<4-5 16歳の娘は36歳の男に求婚する>

 「さて、オリータよ。そなたには2人の子がいるとか。」

 「はい。息子と娘が一人ずつ。息子は妹姫様方より1つ下です。娘は10歳です。」

 「ふむ。子息が13歳か。して、学院からの文書はきちんと出すか?」

 「出さないですね。」

 私はカバンひっくり返し事件を説明した。根尾さんと花村さんのことは省略したが、駿太がお知らせを出さなかったせいで、親が参加する集まりをすっぽかしそうになったことの重大性は理解していただけた。

 「ふうむ・・どこの家も同じじゃな・・」

 王様は銀色のひげを撫でながら言った。同列に並べられて、なんだか恐縮である。

 「国王陛下、僭越ながら意見を申し上げてよろしゅうございますか?」

 戻ってきてお茶を煎れ終わったエルベさんの問いに、王様は鷹揚にうなずく。

 「妹姫様方のことは何かしら対策を講じるべきかと存じます。言いがかりのようなものとは存じますが、ルーテイル夫人につけいる隙を与えたわけでございます故・・」

 「そうじゃのう・・オリータ、バッグをひっくり返した後はどうしたのじゃ。」

 「いやあ、特別何も・・ダンナが一言言ったくらいです。あの後新しい配布物が来ていないみたいなんで、効果のほどもまだわかりません。」

 「まあ、そのようなものであろう。子供といえ一人の人間、なかなか親の思い通りにはならぬもの。それ故先ほど釘を一本打つだけで終わったのじゃが・・なるべくならば、わしは好きなものをやめさせたくはないのじゃよ。何となれば、子供が好きなものに熱中できるのは、平和な世でなければかなわぬことじゃ。わしや王妃の若い頃のようにいつ戦争の危機が迫るかと思えば、なかなか趣味に没頭などできぬ故・・子らがあのように好きなことに夢中になれるのは、平和の証左じゃ。」

 あー・・確かに。

 「だが、こうも色々と支障が出るとのう・・正直、此度の理事会の件は焦ったぞ。今の学院総長が学生時代の悪友で、わしに理解ある者故、笑って済ますことができたが・・」王様は苦笑を浮かべた。「側室の件は聞いておるか?」

 「あ、はい・・」

 「ふむ、ああ、そのようにかしこまらずともよい。結論から言えば側室など娶りはせぬ。そもそも60にもなって新たに妻など・・さすがにリヴィオスにも呆れられよう。」

 リヴィオスとは大陸の約半分を占める大国ガルトニ王国の王様だ。二十年以上前に戦場で度々刃を交えた間柄だけど、最近ある一つの目的のために和解している。この方、第四妃までお妃様がいて、王太子のヨシュアス様を含めお子さんが6人いるけど、本当に愛していたのは亡くなった正妃ヴァレンティア様で、後の三人のお妃様は臣下の政争を収めるためにやむを得ず娶った方達だそうだ。

 「それに側室を娶るということは家族の問題だけにとどまらぬ。ヴァレンティア殿はどの妃も子供達も公平に愛せよ、なんとなればヨシュアス殿より優秀な子がいれば、側妃の子でも王太子にするべきだと夫リヴィオスに常々言っておったそうだが、そのような妃はなかなかいるものではない。ツボルグ王国などは正妃の他十数人の側室が置かれ、それぞれに貴族や騎士がついて派閥を作り、自分たちの支持する子を王位に就けようとして常に互いを牽制し、いがみ合っている。これではいざというとき立ちゆかぬ。」

 なるほど、歴オタもやる私としては、よく聞く話である。

 「側室を迎えることにはそういう問題が潜在する。この国の家臣団は結束が固いことで知られるが、派閥争いがないわけではない。王妃と側室がいることでその問題が顕在化して火種となり、結束が瓦解するのは困る。そなたも知っての通りガルトニとは和解し、アルメリア族との同盟で北方からのにらみもきかせられるが、ツボルグ王国がまた何を仕掛けてくるかわからぬ。我が国は大陸第二の規模とは言うが、資産はツボルグの方が遙かに多いうえ、隣のビジュー大陸の国となにやらつながりがあるらしい。例の猜疑心により、いつかヴェルトロアが国を取りに来る、そのぐらいならばやられる前にやる、という気でいるのだ。」

 「残念ながら私はガルトニのヴァレンティア様のように、側室に対して公平公正に振る舞えるかどうかわかりませぬ。」ティーカップを置いて王妃様は言った。「そこに家臣団の分断を生む余地が生まれます。ツボルグに、さらに“見えざる敵”にそこをつかれたら?」

 「あ。」

 “見えざる敵”。

 前回訪問時の、エルデリンデ王女様とガルトニ王太子ヨシュアス様の誘拐に関わる黒幕。ガルトニにいるのか、ここヴェルトロアにいるのか定かではないうえ、お二人と親しい私にも危害が及ぶ可能性があるので注意しろと言われている相手。

 「まさか、ルーテイル夫人は“見えざる敵”と何か・・」

 王妃様が小さくため息をついた。

 「たぶんそれはないと思います。あの人が、いくら何でもそこまでは・・」

 「リュミエラはルーテイル夫人をそう見るか。」

 リュミエラは王妃様の名前だった。口に運びかけたカップを離し、王妃様は答えた。

 「負けん気の強い人ですが、他国の敵と結んでまで害をなすとは、考えないと思います。」

 「王妃様、ルーテイル夫人とはお付きあいがあるんですか?」

 「ええ・・」答えた王妃様は王様に伺いを立てた。「少し長い話になりますが、お話ししてもようございますか?」

 王様がうなずき、王妃様は話し出した。


 「あの方とのつながりは初等部入学式の学力試験から始まります。その学力試験で私があの方と3点の差で学年で1位になって以来、常にあの方は私に勝とうとしています。でも、なぜか私の方がほんのちょっとの差で勝ってしまうのです。学問ばかりでなく、運動や芸術などあらゆる分野で。」

 その話、なんか聞いたことあるな。

 「私にとっては励みだったのです。どんなに眠くても、疲れても、あの方も頑張っているのだからと思うと、頑張ることができました。ですから、私はにとっては良き友と思っていたのですが・・ある日それは間違いだったことがわかりました。」

 それは25年前の夏の終わりのことだった。

 当時、イレイン第二武爵家長女だった王妃様は、15歳で戦場の野戦病院にいた。

 ガルトニ王国とヴェルトロア王国が戦った最後にして最大の戦い“エリリューの会戦”のまっただ中で、負傷兵の看護にあたっていたのだという。国力が数倍上のガルトニ王国を相手に、ヴェルトロアは、日本で言えば中学3年生の貴族の娘さんまで動員して戦っていたのだ。

 「私はそのとき初めて陛下にお会いしたのです。それで・・その、」ちらりと王様を見やる王妃様は頬が真っ赤になった。「まるで獅子の如き雄々しいお姿に一目惚れして・・」

 あらま。

 王様はひげを撫でつつあらぬ方向を見る・・照れてらっしゃった。

 「あれは・・戦も終盤で、ガルトニの攻撃次第では亡国の憂き目を見る寸前だったが、傷病兵の見舞いがしたくての・・立ち働く女達の中にひときわ若い娘がいたので、真っ先に目に付いた。皆が早々に気づいて看護の手を止めたがその娘は黙々と働き続けた。患者に優しい言葉をかけ、どんな酷い傷にも目を背けず、時には大の男を叱咤し・・あとでまだ15歳と聞いて驚いた。だが、戦が終わり、1年後に遅まきながら王妃を選定する段になったとき、自ら立候補してくるとは思いも寄らなかった。」

 しまった、茶を噴いた。すみませんを連呼して、エルベさんが差し出すふきんで色々拭きまくる。

 「王妃陛下、自薦なさったんですか?!」

 「ええ・・周りからずいぶん止められましたけれど・・自分で推薦書を書き、肖像画や経歴書も用意し、署名も学友を頼って200人ほど集めて・・」

 「署名を集めてきた王妃候補は、王国の長き歴史の中にもいなかったのう。それにまさか、36の男に16の娘の方から結婚を申し込んでくるとは思いも寄らなかった。」

 でしょうね・・すごい行動力である

 「周りが止めるのも無理は無い。たぐいまれな美しさの上、学院では常に成績は主席、どのような負傷兵にも物怖じせぬ胆力・・なにも、わしでなくてもよかろうにと、随分悩んだ。」

 「普通、女性の方が悩みますよね、その状況・・」

 「それよ。おお、話がだいぶそれたな。それでルーテイル夫人とは・・」

 「はい。申し込みから数ヶ月後、私は願いかなって王妃に内定しました。ただ、まだ戦後1年で国が落ち着かず、戦死者の裳もあけていないことから、祝いなどせず、すぐ王妃になるための教育を受け始めました。そんなある日、ユスティアが・・ルーテイル夫人ですけれど、実家を訪れて言ったのです。『戦で流れた血も乾かぬうちに、自分だけ幸せになるとは恥知らずな。長年競ってきた私を出し抜いてさぞいい気分でしょう』と・・」

 「え・・」

 「ほう・・」

 「一瞬頭の中が真っ白になったのを覚えています。私の認識は間違っていたのか、ユスティアを友と思っていたのは私だけだったのか、と。」

 「・・・・」

 「自分だけ幸せになろういう思いなどありませんでした。戦場で陛下はご自分の満身創痍の身体に簡易な手当を施しただけで、兵士の方々の見舞いにいらっしゃったのです・・その時思いました。この方はきっとこの先も、自分がどれほど傷ついたままであっても、こうして民のために働いていかれるのではないか、私はそれをおそばでお支えしたい、と。ただの一目惚れだけで、署名を集めてまで王妃になろうとしたのではありません。」

 そうか・・そんな因縁があったとは。王様はかすかにほおを赤くしながら、カップの中のお茶を見つめていた。

 「ですが・・こう言っては何ですが、今に至るまであの方を見てきた結果、結局はさしたる深謀遠慮のない方と私は見ております。学生の頃はもう少し周りを見て動くところがあったと思うのですが・・今は私に対抗するのになりふり構わないところがあるように思います。」

 ん?てことは・・

 「あの・・ルーテイル夫人はその・・結局王妃様に負けた・・わけですけど、娘さんを推してきたということは・・」

 「自分の代わりに娘を王妃と競わせようということなのじゃろうなあ・・娘が気の毒じゃな。いや待て、娘自身は乗り気なのか?」

 「どうでしょうか。側室にと言うのは恐らくレティマリア・ルーテイルのことだと思いますが、記憶にある限りにおいては、それほど野心的な娘ではありませんでした。」

 「王妃様、ルーテイル夫人の娘さんを知ってるんですか?」

 「レティマリアだとすれば、エルデの学友なのです。それこそ学院初等部からの。」

 「えっ!」

 そういえば、さっきエルデリンデ王女様が、なにやら意味深な感じだったな。どんな娘さんか、王女様は知っていたから、あの言葉と態度だったのか。

 「ですが、勘違いということもあります・・私のように。」お茶を飲んでため息をつく王妃様。「エルデにはあのような失望はしてほしくはありませぬが・・」

 「それにしても、ルーテイル夫人とは少し話しておかねばならぬな。ああ、リュミエラ、わしが話す。そなたが出て行っては角が立とう。側室のことは王権を以て握りつぶす。しかし、だ。」王様はひげをなでつつ言った。「オリータよ。意地の悪い見方をすれば、ユスティア・ルーテイルの言動は、謀反といえなくもないのだ。」

 「!」

 「リュミエラが産んだ子が4人もいて、王太子も決まっておる。それなのにさらに優秀な子を産んで差し上げるとはどういうことじゃ?優秀な子が生まれたとして、ラルドウェルトを放逐して、その子を王太子にするか?いや、ガルトニ正妃ヴァレンティア殿のような考え方もあろう。だが、今のラルドウェルトには王太子位から下ろす必要は感じぬ。では王太子にするにはどんな手を使うのか?暗殺か?幽閉か?」

 「・・・・!」

 「もっと言えば、仮にその優秀な子が娘ならばどうするのか?女王になるのも良いが、どこから婿を迎えるかで大陸の勢力図に大きく影響するぞ。エルデとヨシュアス殿に対抗して、ツボルグと組んででもみよ。この国は二つに引き裂かれ、エリオデ大陸の平和など雲散霧消する。」

 「・・・・・・・」

 前回訪問時の3人の王様の会談を思い出す。

 大陸一の版図を誇るガルトニ王国、それに次ぐ大きさのヴェルトロア王国、北方の部族で最大規模のアルメリア族、それぞれの王様が大陸の行く末について話し合ったのだ。

 そして出た結論は一つ・・大陸に平和をもたらすこと。これまでの戦争の歴史を水に流すとは言わない・・それを背負って、犠牲を忘れることなく平和な世界を作り上げるのだ。

 そう決めたのに・・

 「仮に学生時代からのつまらぬ因縁から発したこととしても、我らの未来を邪魔するのは許さぬ。“見えざる敵”とつながっておるのなら、なおのこと許さぬ。」

 そう言い切った王様に、かつて戦場でついた二つ名“暴風王”の面影を見た。

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