第9話 珈琲豆を届けに

 待っていてもメダルドは帰って来なかった。

 彼の姿がなかったからペッシとスコルピヨーネは騙されたか、とセリーヌを疑ったが、継ぎ接ぎロランの隠れ家として設備が整っている。

 見知らぬ人間に死霊が見えない触手を伸ばして、ペッシとスコルピヨーネは触れられて気色が悪かった。

「何だこいつら」

「死霊のストックだよ。父さんはここに来てないからもう長いことほっとかれてる」

「薄気味悪いな」

 人間の部品のストックも所狭しと並んでいる。一日いただけで精神が病みそうだ。

「それでもメダルドが頑張ってキレイにしたんだよ。父さんに命じられて来た時にはもっとグロイ有様だったから」

「お前は手伝わなかったのか?」

 ペッシの言葉が鋭い。

「あたしは外回りで…、情報収集とかしてたから…」

 強い者にはしどろもどろになる。

 思った通り珈琲豆は無くなっていたから持参した豆を補充する。

「自分で買いに行ったのかな?」

「あたしが買って戻って来るの知ってるのに?」

「それもそうだ」

「たまには地上が見たくなるんじゃないか、こんなクソッたれな場所なんだからな」

 スコルピヨーネが薬品棚を物色すると使える物ばかりある。

「薬品も補充したのか?」

「父さんの指示で…、いつでもここが使えるようにね」

 大きな瓶に畳まれているのは人の皮膚だろうか。これらの人々の部分はまだ使えるのだろうか、想像しようとして本能が待ったを掛ける。我に返って背筋に震えが走った。

「メダルドはそんなに悪かったのか?」

 ペッシが訊いた。

「分かんない。一緒に地上に出たのも数回だし、近頃はずっとここに閉じ籠って…死霊と対話してる感じもあった。珈琲以外欲しがらなかったし」

 肉体を維持し活動する為には栄養補給が必要なのは人間と同じだ。

「死霊と?…お前も話せるか?」

「あたしはやだ。気味悪いよ」

 喉元まで出かかった毒舌をペッシは呑み込んだ。

「囁き掛けてるようではあるが、俺には分からん。ペッシ分かるか?」

「魔法の分野が違うんだろう、俺にもさっぱりだ」

 奥で発見した宝石箱をスコルピヨーネはテーブルに置いた。

「奥にまだある」

 宝石箱には目映いばかりの宝石が詰め込まれていた。

「わあぁ…」

 女らしい関心を示してセリーヌは大粒の宝石が嵌まった指輪に触れた。

「全部本物だ。魔晶石の詰まった箱もあったぞ」

「この箱だけでも億万長者なのにな」

 足元を見られて買いたたかれたとしても生涯左団扇で暮らせたろう。

「勿体無い。俺達が有効に使うさ」

 じろりとスコルピヨーネはセリーヌを睨んだ。

「言わないよ」

 慌てて指環を外して二人を窺がった。

「言われたところでロランもゴメスには従うしかない。ゴメス次第だ」

 ペッシは宝石箱を閉じた。

「寝台は使われた様子がないな。ソファーで寝てたのか?」

「あたしらは眠くなんないから必要ないんだよ」

「そうだったな」

 しばらく沈黙が続いた。

「珈琲淹れようか?いい豆なんだよ。珈琲しか口にしないから、なるだけ店員さんが薦めるいい豆買ってたんだ」

 思い遣りではない、メダルドの機嫌を取る為だ。他の食料は手付かずで腐っていった。

「もらおうか。メダルドの行先に心当たりはないか?」

 長くしまわれっ放しだった珈琲茶碗のセットを取出す。

「分かると思うけど、あたしは父さんやメダルドから指示を受けて動くだけなんだよ。親しく考えを打明けられたりしなかった。だから分かんない」

 分かり切った答えだったから失望もない。

 真の沈黙が彼らの上に落ちた。

 鍛えられ訓練された二人の男は自然と待つ態勢に入り、セリーヌはその雰囲気と沈黙に耐えるしかなかった。


 芋虫にしては大きく不気味な姿にトゥーサンは魔法灯を逸らした。それをダンテは掴んで繁々と眺め鞄にしまった。

「後でおやつにやるよ」

 信じられない言葉だったがキュイアは翼をばたつかせ喜んでいるようだった。

 捜査官として働くトゥーサンは、モップが辿った道程を記憶する術を得ていたから目的地に迷いはない。だからと魔法灯の光を絞ったのではない。周囲の不愉快なモノをハッキリと目にしたくないからだ。

 得体は知れなかったがダンテは頼もしい味方である。

 彼が放った昆虫の名をトゥーサンは知らない。虫には詳しくないし身近にいる虫ではなかった。おそらくダンテによって美しい翅を与えられた羽虫達は、淡く光って周囲を飛んで危険を教えてくれたから、光量を下げても支障はなかった。

 左手の岩から何かが跳んで来た。虫が飛び込んで不揃いに並んだ尖った歯が一瞬垣間見えた。それは地に落ちてもんどりうっているようだったが無視して進む。

「行き止まり…」

 これで何度目だろうか、セリーヌの使った道に合流したいのに辿り着くのが難しい。彼女が地下に降りた場所を丁寧に探したが、仲間だけが使える魔法の路を繋げているのだろう、どうしても捜し出せなかった。目的地は直ぐそこなのに近場を彷徨っている。

「正規の入口から入ったら堂々巡りさせられるようになってるな」

 ダンテが告げた。新しい魔法ではないがまだ機能している。

「同じ場所を歩いた様子はなかったぞ」

 近付いては壁に阻まれていた。

 掌に魔法陣を浮かべダンテが壁に投げると道が開けた。トゥーサン脳内の道が繋がる。

「ホントお前呼んで良かったよ。感謝するダンテ」

 心から告げると宝石の瞳が七色に輝いた。喜んでいるらしい。

「ぞ、造作もない。足元気を付けろ」

 注意しながら自分が転んでいる。定番の反応だ。


 ペッシとスコルピヨーネが同時に動いてセリーヌがビクッとする。

「何?」

「誰か近付いている」

「メダルドじゃないの?」

「二人いる」

 ペッシが答えた。

「魔物も一匹」

 とスコルピヨーネ。

「え、ここは天然の迷路になってるって聞いたけど…」

「それは間違いない。その迷路から正しい道を探せる能力のある奴が近付いてるって訳だ」

 彼らにイヴェットの拉致は報せられていない。

「破れるかスコルピヨーネ?」

「トロザの守りは半端じゃない。禁呪を破って転送は無理だ」

「逃げるの⁉」

「隠れ家なんぞバレたら即逃げ放棄が鉄則だ」

 宝石を持てるだけ持つ。魔晶石は一つ残らずだ。

「来た道以外に道はあるか?」

「教えられた道以外は使わなかったよ。きつく言われてたもん」

 それは本当だが、メダルドと一緒に非常事態の場合の逃げ道は探したから、道はあったが教える気はない。

「来たぞ」

 スコルピヨーネが告げた。


 壁に貼られた古い呪符が今にも剥がれ落ちそうにひらひらしている。

「どうする?ここが入口なのは間違いない」

「呪符を剥がせば扉が現れるか?」

 指が上を示した。

「《槍》が振ってくる。大したもんじゃない。防げるが中には入れない。そしてこれが大事」

 最後の台詞を強調する。

「中にイヴェットの気配はない。つまりいない」

「なんてこった!」

 口の中でもごもごと罵倒語を発した。娘に聞かせない為に身に付いた癖だ。

「中に人が居るか判るのか?」

「魔力で解るだけだから、通常の人間は分からない。凄く訓練されたのが二人、恐らく人工人間が一人……死霊が何体もいる」

「中の奴を捕まえればイヴェットの居場所は分かると思うか?」

「どうかな?他の隠れ家を教えられてたら、の話。下手に手を出したら交信されるかもな」

「おま…」

「言っとくけどこの地下で交信を妨害するのは無理だからな」

「……」

 荒事をトゥーサンが一手に引き受けるにしても瞬時に勝敗を決せはしない。

 と、微かな地響きを感じた。

「見張りを置いて一旦地上に出ようトゥーサン。奴らが出入口にしている場所は分かってる。そこにも見張りを置いて様子をみるんだ。奴らから要求が来るかもしれない」

「モルガーヌと交換か…」

「交換する必要はない。だが夜になったら俺は別の用事がある。それは絶対だ」

「……了解した」

 苦渋の決断だった。

 微かな地響きは近付いて来ていた。


 確かに魔法で隠された入口の前に正体不明の連中はいた。三人は身構えて待ったが攻撃魔法や扉の解呪の魔法が展開される気配はなく時間が経った。

 微かな地響きを感じた。

「地震…誰かが術に失敗したか?」

「近付いて来てないか?」

 確かにそれは近付いていた。

 重量の重い物が移動するような、震動は鈍重な動物の走り方を思わせた。

「召喚術?」

 セリーヌが呟いた。

「ないな」

 ならば術の展開が感じられるはずだし、一瞬で現れるのが召喚術だ。

「スコルピヨーネ、どうだ?」

「対戦せず逃げる用意をした方がいい。かなり強大な力を持った魔物が近付いてるぞ。それに…」

 スコルピヨーネに遅れてペッシも通信を受取る。セリーヌはお父さんから報せがある。

 川中島の隠れ家が急襲されていた。

「二ヶ所同時か!」

「侮ってたな、外の連中はタイミングを計っていたんだ」

「どうしたらいいの?」

 心細げにセリーヌが訊いた。

「自分で血路を開け」

 もう死んでいるセリーヌには何の価値もなく守る気などさらさらない。

 その内にも震動は大きくなりその為室内の全ての物が軽く弾み始めていた。時折大きな振動も混じる。鍛えられた二人が足を開いて重心を低くしても静止していられなくなる。


 外でも当然ながらこの震動は感じられた。

「トゥーサンの所為だからな!トゥーサンが蛇どんにあんなこと言うからだ」

 この震動は蛇どんなのか、確かに蛇どんの気配だが蛇どんなだけに蛇だったはずだ。幾ら巨大になっても四つ足動物のようには走らない。

「蛇どんは神霊物質が核になって出来た魔物だから本来特定の形を持ってないんだ。その場に応じて最適な形をとるんだよ」

「だからって何で?」

「大方御馳走がたくさんあって食べ切れずに、俺にストック作ってくれって持って来てるんだろう。持ち運びには腕が必要だから」

 ストックの中身を知りたくなかった。見せられるのもごめんだ。

 直線でトゥーサン達に近付いているのだろう壁を突き破る大きな振動が混じる。

「この震動を中の連中はどう捉えてると思う?」

「魔力の大きさからして蛇どんの力の大きさは連中にも解るとは思うから、逃げられれば逃げるだろうな。けど大きな移動はないからこちらの様子を窺ってるんじゃないか?」

 逃げ道を用意していないとは考えていない。

 か細いが少女の声をトゥーサンの耳は捉えた。

「父さ~ん、父さ~ん、助けて~」

「イヴェット!」

 震動と破壊音に紛れて助けを求める声を確かに聴いた。

 大きな震動は彼らも弾ませダンテがトゥーサンを掴んで中空に浮いた。震動から逃れられてホッとする。周囲の生物が一斉に逃げ散っていくのが感じられた。意外に近くに危険なモノがいた感覚がある。

「ダンテ、声が…」

 ドグワッ、と一際大きな破壊音と振動があり蛇どんの魔法もあって大きな道が開けた。ダンテが淡く光る蝶々で道を照らす。

〔ダ~ン~テ~、ダ~ンテダンテ、ストック作ってくれ〕

 美声が唄うように上機嫌だ。

「ほらやっぱり」

 明るい声に消されかけながら、

「父~さ~ん、母~さ~ん、助けて~」

 の声も聞こえた。

 同じ年頃の少女のようだったがイヴェットではない。彼女なら母に助けは求めない。にしてもこんな場所に少女がいるのは問題だった。

 現れたのは何やら訳も分からず可愛らしいが非常に巨大な生物で、つぶらな目は丸く頭も丸く耳も丸く、ついでに胴も横に丸いたくさんの丸で出来たようなモフモフだ。黒い大きな鼻が顔の中央に居座っているのが印象的である。

 丸い後ろ脚で二本足立になると、腹からぴょこんと少女が顔を出していた。人の手に変化した指が、少女を腹の袋から抓み出す。

「ああ、人が居る。人間ですよね?ですよねぇ。お願い人間だと言って、助けに来たと言って~」

〔ダンテ手当てしてやれ。吾はこの傷は癒せぬ〕

 無駄にいい声は間違いなく蛇どんのものだ。少女は左脚のふくらはぎの肉が抉れているのが痛々しく、足が深緑色に変色している。

「どうしてここに?」

「友達と…冒険してたら攫われて…」

 走り寄って抱き取ろうとトゥーサンは逞しい両腕を伸ばしたが、ヒョイとさらに高く持ち上げられてしまう。

「嫌~ぁ」

「どういうつもりだ?」

「浄化しない内に触ったら穢れに感染する。浄化するから下がっててくれトゥーサン」

「ああ、そうだな、すまん」

 足と同じ深緑色の炎が左脚を包んだ。少女は「ひえっ」と悲鳴を上げたが熱くはなく、不思議な炎を見詰めた。痛みが引いていく。

「有難う蛇どん感謝する。どう礼をすればいい?」

〔…人間はな、早く手当てせねば命も危うい、吾が食事を中断してまでこうして急いで連れて来てやっても大抵礼の一つもせん。酷い時には攻撃して来るのだ。それをお前はちゃんと礼をするのだな〕

「少女を助けてくれたんだ、娘でなくても礼を言うのは当たり前だろう」

 ただしトゥーサンにはその人間達の気持ちもよく解かった。

 深緑色の炎は消えたが、ふくらはぎが抉れているのはそのままだ。

 少女はトゥーサンに抱き取られた。

「この傷は時間を掛けて治す外ないな。魔法外科外来をきちんと受診すれば元に戻る」

「ありがとう」

「名前は?」

「ダリア・フェルナンですぅ。臭ぁ~い」

 安心すると服もボロボロで得体の知れない気持ち悪いモノで汚れていて、堪えられない程臭いことが自覚された。

 ダンテはもう一枚バンダナを取出してダリアに渡した。

「早くここから脱出しましょう。家に連れて帰ってくれたら父がお礼をすると思います」

「それは待ってくれこちらにも事情があるんだ」

〔ダンテ、珍味のストック作ってくれ〕

 腹の袋からドロドロした物を蛇じゃない蛇どんは大量に溢す。

「これと一緒に入れられて凄く気持ち悪かった」

 色は悪いが小さな球体をダンテは無数に作って腹の袋に戻してやる。

「危険だからここに入っていてくれ。心配ない俺達は警官だ」

 袋に戻るのは嫌だったが仕方ないダリアは従った。球体はポヨポヨプヨンと少女を囲み居心地は悪くなくなっている。

〔この姿の時はモアラと呼べ〕

「可愛いがその珍妙な生物はなんだ?」

〔浅学な汝(な)には分かるまい。これは他の大陸の腹に袋を持つ動物だ。娘を連れて走るにはこれが良いと思うたのよ〕

「ああ、いい判断だ。他の姿を取る時もあるんだろうな?」

 探りを入れる。

〔女の時白い肌はエリーザベト、黒い肌はネルメルイヴ、東方佳人の時は瀬織と名乗っている〕

「そうか、広い世界を旅したんだな」

〔うむ、東方大城壁が出来たのも吾には最近の話だ〕

 千年前に東の皇帝が建てた長い城壁のことだ。これによって東の帝国に行くには大回りするしかなくなった。人間にとっては全然最近の話ではない。きっと丸っこい生物も直に目で見た事があるのだろう。

「悠長に話してる暇があったかな?」

 ダンテが現実に戻す。

〔この壁の向こうにも美味そうなのがある〕

 コックェリコ

 場にそぐわない鳴き声が上がった。嘴枷が外れている。

「雄鶏…?こんな所に?」

 袋から外を覗いてダリアが呟いた。

「こうなったら仕方ない。キュイア中の連中に不和の種を蒔け、いいな」

 ダンテが命じると雄鶏は歓びの雄叫びを上げた。

 トゥーサンはトンファーを錬成し頷いた。それを受けてダンテが左手を振ると隠された扉が失われる。

 急にペッシとスコルピヨーネとセリーヌは相手の間近にいるのが耐えられなくなった。これまでも好きではなかったが、不快感は互いに堪えられない程に高まり、相手の悪所を誰彼構わず訴えずにいられない気分に駆られた。人目も構わず距離を取る。

「この揃って高慢ちきな厭味ったらしい奴ら!」

 出し抜けにセリーヌが罵倒する。

(不和の種!)

 スコルピヨーネは見たくもないペッシの顔を嫌々ながら正視した。唾を吐きたくなることに奴も同じ意見だ。ペッシの奴は忌々し気に自分を見ている。自分だって貴様の面を見たくもないのに無理矢理見ているのだ。そんな風に考える自分を危ないと本能が警告していた。

 目の前の敵より隣の味方が憎い。

 盛大に二人を罵倒するセリーヌを八つ裂きにしてやりたかった。

「逃げるぞこの点数稼ぎ野郎!」

 スコルピヨーネは叫んだ。

「言われんでも逃げるわ、低能!」

 そこまでだった。連携して闘うのはどうしても出来ない相談だった。

「これで手を組めないな」

 不和の種が植えつけられたら親子、兄弟、仲間といえど憎しみが抑えられなくなるのだ。

 さらにセリーヌは見知ったトゥーサンの姿を認めると、大声で仲間の悪行を言いつけ始めた。

「こいつら聖ルカスのスパイなんだよ。父さんを聖ルカスに連れてく為に来たんだから。ヘナロ・アルファ―ロにたくさん人を殺させてアルトワ・ルカスを混乱させようとしてたのよ」

 素早く動くとペッシはセリーヌの背を蹴ってトゥーサンにぶつけようとしたが、トゥーサンが軽く躱して突いたのでセリーヌは近くにいた雄鶏、キュイアにぶつかった。

〔無礼者!〕

 雄鶏キックの連打で可愛い顔に雄鶏の足跡がくっきりとついてしまった。

「あたしの顔~!」

「可愛いのに可哀想に、名前は何て言うのかな?」

「セリーヌよ」

 精一杯可愛く答えた少女は、ダンテが翳した《虫籠》に吸い込まれて小さくなった。

「なんで~、どうして、どうなってるの~?」

 突然巨大になった世界と自分の居場所が信じられなくてセリーヌは疑問と泣き言を洩らすが、小さくなって声も小さいので聴き取るのが難しく、それで誰からも顧みられなかった。

 トンファーを操ってトゥーサンは身体の大きいペッシと対戦する。スコルピヨーネは連携してトゥーサンを倒そうとはせず、いい気味だ、とペッシを嘲笑い見捨てて逃げよとした。

 問題は巨大な魔物だが、モフモフした魔物が道を作ってくれたお陰で逆に開けた道の一つに飛び込もうとした。

 モアラはカメレオンのように長い舌でスコルピヨーネを捕まえた。

「畜生!」

〔お口直し〕

 と食べようとしてダンテに待ったを掛けられる。

「食べるな~⁉そいつは人間!人間は俺の了解なしに食べない約束だろうが!」

〔敵はまた違う話だろう?〕

 その間に攻撃魔法をスコルピヨーネが仕掛けたのを大口開けて頂く。口を閉じる為にスコルピヨーネを壁に叩き付けた。

〔フムフム、よく修練された力強い魔法だ。雑味が無くて量は物足りんがまた欲しくなる〕

「良かった、食事を取上げたんで申し訳ないとは思ってたんだ」

 衝撃が治まらぬ内に、今度は彼の腰程の丈のある雄鶏に突かれ強烈なキックの連打が浴びせられる。

〔吾輩は役に立っておるぞ、ほれほれ〕

 自由を得る為に魔物を代表する七十二柱の魔物の一柱は懸命に点数稼ぎに精を出した。胴体に蹴りを受けると内臓が回転する衝撃が駆け抜けてスコルピヨーネは反撃出来ない。

「そいつに怪我させたら、血を見て俺が気分を悪くするって分かってるよな?」

 ダンテの冷たい言葉にキュイアが凍り付き、攻撃が止んだ。

 それにはトゥーサンも苦慮している。

 狭い場所で魔法攻撃もままならないから接近戦で倒すしかないのだが、ダンテに大量の血を見せたら卒倒して後方支援がなくなる。隙を見て破裂魔法を放つ方法が使えない。ペッシは山岳地帯で発展した短棒術を巧みに使い手強く、隙を見て放たれる攻撃魔法を防ぐので精一杯になってしまった。

 二つ目の《虫籠》にスコルピヨーネが収まる。

 内臓が入った瓶を短棒で払い、落ちるのをすかさずトゥーサンの方に蹴る。冒涜的でトゥーサンは出来ないがペッシは躊躇わない。

 室内の何かが大きく蠢いて騒ぐのが感じられた。

〔死霊が騒いでいるな〕

「自分達の身体が粗末にされてるのが分かるらしい」

 モアラの言葉にダンテが答えた。

「そうなんだ。私は分からないです。皆さん凄いですね」

 ダリアが顔を出していた。

「死霊が暴れ出したら始末が悪い。蛇どん食べていいぞ」

 モアラはキュイアの細長い首を捕まえ放った。

〔箱を開けて来い〕

 空中で態勢を整えたキュイアは死霊箱の上にタシッと立って雄叫びを上げた。弾かれたように箱が開いて死霊が飛び出す。

 死霊の一つが小さな《円刃》を幾多も放ってペッシに迫る。憎しみが発散されてトゥーサンにはありがたい応援が現れた。なのに

〔ご馳走〕

 とモアラが一息に死霊達を吸い込んでしまった。一体残さず吸い込んで満足のげっぷを洩らす。

〔旨い〕

(クッソーッ!)

 悪態を吐いていられない、そんな隙はないから胸の中で罵倒する。

 が、キュイアがペッシの背中を蹴ったことで勝敗は決した。内臓は鍛えられない、口から内臓が飛び出しそうな感覚に耐えて接近戦を続けるのは不可能だった。二撃三撃とスコルピヨーネが味わった苦しみをペッシも味あわされた。

「それ以上はいい、ダンテがぶっ倒れる!」

 キュイアはテーブルに立ってドヤ雄叫びを上げた。

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