第18話 おいおい、マジか!



 俺とタルニコは棘亀の頭を乗っけた荷車を慎重に通りへと運び出し、そのまま市庁舎を目指した。

 午前中の大広場は、あいも変わらず人だらけだった。

 強引に人混みを押しのけるように進みながら、建物の前まで何とか運び終える。


 流石に市庁舎の中に荷車を入れるわけにも行かないので、代わりにタルニコを使いに出す。

 タルニコに見張りさせて、俺がレイリーを呼びに行っても良かったんだが、色々経験させておきたいってのがあった。

 まあ簡単なお使いから始めていって、将来的には俺の代わりに仕事を探してきてくれるのが理想だ。

 

 と、コボルトはすぐに戻ってきた。

 後ろに見覚えのある髭面の男を引き連れている。


「やあ、トルースさん。どうしてここに?」

「魔物の死体を取り戻したんだってな。本当に驚いたよ」


 荷車を見て感嘆の声を上げた森林監督官は、俺に向き直ると深々と頭を下げた。


「手間をかけて、本当にすまなかった」


 あらましを聞いてみると、今朝確認したら小屋の後ろにおいてあった亀の首がなくなっており、慌てて市庁舎に討伐の目撃証言に来てくれたらしい。

 森と街を行き来する運行馬車も、まだ動いてない時間だ。

 わざわざ歩いて、ここまで来てくれたのだろう。

 この人は本当に良い人かもしれないな。


「気にしないでくれ。昨夜、酒場でいろいろ話し過ぎたのはこちらの落ち度だ」

「いやいや、あれだけの魔物を倒したんだ。盛り上がるのは仕方のないことだよ」


 門衛たちに運ばせるために、わざと情報を流したとは言い出しにくい流れだ。


「そうそう。近いうちに本体の方も何とかするんで安心してくれ」

「ああ、あっちの方はしっかり見張っておく。それじゃあ仕事が山積みなんで、先に失礼するよ。本当に首が無事でよかったよ」


 手を振ったトルースは、慌ただしそうに雑踏へ消えていった。

 魔物が退治されて、滞っていた仕事が一気に押し寄せてきてるんだろうな。

 なんだか余計な手間をとらせたようで、申し訳なかった。


「お話もすんだようなので、ちょっと環境保全課までお越し願えますか?」 


 後ろから様子を見ていたのか、市庁舎職員のレイリーが相変わらずの細い目付きで現れた。

 小さく頷くと、背後に控えていた職員らに荷車の見張りを指示する。

 俺はタルニコを引き連れて、市庁舎の二階へ足を運んだ。


「まずは討伐有難うございます。これは討伐賞金の一万五千ゴルドです。どうぞ、ご確認下さい」


 手渡された小さな革袋の中身を手のひらに広げると、銀貨がちょうど十五枚入っていた。

 差し出された羽ペンを受け取った俺は、受領書にサインをしたためる。


「それと窃盗犯逮捕のご協力も感謝いたします。こちらをどうぞ」

「これは?」

「報奨金です。受け取って下さい」


 差し出されたのは、三枚の銀貨だった。


「ありがたくいただくよ」

「それと罪人たちの財産は市に没収されますが、もしかしたら一部が分与されるかもしれません」

「ほう、それは楽しみだな」

「手始めに、あの荷車はお好きに使って下さい。それとまた近いうちにお時間頂けますか? ご依頼したいことがあるんですよ」

「それなら白鹿亭って宿屋に泊まっているから、言付けておいてくれ」


 現状ではとてもありがたい話だが、がっつく素振りを見せるわけにはいかない。

 足元を見られるのは、もう勘弁だ。

 特にこいつを相手にする時は、用心しすぎって言葉じゃ足りないしな。


「了解しました。それでは、準備ができたようなので行きましょうか」

「うん? どこへだ」

「もちろん、勇者の紹介ですよ」


 市庁舎の外へ出てみると、急いで用意したらしい大きな台座が設置済みであった。

 その上には、棘亀の首がデンと置かれている。

 しかもご丁寧に並んだ牙や口の中が大きく見えるように、上顎のとこに木のつっかえ棒までされていた。

 集まった見物客がざわつく様を見回したレイリーは、いきなり大声を張り上げる。


「お集まりの皆様。これが我が愛すべきドーリンの財産である南の森に、我が物顔で居座っていた大亀の魔物でございます」


 レイリーの呼び掛けに、通りすがりの市民が足を止めわらわらと集まってくる。

 たちまち亀の周りには、大勢の野次馬が群がった。


「もっとも、その魔物の暴虐非道も昨日で終わりを告げました。見て下さい、この哀れな魔物の姿を! 首だけになった今、こやつはもう我々に噛みつくような真似は二度とできません。恐ろしい魔物の脅威は、すでに取り除かれたのです。我々がこのおぞましい獣に、怯えうつむき目をそらしていた日々は、もう過去となりました。そう! 我々の手の中に、安心して森を散策し、炭を焼き、獣を仕留めその肉を味わう権利が再び戻ってきたのです。我らが都市ドーリンに栄光の日々あれ!」


 路上の叩き売りのようなテンポの良い台詞回しを、レイリーは立て板に水をかけるようにすらすらとまくし立てる。

 広場を埋める大衆は、その演説に帽子を振り回し続きを促す。


「さて、このような凶悪な魔物に立ち向かい見事にその暴威を退けたお二方を、今日は皆様に紹介させて頂きたいと思います」


 おいおい、マジか!

 亀と一緒に、俺たちも晒し者になれってか。


「恐れを知らず魔物退治を成し遂げたザッグさんとタルニコさんです。皆様、彼らの勇猛果敢な魂とその偉業を称える盛大な拍手を!!」


 さっと身を翻したレイリーが、俺とタルニコを群衆の前に差し出した。

 周囲を取り囲む人々から、大きなどよめきが波のように巻き起こり、それは賞賛の声と大雨のような拍手となって俺に振り注がれる。

 ただし脚光を浴びる犬人族コボルトの姿に、驚いたり嫌悪感を示す連中も多少は交じっていたが。

 気になってチラリと横を見ると、タルニコは舌を出して尻尾を軽やかに振っていた。


 図太いのか、気付いていないのか。

 その態度に少し気が楽になった俺は、感嘆の眼差しを向けてくる市民たちにさり気なく手を振っておいた。

 むろん、 ヤバい目付きをしないように気をつけながらだ。

 この先を考えると、ここで顔を売っておくのも悪くはないはずだ。 


 だがやはり、どうにも落ち着かない。

 ザッグも俺も、これまで注目されない生き方しかしてこなかったしな。

 俺はこっそり空を見上げて、そっと溜息を漏らした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る