられたのだ。成親には清盛に裏切られたとの

  思いが強かったのではなかろうか。

  清盛は建春門院に続いて、朝廷との仲立ちを失うこととなってしもうた。

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