<3-7 暴風の娘>

 30分後。

 ヨシュアス殿下、王女様、私はアルメリア族の王、ダンデラさんの前にいた。ここは謁見の間であるようで、マリリスちゃんはお父さんであるダンデラさんの隣に座り、私達は町奉行所のお白州に引っ立てられた容疑者のごとく、床に座らせられていた。縛られていなかったのは向こうの余裕の表れだろうか・・まあ、ダンデラさんもさることながら、その両脇を固めるのはいずれも不死身のロボットを演じた某ハリウッド俳優みたいな筋骨隆々たる人ばかり。筋肉の量だけでも無事に逃げられる気がしない。

 その中にアゴニトさんが座っていた。

 私と目が合うと鼻で笑った。うわ、憎たらしい・・

 マリリスちゃんは申し訳ないような心配そうな顔をしていたが、今の状況は不可抗力だ。

 彼女は確かに約束を守って私達を牢に連れて行き、牢番に話をつけてヨシュアス殿下に会わせてくれた。ところが、だ。

 『おれが殺すよう命じた。間違いない。』

 そうヨシュアス殿下が言い切ったときたもんだ。

 『・・はあ?』

 『ヨシュ・・アス様、何を言っているのです!互いに軽傷者ですんだ小競り合いで終わったと、言ったではありませんか!』

 『・・すまぬ、エル。』

 『ヨシュ!!』

 ヨシュアス殿下はそれっきり黙ってしまった。

 王女様が必死に呼びかけ、終いに牢の格子を平手で何度も叩いても目を合わせなかった。

 マリリスちゃんが私を見、私は弁護を開始する。

 『いや、言ったよ。絶対軽傷者だけですんだって言った。』

 『あいつ、侍女に嘘ついたってこと?自分がいいヤツだって見せたかったとか?』

 『・・私は殿下に直に会ったのはこれが2度目だけど、』そう、たった2度目だけど。『そんなつまらない見栄張ってモテようとするタイプじゃないと思う。』

 でなければ、尚武の国ガルトニの王太子が、熊を素手で倒したとかその他諸々の“武勇伝”を、ああもあっさり否定しないだろう。

 それにあの態度。どこかで見たことがある・・

 『その話はおれも聞きたいところだな。』

 突然雷のような声が頭上から降ってきた。

 数人の側近を従えた、黒の毛皮と銀の刺繍を施した長衣に身を包んだ、身長2メートルはあろうかという男の人が立っていた。波打つ赤毛がマリリスちゃんによく似ている。

 『父様!』

 よその部族長と会談していたという、マリリスちゃんのお父さんでアルメリア王のダンデラさんだった。

 『ガルトニの王太子ともあろう者が、このような大事なことでなぜ話を違えているのか・・もう少し明るいところで落ち着いて聞こうではないか。』

 ・・ということで、今の状況になっている。

 ここはかなり大きなテントで、毛皮と精緻な刺繍を施した布でできている。外の光景を思い出すに結構貴重品なはずの木もふんだんに使われていた。

 「さて、改めて挨拶といくか。我が名はアルメリア王ダンデラ。そなたは?」

 「ヨシュアス・ヴァレンティオ・ガルティノス。ガルトニ王国王太子だ。」

 視線を受けて、王女様が右手を胸に当てて礼を取る。

 「侍女のエルルと申します。」

 次いで私も「侍女の侍女でオリートです。」と右手を胸に当てて名乗る。

 「此奴に聞くべき話などありませぬぞ、王!すぐに血祭りに上げ、先の殺戮の恨みを晴らすべきです!」

 つばを飛ばしてわめいたのは見なくてもわかる、アゴニトさんだった。

 「アゴニト殿の言う通りです、王!あの時無残に殺された者達の恨み、今こそ・・」

 「ガルトニとの通商などくそくらえだ!」 

 そうだそうだ、と耳が痛くなるほどのわめき声。

 ダンデラさんはその騒ぎを手の一降りで静め、さらに質問を重ねる。

 「王太子よ、先ほどしていた5年前の話は本当か?」

 「・・国境付近で貴国の者が陣を構えているという知らせがあり、父王がおれに追討を命じた。おれは兵を率いて出陣し・・殲滅した。」

 「ほお。」そして、再度視線を王女様に向ける。「侍女よ、お前はその件についてなんと聞いた?」

 「殲滅などと・・先程も申し上げた通り互いに軽傷ですみ、小競り合い程度の争いであったと王太子様ご自身より聞きました。僭越ではありますが、北の国の赤き竜と名高きアルメリア王に、一言申し上げたく存じます。お許し願えましょうか?」

 私は思わず王女様を見た。

 声に気迫がこもり、赤き竜と賛美した相手に向かって、一歩も引かない決意を青い目に宿している。

 ・・ヤバい。

 王女様はお怒りだ。で、やる気だ。

 同じ気配を感じ取ったのかヨシュアス殿下が何か言おうと口を開いたところに、ダンデラさんが了承を言い渡す。

 「ありがたき幸せにございます。」

 王女様はもう一度礼をした。

 「私からは今、あなた様の部族が置かれている現状についてお話ししたく思います。先に申し上げておきますが、これは脅迫ではありません。」ざわつく臣下の方々。「私とオリートは先程手違いにより、貴方様のご息女の部屋に入り込んでしまいました。しかしご息女は無断で入った捕虜に許しを与えたのみならず、私どもの願いを聞き入れ、ヨシュアス殿下に会わせて下さるという寛容をお示し下さいました。そのご恩故に、あなた様の部族の置かれた危機を心配して申し上げるのです。」

 「ほう。」

 「あなた方は3つの国を敵に回しました。一つ目はガルトニ王国。二つ目はエライザ共和国。」

 黙ってダンデラさんは王女様を見つめる。

 「ガルトニ王国については、こうして王太子殿下を拉致したのですから、言うまでもございません。また、拉致の際、護衛のため交戦したガルトニ王国将軍ハル・デナウア将軍が重症を負っております。ガルトニの国王陛下の心中はいかばかりかと存じます。」

 「・・・・」

 「そして、拉致されたとき、私どもはエライザ共和国におりました。会談中、突如それなる呪術師アゴニト殿が現れ、魔道具より魔のものを呼び出し襲撃、私どもをこちらに連れてきたのです。あの国の中で、国同士の、またはそれに準じる争いを起こした場合どのような措置が執られるかはご存じでしょう。エライザ女王コーネリア様は、彼の国で貴方様がお持ちの採掘権をそのままにしておきましょうか?ザグレト山脈周辺は魔石の埋蔵量が極端に少ないと記憶しております。」

 「そこまではおれにも見えておる。だが、3つの国と言ったな。3つ目の国とは?」

 王女様が私を見た。

 「オリータ。預けていたものを。」

 「はい。」

 「初めにお詫びいたします。ダンデラ王、そしてマリリス王女。私は一つ嘘をついておりました。」

 私はデイパックから大事にハンカチにくるんでいたもの・・王女様の冠を取り出す。

 額にきらめく銀と緑の宝石でできた王女冠をいただいた王女様を見て、ダンデラさん初め、皆が息をのんだ。

 「我が名はエルデリンデ・ブリングスタ・ヴェルトロイ。ヴェルトロア王国第一王女エルデリンデです。」

 「な・・んと・・」

 ひかえおろう!と言いたくなった。助さん角さんの気持ちが、今とてもよくわかる。

 「では・・侍女の侍女というお前は・・」

 「あ、私は一般庶民です。」

 王女様のカミングアウトで生じた緊張感が一気に緩む。が、王女様はそんな空気に凜とした声で割って入る。

 「ですがオリータは私の大切なお友達です。無理を言ってエライザ共和国に同行してもらったばかりに拉致に巻き込まれました。そうですわね・・そう考えれば、オリータの故国ニホンも敵に回したことになります。ニホンがこのエリオデ大陸から遙か遠い地にあるのは不幸中の幸いでした。」

 日本はそこまで好戦的ではないけど、そう思うなら今はそう思っていただきたい。

 「王よ、アゴニト殿はこれまで全く瑕疵のなかった、あなた様の部族とヴェルトロア王国の友好に亀裂を入れました。エリオデ大陸に存する国のうち3つまでを敵に回したのです。それだけではありません。」

 「まだ危機があると?」

 「はい。お伺いいたしますが、この埒は貴方様のご指示ですか?」

 「まさか。」

 「では、私達へのアゴニト殿の襲撃は貴方様の知らぬ間に、行われたことのようですね。配下に貴方様の統制の効かぬ者がいるということは、諸国を敵に回す以上の重大な危機ではありませぬか?」

 「むっ・・」

 「なあっ・・」

 真っ青になるアゴニトさん・・逆賊みたいな言われ方をしたんだからしょうがない。自業自得だよ、ざまみろ。

 臣下の方々もまたざわつきだした。

 あれが“黄金の白百合”・・美貌と聡明で聞こえたヴェルトロア王国の第一王女・・“暴風王”の娘・・我が国はこれまであの国とは平和に・・

 「ん?“暴風王”?」

 「ヴェルトロア国王の渾名だ。」

 ヨシュアス殿下がそっと教えてくれる。

 「は?」 

 あの穏やかな、息子さんには厳しいけど娘さんには強烈な親ばかを発揮する、あのヴェルトロアの王様?

 「25年前のエリリュー河畔の会戦で、三倍の兵を有した我が国相手に一歩も引かなかったばかりか、自らも戦斧を取って我が父と二時間ほども打ち合って互角だったという。軍の総帥としても一人の武人としても、その縦横無尽の戦いぶりから付いたあだ名だ。」

 すげー。なにそれ。

 「そんな人とはつゆ知らず・・」

 「オリータ、おれは大変な姫を妻にしようとしている気がするのだが、気のせいか?」

 「気のせいです。」

 「なぜか尻に敷かれる未来がちらつく・・」

 「ウチの優しくて公明正大な王女様に何言ってるんですか。大体、王女様があんなふうにしてるのって、ほぼほぼヨシュアス殿下の発言のせいじゃないかと思いますけど。」

 「む・・」

 「なんで自分が殲滅させたとか言ったんですか。」

 「・・・・」

 「嘘ついてるでしょ。」

 「な・・そんなことはない。」

 「目がおよいでますよ。」

 「うっ。」

 「先程からの殿下の態度、どこかで見たことがあると思ったら、ウチの息子が試験があったのに試験がないと言うときのと同じなんですよ。ちなみにそういうときは試験のできは悪いです。」

 「・・・・」

 「なんか事情があるんじゃないですか?ああいうこと言わなきゃいけなかった事情が。あ、誰かに脅されました?言わないと私達が酷い目に遭うとか何とか。」

 「オリータ・・」

 「ヨシュ、それは本当ですか?」

 いつの間にか、この場にいる全員の視線が私達二人に向いていた。

 「我らアルメリア族に危機が多々迫りつつあるのは事実だ。」ダンデラさんがため息交じりに言った。「おれが望んだことではないといえ、降りかかった火の粉は払わねばならぬ・・なあ、アゴニト?」

 「っ・・」

 アゴニトさんの顔は脂汗で一杯だった。

 王女様もそれを見て取った。

 「ヨシュアス殿下は私達に、5年前の戦いでは死者は出ていないとおっしゃいました。ですが先程急に前言を翻されました。殿下にそうしろと言うことができる者といえば・・」

 そう言ってあからさまにアゴニトさんを見た。もちろん、盛大に慌てるアゴニトさん。

 「し、知らん!わしは何も言っておらんぞ!」

 「しかし、この件について私達と関わりを持った者はほんの数人。門番の方々は顔を合わせただけ、マブキさんは案内をしただけ、マリリス王女はずっと私達と共におりましたし、ダンデラ王とは牢で初めてお会いしました。とするとあとはアゴニト殿、ヨシュアス殿下と接触する時間があるのは貴方だけです。5年前の戦いに通じてもいます。」

 「・・・・」

 「本当のことを言って下さい。5年前のことも含めて。ヨシュアス殿下は誰も死んでいないと言われるが、こちらでは兵の方々が惨殺されたことになっている。あの時、生き延びたのは貴方だけと聞きました。一体何があったのですか?」

 「ほ、本当も何も・・」 

 「ああ・・申し遅れましたが、エライザでのことは、襲撃時にすでにヴェルトロアの魔導師に報告がなされています。あれから経った時間を思えば、私が先程述べた危機はすでに近づいていることでしょう。」

 場が静まりかえり、ややあって本格的にざわつきだした。

 ダンデラさんは相当厳しい顔つきになってきた。

 「し、しかし!現に我がいとこの息子は見るも哀れな死体となって帰ってきたのだ!」白髪の長髪のお爺さんが声を上げた。「腕や足が落とされ、一撃で心臓を貫かれていた!ユクサの孫は胴を一刀両断されたあげく片腕を落とされた!ジグサの息子は首を一刀のもとに切り落とされたうえ、両足を切り落とされた!他にも・・殺された者達は皆、手足を切り落とされた上、首や心臓を一突きにされている!なぜあのような残虐非道な殺し方を・・殺すにしても一太刀で一息に仕留めてくれればまだしも・・なぜ手足まで・・」

 そうだ、そうだ!と叫びが上がる。

 それは確かに気の毒な・・でも何か引っかかった。昔何かの本で読んだ何かが・・

 「すみません、ちょっと質問していいですか。」

 手を挙げた私にダンデラさんがうなずく。

 「ヨシュアス殿下、あの時、ガルトニ側って何人くらいいたんですか?」

 「20人だ。」

 「ダンデラ王様、アルメリア族さん側は?」

 「・・40か50人はいたと記憶している。」

 苦虫100匹くらいかみつぶしたような顔でダンデラさんは答えた。

 「お二人にお聞きしたいんですが、20人の兵で倍以上の人をそんな残酷に殺せるものですか?」以前ちょっと言ったが私はBLの他に歴史も好きな、いわゆる歴オタもやっている。しかも戦国時代専門の歴オタだ。「人を斬ると、脂が付いたり骨にあたって刃こぼれしたりで、一本の刀で切れる回数ってさほどでもないって聞きましたけど。それに、一刀両断ってかなりの技術が要るとも聞きました。ガルトニの兵士さんってそんな使い手だらけですか?」

 ギシリ、と木のきしむ音がした。ダンデラさんが、座っている玉座の肘掛けを握りしめているのだ。その表情は今までの一番厳しく、まるで吹きすさぶ北風のようだった。

 「オリータと言ったな。おれはガルトニの兵は100人ほどいたとアゴニトより聞いていたのだ。」

 「100・・人??」

 「それらがよってたかって殺戮し、あのような有様になったと。」

 は?

 「そこも話が違うんですか?!」

 「アゴニト、お前は何を報告していたの?!」たまらずマリリスちゃんが声を上げた。「なんでこんなに話が違うのよ!」

 「王女よ、そのような・・オオカミのごときガルトニ王国の者を信じ、先々代よりアルメリア王家に仕える呪術師アゴニトを信じぬと?!大体、この者らはここにわしを連れて参るにあたり、蔓でグルグル巻きにして地を引き回して参ったのですぞ!それだけでも、我ら部族に対する考えが知れようというもの!」

 うわ、この人!

 「それについては、私から説明します!私達、アゴニトさんが鏡から出した触手に引きずり込まれて、ここから歩いて一時間くらいの荒野に放り出されたんです。で、とにかく歩いてガルトニまで帰ろうとしたら、途中でアゴニトさんが倒れていたんで、ヨシュアス殿下がおんぶして連れ帰ろうとしたんです。でも、私がそれを止めました。」私はダンデラさんを見た。「呪術で魔物を出して襲撃してけが人まで出して、そのうえさらってくるような人に背中なんか、ましてやガルトニ王太子殿下の背中なんか貸せません。マリリスちゃ・・様がそうしようとしたら、ダンデラ王様はどうですか?!」

 「・・止めるであろうな。」

 「でも、あんな荒野に放っておけないということで、木の皮をはいでそりを作りって、落ちたらいけないんで蔓でグルグル巻きにしたんです。で、私と殿下でそりを引いてきました。置いてきた方が良かったですか?」

 「・・・・」

 「なによ、荒野の野獣や魔物から守られた恩まであるんじゃない!無理矢理さらってきた相手に!しかも父様に黙って襲撃した上、余計な危機まで招いて!」初めて会ったときと同じように怒りで真っ赤になったマリリスちゃん。「それだから第一の呪術師の座を返還しろなどと言われるのよ!」

 ん?第一の呪術師?

 王女様が問う。

 「マリリスさん、第一の呪術師とは?」

 「アルメリア族の呪術師の中で、最強の力を持つものに与えられる称号よ。このアゴニトは先々代の王・・つまり私のひいお爺様の代から仕えてその座を守ってきたんだけど、数年前から力が衰えてきたんで、引退してはどうかと言われていたの!」

 「でも、今はまだ第一の地位を守っているのですか?」

 「ええ・・引退に反対する者もいたので、ずるずるとね。」マリリスちゃんはちらりとさっきの白髪のお爺さんの方を見た。その人を中心にガルトニとの友好に反対しているらしい人達が並んでいるのだ。「あなたたちも今度はわかったでしょう?!5年前のあの件で父様が引退を申し渡したのに、アゴニトはいつか恨みを晴らすまでって言い張ってさらに居座り続けて・・それで大陸の国の内3つまでを敵に回す羽目になった!」

 「し、しかし、ガルトニ王太子が嘘をついているという証拠はありましょうか、王女よ!」

 白髪のお爺さんが叫ぶ。隣のごま塩短髪のお爺さんも言った。

 「アゴニト様が脅迫したという証拠も!みな、この者らがそう推測しているだけじゃ!」

 と、そこに駆け込んできた人がいる。マブキくんだ。

 「でで、伝令、伝令!国境付近にガルトニ軍が集結しています!数はおよそ二千!」

 「なんだと?!」

 「兵が二千?!」

 さらにもう一人が走り込み、新たな情報をもたらす。

 「国境付近の兵は約三千!ガルトニ兵と共に見知らぬ軍団が出兵しております!白銀の鎧と緑のマントを纏った者達です!」

 王女様が微笑んだ。

 「まあ、お父様がお許しを出したようです。」

 うわあ、ナイスタイミング、国王陛下!!

 ダンデラさんの眉間にしわが寄る。

 「ヴェルトロア王国までも・・兵を出したというのか?」

 その場が蜂の巣をつついたような騒ぎになる。

 「ええい、王太子の嘘でこのような・・」

 「それはどうでも良い、危機は迫っている!アゴニト様が余計なまねをしたせいでな!」

 「アゴニト様、本当はどうなのです!誰がアルメリアの若者達を殺したのです!」

 「真実がわかれば、ガルトニに申し開きもできようぞ!」

 「申し開き?!そのような弱腰でどうする!誇り高きアルメリア族ぞ、我らは!」

 「抗戦じゃ!最後の一人になるまで戦い抜くのじゃ!」

 「最後の一人?馬鹿なことを!一族を滅亡させる気か!」

 「いや、真実がわかれば無駄死には避けられる!」

 「そうだ、アゴニト殿一人のために、あたら若者達を無駄死にさせてはならぬ!」

 「鎮まれ!!」

 ダンデラさんの一喝で一応場が収まる。

 ヨシュアス殿下がダンデラさんを見た。

 「アルメリア王よ。」

 「なんだ。」

 「ガルトニはもはや戦で物事を解決はせぬ。父王がそう勅令を出したことは聞いておられるか?」

 「・・だが・・」

 「だが、それは我が国からは先に手を出すことはない、という意味においてだ。我ら3人がこのようなことになった故のこの事態だ。そして、真実が事態をかき回しているのなら・・おれは真実を言おう。エルとオリータの言う通りだ。5年前に死者は出しておらず、先程アゴニトがそれについて嘘だと言えば女二人は助けてやると言った故、その取引に乗った。しかし・・先程のエルの堂々たる姿を見てからは、小手先の取引に応じた自分が随分と矮小に思えてな。再度言を翻すことにした。」  

 「では?」

 「戦いが始まり程なくして、アルメリア族を率いていた呪術師・・それなるアゴニトと思うが、撤退命令を出した。それ故こちらも退いた。それだけだ。それに、先程オリータも言ったように、交戦したのは国境警備に付いていた一般兵のみ故、人間を何度も両断するような技量もないし、そのように優秀な武器などない。」

 「・・・・」

 「ガルトニの王太子と長年使えた功ある呪術師、どちらを信じるかはそちらに任せるが、今ある危機に対処する方が先だろう。そのために、我らの命をどう使うか・・」今やヨシュアス殿下の目は泳ぐどころか、切れ味鋭い刃のような光を宿していた。「一族滅亡などと無意味な結末を選ばぬことを、おれは願う。」

 「よくそのようなことを言えたものだな。」

 白髪のお爺さんだった。半ば涙ぐんでいる。

 「父祖代々ガルトニ王は我らを攻め、苦しめ、傷つけ、殺し・・貴様の父親も例外ではない!息子の貴様がそのようなきれい事をほざいたとて、信じられるか!!」

 そう言ってはだけた胸元には、斜めに走った大きな切り傷の跡。

 同じように次々に傷跡がさらけ出される。

 それは、ガルトニ王国とアルメリア族の、ぬぐい去れない血に濡れた歴史の証拠だった。

 ヨシュアス殿下はそれを見て・・そして、お爺さん達の方へ近づいた。

 緊張が走る。

 この謁見の間に入るとき入口で武器は預けてくるので全員丸腰だけど、それでも多勢に無勢だ。王女様は泰然としているけど、よく見れば白くなるほど拳を握りしめている。

 ヨシュアス殿下がお爺さんと向かい合う。

 お爺さんは口をひき結び、ヨシュアス殿下の目を見返す。

 「!」

 お爺さんの傷にヨシュアス殿下の手が触れた。

 「さ、触るな!!」

 「すまぬ。」手を引いてお爺さんを見るヨシュアス殿下。「だが、父祖の過ちはしかと目に焼き付けた。」

 「・・・!」

 「おれの言葉はきれい事・・には間違いなかろう。だが、きれい事でもただの夢物語と思われようとも、言わぬことには・・何か一つでもやらぬことには始まらないと思うのでな。なんと罵られようとおれは・・おれの望む道を進みたい。それは覚えていてほしい。」

 そう、お爺さんとその仲間の方々一人一人の目を見ながら、ヨシュアス殿下は言った。

 「・・信じられるか、そのような言葉・・」

 「うむ。おれもすぐにとは言わぬ。そこにいるオリータの故国は70年以上戦争をしていないそうだが、それだけの時間はかかろう。」

 長い道だ・・ヨシュアス殿下の代だけでは終わらず、子どもや孫の代までかかるだろう。

 「それでもやるのだな?」ダンデラさんの重い声。「我らを裏切ることはないな?」

 「必ず。」

 「ふむ。」

 沈黙・・でも・・あまり考えたくないけど、この沈黙に私達の命運がかかっている。

 ブラゲトスを服の上から握りしめたその時。

 「5年前のことは今は不問に付す。」

 おお!

 ヨシュアス殿下と王女様も顔を見合わせた。

 「王太子よ、安心するな。これは貸しだ。5年前、我が部族の若者達がお前達に殺されなかったという証拠はないのだ。」

 「了承した。父祖の代からの大きな借りだ。喜んで汚名を着よう。」

 「さて・・そこであとは残った大問題というわけだな。ガルトニとヴェルトロアの連合軍にどうあたるか、だ。それと・・アゴニト。お前の処遇だ。」

 「なんですとっ!だ・・第一呪術師のわしを・・」 

 つばを飛ばしたアゴニトさんをマリリスちゃんが遮る。

 「責めを負うのは当然でしょう?!交易できるくらいには平和になっていたのに、わざわざ兵を呼ぶようなまねをして!大体あんた、なんでガルトニの王太子をさらったわけ?連れてきてどうする気だったの?!」

 それな・・王女様も小さくうなずく。

 「それは・・無念の内に亡くなった若者達の恨みを晴らそうと・・」

 「恨みってのはわかるけど、5年も経ってなんで今なのよ。」

 「お・・王太子の所在が知れた故、良い機会かと・・このようなときでも亡ければ王太子に近づくことはかないませぬので・・」

 「それで王太子をさらってきてどうするって?恨みを晴らすために殺そうとでも?そんなことをすればガルトニに攻め込む口実を与えて、それこそ部族が殲滅されてもおかしくないわ!そして今、そうなろうとしてるのよ!」

 「うぅ・・」

 「おれもマリリスと同じ考えだ、アゴニト。正直お前がガルトニの王太子を連れてきたと聞いたときは、厄介事を持ち込んでくれたとしか思えなかった。アゴニト、先々代の王の代から仕えた功により、申し開きがあれば聞く。何か事情があるなら言ってみよ。」

 「・・・・」

 全員の視線がアゴニトさんに向く。

 確かになんか変な感じ。恨みを晴らすにしても、大陸の半分を占める大国を相手にやるには、ちょっと雑なやり方だったのでは?それに、そりで運ばれるほどに体力を削ってまでして、今、さらってくる理由って?

 「事情、の。」ふふ、と空気の抜けたような笑い声。「事情なんぞ、もうどうでもよいわ。ここはもうわしのいるところではない。」

 「何を言われる、アゴニト殿!あなたは第一の・・」

 「もうよいと言うておろうがあ!わしはここを去る、お前達の屍を踏みつけてな!!出でよ鏡よ!!」

 「鏡?!」

 「まずい!」

 そう言ってヨシュアス殿下が私と王女様の前に出る。無駄だと知っていても王女様がフロインデン女神様の加護のもと、魔方陣を出現させる。私はブラゲトスに祈る。

 アゴニトさんの胸元が黒い光を放つ。牙や骨のネックレスに混じって小さな鏡がぶら下がり、光はそこから漏れ出ている・・私のブラゲトスの光と違う、ねっとりと這うようにうごめく光だ。アゴニトさんが鏡を床に投げつける。光が小さな鏡の周りにまとわりつき、徐々に固まってエライザ共和国の湖畔で見た大きな鏡に変わった。

 「地下に住まう錆と腐食の悪魔よ。わしの血を以て汝の眷属を鏡より吐き出せ!此奴ら全て斬り殺せ!」

 じゃっと音がして何かが・・アゴニトさんの血が雨のように鏡に降りかかる。短剣で腕を切り裂いたのだ。

 『美味しいーやっぱ美味しいー』鏡からなんだかはつらつとした声がした。『でも、もっと美味そうな血のにおいがするー』

 ぶわっ、と黒い布が飛び出してきた。

 シャキーン、シャキーンと音がする。

 現れたのは真っ黒な棒人間だった。頭からかぶった黒布の下で目だけが黄色く光る。

 手には手がなく鋭い刃がついていて、シャキーンシャキーンとリズミカルに響き渡るのは、肉を切る前の包丁を研ぐように刃と刃をこすりあわせている音だった。

 『若くて生きの良い血がいっぱーい!斬るよーう斬るよーう!』

 殺伐としたセリフを明るい声と口調で述べて、辺りを見回す。

 『うーーーーーんと・・あ!お前、良い感じ!』

 「!!」

 反射して光る刃の先には、体をすくませるマリリスちゃん・・させるかあっ!!

 「王女様、殿下、この毛皮かぶせます!!」

 お二人とも何も言わずに飛び退いて足下の毛皮を持ち上げると、私と一緒に棒人間の頭から毛皮をかぶせた。さらに、

 「うおおおっ!」

 凄まじい気合いと音がした。ダンデラさんが座っていた玉座を、毛皮の上から叩きつけたのだ。さすが王様の椅子で、高さ2メートルほどもある装飾満載の重そうな木の椅子だ。

 「第二の呪術師トリパを呼べ!!」

 ダンデラさんの命令一下、転がるようにマブキくんともう一人の伝令の人が、走り出ていく。王女様がおもむろにドレスの裾を破き、細長く切り取った。そして、アゴニトさんの傷の手当てを始めたのだ。

 「そ・・そんなヤツ放っといていいよ!」

 マリリスちゃんが叫んだけど、王女様はかぶりを振り、微笑んだ。

 「寝覚めが悪いのです。それにこの方には、まだ聞きたいことがあります。」

 ダンデラさんが小さくうなずいたその時。

 『う・・うーーん・・』

 ゴソ、カタ、と毛皮と椅子がうごめく。

 ダンデラさんが黙って背後の刀掛けから長剣を抜く。マリリスちゃんも腰がひけながらも自分の腰の短剣を抜く。誰かが走ってきて、入口で預けてあった武器を配りだした。

 ビッ、と小さな音を立てて毛皮から刃が1本飛び出した。そしてまるで毛皮も椅子もそこに無いかのように、ゼリーか杏仁豆腐でも切るかのように、一太刀で両断したのである。

 『うわーーーい!無傷ーーー!!』

 やっぱりかーー!棒人間が毛皮と椅子の間から、シャキンシャキンと飛び上がる。

 『斬るよー斬るよーえっとーー・・やっぱお前にするー!』

 刃が向いた先には王女様がいた。

 「エル!」

 「ヨシュ!!」

 徒手空拳で刃の先に立ちふさがるヨシュアス殿下・・

 まっすぐ突っ込んでくる棒人間・・

 目をつぶった。

 王様と王妃様の顔が脳裏に浮かんだ。

 何もできない悔しさがあふれる。

 こんなところで、あんなに幸せそうにしていた若いお二人が死ぬところなんて、見たくなかった・・

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