第16話 配達、ご苦労さん
「さて、いろいろ聞かせてもらうとするか」
一分足らずで終わってしまったが、あらかじめ個人情報は確認済みなのでこんなものだ。
ザッグの勘も、特に強い奴はいないと告げていたしな。
荷車の上の荷物に近付いて、被せてあったボロ布をめくり上げてみる。
そこにあったのは、予想通りロープで縛られ固定された棘亀の頭部であった。
「ここまでの配達、ご苦労さん」
そう言いながら俺は地面に転がる男の背中にタルニコを座らせて、首に回してあったロープをもたせる。
そのまま引っ張らせると、気管が絞まって息が出来なくなった男は慌てて顔を上げた。
覗き込んでみると、汗をびっしり浮かべた顔には諦めと恐怖が入り混じった感情が見て取れる。
「他人の懐に手を突っ込む真似をしたら、どうなるか教えてやろうか?」
俺のありきたりな恫喝に、男は苦しそうに首を横に振った。
そのまま放置してやると、ロープで首が絞まり顔がどんどんピンク色に染まっていく。
なんとか逃れようとするが、足を縛られ両腕も力が入らないせいで、ジタバタと胴体が弾む程度である。
窒息する寸前にタルニコにロープを緩めさせると、ヒューヒューと息を吸い込みながら、男は喉奥から声を絞り出した。
「わ、悪かった。頭は返す。だから――」
男が言い終わる前に、タルニコに頷いてもう一度ロープを引っ張らせる。
たちまち喉が締め上げられた男は、くぐもった悲鳴を漏らした。
限界近くまで待って、またもロープを緩めさせる。
男は汚くよだれを垂らしながら、肺の中へ必死に酸素を取り込んだ。
その様子を無言で見つめてやると、男は激しくえずきながら怯えきった目を向けてきた。
「返事は首を縦か横に振れ。それ以外の場合は――」
最後まで言い切る前に、男は目を見開いて何度も頷いてくる。
これでようやく、会話ができるな。
「この件に関わってるのは、お前らだけか?」
男の首が縦に動く。
「そうか。この件で誰かから、情報をもらったりしたか?」
男の首が、おずおずと横に振られた。
もしかしたら環境保全課のレイリーから指図があったかもと思ったんだが、怯え方からみて無関係のようだ。
邪魔が入らない場所で、もっとじっくり手間をかけて話をすれば確証は取れると思うが、正規市民様を相手にやり過ぎると後が面倒そうだしな。
しかしながら、こいつらの行動はあの凶悪な棘亀の事情について的確に把握し過ぎている。
レイリーの筋からじゃないとしたら、察しが良すぎるレベルだ。
「もしかして、お前らも南の森に魔物を探しに行った口か?」
俺の質問の意図を察したのか、男の首が慌てて縦に振られる。
なるほど、あの棘亀に一度でも関わっていたなら、棘を持ち帰ってきた意味もすぐに分かるか。
俺たちが魔物の死体に運良く出くわした連中とでも、思い込んだってとこだな。
「棘亀は死んでたんじゃないぞ。俺たちが殺ったんだ」
男の目を見据えながら事実を告げると、大きく両目を見開いてみせた。
うん、今の状況なら、俺の言葉の意味を正しく理解してくれるだろう。
それじゃあ欲に目がくらんだ間抜けな門番に、最後の一仕事をしてもらうか。
男の足を縛っていたロープをほどき、肩に刺さったままのナイフを片方だけ抜いて左腕の感触を戻してやる。
そして首に繋がったロープをタルニコにもたせたまま、男に荷車を引くよう命じる。
「怠けたり変な動きをしたら、それ引っ張っていいぞ」
「ハウ!」
縄付きの男を先頭に、俺とタルニコは荷車に付き添って街へ向かった。
安い酒と白粉の匂いに満ちた外街を通り抜け、ドーリンの正門が見えた辺りでいったん荷車を止めさせる。
「良いか、しくじったらお前の右腕は一生そのままだ。で、うっかり助けを呼ぼうとしたら、左腕も一生動かなくなるぞ」
陳腐な脅しだが、効果は十分であったようだ。
小刻みに頭を縦に振る男の首から縄を外し、門の横にある小窓の前に立たせる。
男が鎧戸を乱暴に叩くと左右に開き、中から門衛が顔を出した。
「お帰りなさい、副隊長。それなんすか? 血の臭いが凄いっすよ。死体とかじゃないでしょうね?」
「いいから、さっさと門を開けろ!」
「はいはい。俺は何も見てませんって」
閂を外す音がして、大きな木の扉が軋みながら左右に開かれる。
開いた門から荷車を引いて入ろうとしたが、門扉の灯りに照らされた俺たちが、連れていった連中とは違うと気付いたらしい。
門番をしていた男が、不審そうな声で尋ねてきた。
「あれ、皆と一緒じゃないんですね。あいつらはどうしたんです?」
黙りこくった副隊長のうなじに、俺は気付かれない位置から冷たいナイフの先端を軽く押し当てた。
「――くっ! あ、あいつらは外街で遊んでる。これは代わりに雇った人足だ」
「あ、そうなんすか。いいなぁ。ところで副隊長、顔色悪いすけど大丈夫っすか?」
「だから俺は先に帰って寝るんだよ。隊長には上手く言っとけ」
「分かりました。お大事にっす」
会話がつつがなく終わったようなので、俺とタルニコは軽く頭を下げて門を通り過ぎる。
そのまま大通りを進み、人気のない路地に入ったところで、俺は男の肩からナイフを抜いてやった。
ホッと安堵する副隊長。
その首元を強打して、すかさず意識を奪い取る。
後は男の頭に革袋をかぶせ手足を縛り、亀の頭と一緒にボロ布の下に押し込んでおく。
「さて、これをどこに持って行こうか」
「ヒロォバに置いときます?」
「それは騒ぎになりそうだし止めておこう。誰かにまた盗まれるかもしれんし、宿に持って帰るか」
もう真夜中はとっくに過ぎていた。
酒場も店じまい間近なのか、出入りする客の姿はほとんどない。
俺とタルニコは、宿の裏にある馬屋に荷車を押していったのだが、血の臭いに気付いた馬たちが目を覚まし騒ぎ始めてしまう。
「これは不味いな。見つかったら宿屋から追い出されるぞ」
そう言いながら俺は、右腕を捻り袖から黒い刃を取り出した。
そして首元に迫った剣尖の前に、紙一重で滑り込ませる。
いつの間にか俺の背後に立ち、抜身の剣を突きつけていたのは酒場のマスターだった。
片刃の剣を構えたその姿は、彫像のように定まっている。
わずかに振り向いて視線を合わせた俺に、マスターは身じろぎせず淡々と尋ねてきた。
「お話をきかせてもらえますかな」
「その掛かってる布を取ってくれ。そのほうが話が早い」
小さく頷いたマスターは、流れるような動作で剣を鞘に収める。
次の瞬間、荷台に巻かれていたロープが鮮やかに切断され、覆っていたボロ布が地面に落ちた。
「わぉ、おミゴォトです」
その妙技にタルニコが目を丸くして声を上げ、緊迫した空気が一気に緩んだ。
「これは棘亀の頭と……」
「それを盗もうとした不届き者さ」
「そうですか。ここで死人が出るのは勘弁して頂きたい。この男はこちらで引き取らせてもらいます」
「そいつの仲間が隠れ家に一人と、麦畑に三人転がしてある」
「分かりました。警吏を呼んできますので、その間に井戸の方へ移動を。馬が怯えます」
その後は、マスターがだいたい話をつけてくれたようだ。
元から評判が良くなかった一味らしく、収監はスムーズに行なわれたと後日教えてもらった。
それから男たちがどうなったかは、特に興味もなかったので聞きそびれた。
まあ正規市民なら精々、鉱山の労役あたりが妥当だろうな。
何にせよ、魔物の頭は無事守れたので、俺は十分満足だった。
諸々が終わり、宿の部屋に辿り着いた時は、もう明け方近くになっていた。
体はまだまだ平気なのだが、俺の頭は色々とありすぎてすっかり限界であった。
何も考えることができず、そのまま寝床に倒れ込む。
一つだけ覚えているのは、そのベットがなぜか妙に柔らかかったことだけだった。
「ザッグ、そこくすぐったい。……あんっ!」
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