第32話 いろいろと聞かせてもらおうか
ロンゾの遺物となった樽の中身は、三、四歳ほどの幼児だった。
ただし、その外見は汎人種の子どもとは大きく異なっていた。
本来、子どもの手があるはずの部分。
そこに生えていたのは、白い鳥の翼だ。
さらに下半身も羽毛に包まれており、立派な鉤爪まである。
「こいつは
その上、普通と異なる点はまだあった。
子どもの首には、窮屈そうな鉄の輪が無慈悲にもはめられていたのだ。
無理やり服従を強いるその仕打ちに、ナツリが押し殺した声を漏らす。
「…………酷い」
「そんな! ドレェイは駄目です!」
樽を覗き込んだタルニコも、仰天した声を上げる。
その言葉通り、他種族を奴隷として扱うのは、この世界の禁忌であった。
このラビュリントと呼ばれる世界には神々と、その神々に創造された多くの種族が存在する。
基本的に神々は自らの種族に恩恵や加護を授けその繁栄を助けるが、過度な介入は行わない。
なので、種族間での戦争や略奪などは基本的に見過ごされている。
ただ、一つだけ固く禁じられた行為があった。
それは他の種族の所有だ。
創造した神を差し置いて他者の生殺与奪を握るのは、神の領域に踏み込む行為となるからという理由らしい。
その辺りはザッグも伝聞らしくあやふやだが、神様がそう言ったのではなく人間側がそう捉えているとのことだ。
もっとも、その禁忌が生まれたわけには、ちゃんと経緯がある。
大昔の話であるが、エルフという種族が多くの種族相手に戦争を始めたことがあった。
結果はエルフ側の敗北で終わったが、その際に捕虜という名目でエルフの女性が大勢捕まり、ハーフエルフの子が大量に誕生する悲劇が起こる。
それに対しエルフたちの生みの親である森の神アールヴは、怒りのあまり己の役目を放棄した。
その後、三百年近く森のほとんどが枯れ果てたままとなり、多くの種族が困窮する羽目となったと聞いた。
そんなこともあって、現在はどの国家も表立って他種族の奴隷の保有は認めていない。
……はずであった。
「どうりで、俺たちに仕事が回ってくるわけだ」
出発前に俺が訝しく思ったのは、なぜ護衛に俺たちを選んだかという点だ。
門衛を旅の護衛につける場合と俺たちを雇った場合では、かかる金額はさほど変わらない。
レイリーの推薦があったとはいえ、信用の面からすれば素性のはっきりしている門衛のほうが遥かに安心できるはずである。
だが、そうしなかったのは、ロンゾには門衛と一緒に行動したくない理由があったからだ。
公的な立場の門衛に、奴隷の密輸の存在が少しでも感づかれてしまえば、そこで全部終わりだからな。
関所の門でも唇を噛んでいた行商人の姿を思い返し、俺は小さく息を吐いた。
「そうか、あの時点で、もう目星がつけられていたのか」
「なんのことですか? 隊長」
「いや、気にするな。こっちの話だ」
「そうですか。それで、この子どうしましょう?」
「そうだな、さっさと楽にしてやるか」
ナツリの問い掛けに答えながら、俺は樽の底に手を伸ばした。
なんらかの薬でも嗅がされているのか、ハーピーの子どもはすやすやと眠ったままである。
柔らかそうな胴体に手を回し、そっと持ち上げる。
そして手首から取り出したナイフを、その首元に突きつけた。
「えっ!」
頑丈な鉄の首輪が一瞬で解かれて地面に落ちる様に、ゴブリンの少女は驚きの声を上げた。
そんなナツリに、俺はハーピーの子どもを差し出す。
「こういうのは慣れてないんでな。頼めるか」
「は、はい!」
俺の言葉に、ナツリはギュッとこぶしを握りしめた。
わずかな葛藤の後、少女はゆっくりと手を開き、子どもをしっかりと受け止める。
そして今にも泣き出しそうな顔で、ひしと掻き抱いた。
「さて、そうそうゆっくりもしていられないな」
木箱の蓋を外しっぱなしにしていたせいか、雄の地虫たちはすっかりやる気をなくしたようだ。
小さく身を揺すりながら、地面に少しずつ潜っている。
もうしばらくすれば、地中に隠れてしまうだろう。
「今のうちに離れるとするか。お前らは、まだ使えそうな荷物を集めてくれ」
「はい、隊長!」
ゴブリンたちに馬車の荷物を頼み、ついでに生き残った馬に積めるだけ積めるよう指示しておく。
ここに置き去りにしても、無駄になるだけだからな。
それと地虫の一番大きな突起を、忘れずに切り落としておくことも命じておいた。
「アニィキ、おいらは何をしますか?」
「ああ、お前にはいつものやつを頼むか」
二十分後、準備を終えた俺たちは、二手に分かれることにした。
タルニコとゴブリン五人は、荷物をくくりつけた馬とハーピーの子どもを護衛しつつ、峡谷の道を先行させる。
そして一人残った俺は、物陰に身を潜めた。
さらに十分後。
馬に乗って現れたのは、腰から剣をぶら下げた三人の男であった。
先ほど坂道の途中で、例の木箱を渡してきた連中だ。
辺りを見回しながら近付いてきた男たちは、馬車の残骸に気付いたのか声を上げる。
「見て下さい。馬車がありましたよ」
「今回も派手にやられてま――、あれは!?」
「待て。とまれ!」
馬車の手前に横たわる地虫の死骸に気付いたのか、男たちは驚きの表情を浮かべ馬を止めようとする。
が、もう遅い。
踏み込んだ蹄の下が唐突に崩れ、先行していた二頭の馬は反射的に上半身を持ち上げる。
結果、落とし穴に落ちることは回避できたが、乗せていた男たちは無様に落馬した。
魔物の死骸の陰から飛び出した俺は、一瞬で距離を詰め一人の首元に針のようなナイフを差し込む。
全身の繋がりを解かれた男は、瞬時に力が抜け地面に倒れ伏した。
続いて二人目。
男が立ち上がりながら剣の柄に手をかけたところを、上から押さえて抜けなくする。
もう片方の手で脊髄に黒い刃を突き刺し、同じく行動不能にしておく。
と、やるな。
三人目の男が無言で突き出してきた剣尖を、俺は頭を下げてやり過ごす。
髪の毛が数本もっていかれたが、気にせず相手の間合いに踏み込む。
馬上から慣れた動きで、再び斬りつけてくる男。
対してこちらが手にするのは、細身のナイフのみ。
圧倒的なリーチの差と、位置的な優劣が存在しているが、俺の狙いは元から届かない男の体じゃない。
わざわざ差し出してくれたその剣だ。
剣の軌道を正確に見定めた俺は、黒い閃きで狙った一点を貫く。
バラバラに解ける己の刃を、馬上の男は驚愕の表情で見つめた。
次の瞬間、太腿を解かれた男は、為すすべもなく馬から滑り落ちる。
もがく男の肩を踏みつけた俺は、両腕も動かせないように順次解いていく。
そして自由を完全に失った男に、ようやく声をかけた。
「さて、いろいろと聞かせてもらおうか、
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