無能だとクビになったメイドですが、今は王宮で筆頭メイドをしています

内海

第1話

「旦那様、お食事の用意が出来ました」


 私は夕食の準備が出来た事を旦那様に伝えるため、扉をノックして報告する。

 扉を開けると旦那様はお怒りになるので、ここで返事が返ってくるまで何度でも繰り返し扉をノックする。


「旦那様、お食事の用意が出来ました」


 でも返事はない。

 四度目のノックでようやく返事が返ってきたけど、扉を開けなくてもお怒りのようだった。


「やかましい! 一度言えば聞こえている! 何度も同じことを繰り返すな!!」


 それと同時に扉に何かがぶつかる音がした。

 きっと重い灰皿を投げつけたんだわ。

 何度も同じことをされるけど、何度されてもビックリする。


 ようやく食堂で席に座る旦那様だけど、この食堂で食事をするのは旦那様一人だけ。

 ご両親はすでに他界し、えんに恵まれなかった旦那様は四十を超えても独り身だ。


「なんだこのみすぼらしい食事は! 俺は貴族だぞ! まるで下民ではないか!」


「申し訳ございません! しかし今はこれが精いっぱいなのです」


 みすぼらしい食事を用意したのは私だけど、何とか五品とワインを用意するのが精いっぱいだった。

 五品も皿一杯ではなく、中央や隅に小さくまとめて見た目だけは良くしたけど、やっぱり旦那様にはご満足いただけなかったみたい。


「ふん!」


 そう言ってワイングラスを手に取られたので、私はワインを注いだ。

 このお屋敷に執事はもういない、旦那様お一人と、メイドの私の二人だけ。


 大旦那おおだんな様がご健在の時はまだよかった。

 男爵なんて片田舎を統治するだけの領地しかないけど、それでも街には活気があり、年に数度のお祭りも賑やかだった。


 今の旦那様に代わり、ものの数年で二十人近くいた使用人は居なくなり、経済は低迷し、お祭りは旦那様の手を離れて町長や村長が行っている。

 もう少しでもいいから領地に目を向けて欲しいけど……ダメダメ、旦那様にも色々と悩みがお有りなのだから、私が愚痴を言っても仕方がないわね。


 食事が終わり食器を片付けると、次は別のワインとおつまみを……あら? 今日はお部屋に戻られるのかしら。


「旦那様? 今日はお部屋に戻られるのですか?」


「お前の冴えない顔を見ていると気が沈む。今日はもう寝る!」


 え? え? 私の顔がさえないのは良いけど、お酒を飲んでいる間にする予定だったお部屋の準備がまだ出来ていないわ!

 旦那様に少しだけ待っていただけるように言うけど、私の言う事なんて聞いちゃくれない。


「何だこの部屋は! 灰皿は散らかっているし、寝床の準備すら出来ていないではないか!!」


「も、申し訳ございません! ただいま準備を致しますので!」


「ええいもういい! 酒の用意をしろ!」


 そう言って食堂へと戻られた。

 いつもと違う事をされると私一人しかいないので手が回らない。

 でも私がもっとしっかりしていたら、旦那様に余計な気苦労をかける事も無いかもしれない。


 もっと頑張ろう。


 翌朝、朝日が昇る前の空が青い時間になり、私はベッドから降りて身支度をする。

 小さな桶の水で顔を洗い、鏡の前に座る。

 少し濃いめの茶髪でショートカット、ソバカスとニキビが増えてきたな……お手入れをしたいけど、石鹸しかない。


「あ、少し前髪が目にかかってきたわね、切っておこう」


 化粧台からハサミを取り出して、自分で前髪を切りそろえる。

 後ろ髪は……合わせ鏡で見たけどだま大丈夫かな? 

 冴えない顔……よね。


 痩せすぎてほほがこけてるし、目の下にクマもあるわ。

 たれ目なのもいけないのかしら?

 がんばれ十六歳! やっと就けた貴族のメイド、この家は私が維持するのよ!


「お前の様な役立たずはクビだ! さっさと出て行け! その醜い顔を二度と見せるな!」


 旦那様にそう言われたのは昼食後の事だった。

 食器を片付けて午後の書類整理をし、住民の要望をまとめ、改善案を書いた物を旦那様に確認していただいた時だ。


「し、しかしこれは必要な事ですし、税率の決定は旦那様にしか――」


「そんな事は言われなくても最適な答えを出すものだ! お前の様な役立たずは必要ない! 今すぐに出て行け!!」


 インク入れを投げつけられ、顔がインクまみれになる。

 頭を下げて、旦那様の部屋を小走りで出て行く。


 ああ、やっぱり私はダメなんだ。

 六年もいて、旦那様のお役に立てないまま終わってしまった。

 部屋で顔を洗ったけど、ああ、少しインクが残ってるわね。

 二、三日はこのままね。


 荷物をまとめ、私服に着替えて旦那様に最後のご挨拶に伺う。

 だけど旦那様はこちらを見る事すらなく、私は静かに屋敷を後にした。


 玄関を出て屋敷を振り返る。

 貴族としては大きなお屋敷じゃないけど、確か歴史のあるお屋敷のはず。

 私だけじゃ補修のしようがなかったから、白くて綺麗だった壁はあちこちがめくれ、黒ずんでいる。


 門を抜けて最後にお屋敷に頭を下げると、私は街へと向かった。


「おやシルビアじゃないか、どうしたんだいこんな時間に」


「こんにちわ女将さん。その、クビに、なっちゃって」


 恰幅かっぷくの良い女性はこの街で唯一の宿屋・キツツキ亭の女将さんだ。

 旦那さんと数名の従業員が働く宿屋さん。


「ええ!? あのバカ男爵、あんたを捨てちまったのかい」


「ええ、だから仕事を探そうと思ってるの」


「なんだいなんだい! 水臭いじゃないか、そんな時はアタイに相談しなよ!」


「そうね、ごめんなさい。どこかに働き口はないかしら」


 すると女将さんは親指で背後を指さした。

 女将さんの後ろ? 後ろにはキツツキ亭があるけど?


「丁度今ね、従業員の一人が出産のために抜けてるんだ。ウチで働かないかい?」

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