<3-3 寒い国から来た悪魔>

 ミゼーレさんの拳があたった黒いものが、甲高い叫び声とともに霧散した。が、黒い霧は結界に取り憑き、それを喰らい始めた!

 「まずい、ネル!」

 ネレイラさんはすでに杖を黒い霧に向けていた。先端に取り付けられた魔石が、澄んだ赤い光を放つ。

 「熱く眩しき炎を司る神フレイガル神の眷属よ、汝の主の名の下に我との契約を果たせ!」

 空中に小さな魔方陣が幾つも浮かび、その中から炎に包まれた女性が勢いよく飛び出した。それぞれが武器を携えて、的確な動きで黒いものを切り裂いていく。

 「殿下、お下がり下さい!王女殿下も!」

 デナウアさんが長剣を抜いて、ヨシュアス殿下と王女様の前に立ちはだかる。隣に同じく長剣を抜いて立ったクローネさんは、目の高さまで長剣を掲げ、刀身に手を添えた。

 「お二人と折田さんは必ず守ります!我が剣に宿れ、鋼の神の娘リエイラよ!」

 そえた手を滑らせれば、刀身が白い光を発した。打って出たクローネさんは黒いものを瞬時に2,3匹両断した。初めて見たクローネさんの剣裁き。速くて全然見えない。

 「速い、速いぞ、“隼”!その名は伊達ではないな!」

 笑いながら、デナウアさんも豪快に剣を振るい、一度に5,6体の黒いものを切り落とす。その長剣の刀身には赤く光る呪文のようなものが浮かび上がっていた。

 さて、私はと言えば・・

 (やばいやばい、なんだこれ!!!)

 こんなのはもちろん初めてだ。剣が間近でぶんぶん飛び交うのも、魔物みたいなのも魔法がぶつかり合うのも。無意識のうちに後ずさって、木にへばりついていた。まずい、後がない。結界は今や3分の1くらいが喰われ、黒いものがちょいちょい飛び込んでくる。

 (ああああ~~~、魔法も剣も使えない私は単なる足手まといだよ~)

 これはいかん。何か私に出来ることはないか。何か・・

 で、心の中で叫んだ。

 (ローエンさん!・・ローエンさーん!ローーーエーーンさーーーーーん!!!)

 

<3-4 呪術師はホラーのように> 

 (なんだ、やかましい!)

 野太い声が即座に帰ってきた。ちっ、これじゃ次は私も即応答しないとじゃん、などと考えたがそれどころじゃない。

 (ヤバいです、私達今、襲われてます!)

 (何?!詳しく話せ!)

 (黒いのはなんかモサモサしてて、ミゼーレさんの法力パンチがあたると霧になるんだけど、結界を食べます。ネレイラさんの火の精?は頑張ってますけど、ちょっと切りがない感じになってきたな、ネレイラさんが大変そう)

 (む・・他に何か見えないか?いや待てその前に、ブラゲトスに自分の守護を願え!)

 ブラゲトス!忘れてた!中級クラスの魔石だけど、ローエンさん所有のものすごい指輪“リンベルク”の能力が一部付与されている。

 (こんなこともあろうかと、お前一人守れるだけの守護魔法を仕込んでおいた)

 (雑とか言って、ごめんなさい!!)

 (おい、そっちで何を言っとった)

 華麗にスルーしてブラゲトスを握りしめ、強く強く願う。

 (ブラゲトス、私を守って!せめて足手まといにならないように!)

 願いと共に手の中でブラゲトスが光り、私の周りに文字でできた円が何本も浮かび上がると、回転を始めた。

 (ローエンさん、なんかくるくる回ってる!)

 (よし、うまくいったな。ではもう一度状況を・・)

 と、視界の隅で何かが大きく動いた。飛んできた何かが足下でくるくる回る。

 「デナウア将軍!!」

 叫んだクローネさんが地に膝をつくデナウアさんに掛けより、襲ってきた黒いものを斬り飛ばす。私の足下に落ちたのはデナウアさんの肩当てで、デナウアさんの肩がみるみる真っ赤に染まっていく・・

 「ネル!」

 「ああ、デナウア殿を頼む!」

 さらに多くの火の精霊を呼び出したネレイラさんの額には、細かな汗が浮いていた。ミゼーレさんがデナウアさんの肩に両の手のひらを向けて何事か唱えると、ほわりと白い光が手のひらから肩へと降りていった。

 「デナウア将軍、私をかばって・・」

 「隼、それがしはいい、お二人をお守りしろ!この程度の傷、戦場ならばしょっちゅうだ・・好敵手の・・自分の娘と同じ年の娘を助けられたのだから悔いなどない、行け!」

 「はい・・!」

 唇をキュッと引き結び、クローネさんはまた剣を振るう。

 「大神官殿、それがしは捨て置け・・戦力が薄くなる。」

 「何言ってるんだい、それは神官のやることじゃないよ。もうしゃべらないどくれ。」

 ミゼーレさんが会話を切り、私はようやくローエンさんの声に気づく。状況を説明すると、うなり声が聞こえた。

 (まずいぞ、折田、他に何か見えるものはないか!)

 ギュリィイイ!と耳元で叫ばれ、叫ぶ寸前までびびった。黒いものがブラゲトスの守護魔法に切り裂かれたのだ。

 「折田さん、大丈夫ですか!」

 「だだ、大丈夫!!」ホントはめっちゃ怖いけど!「ブラゲトスに守護魔法が仕込まれてたの!だから私のことは気にしないで!!」

 「オリータ、もっとこっちに寄れ!」

 ヨシュアス殿下がさっと手招いた。すでに、青い文字が浮かぶ長剣を抜いていた。

 ミゼーレさんの後ろを走り抜け、つんのめりながらお二人に近づく。

 「こっちへ、オリータ。今、簡易ですが結界を張りました。大神官殿とローエン殿に幼い頃より手ほどきを受けてきたので、このくらいなら・・」

 そう言いながら、王女様はさらにフロインデン女神への祈願を詠唱し、作り出した魔方陣から白い光があふれ出す。

 「ごめんなさい、オリータ、こんなことに巻き込んでしまって。」

 「あ、大丈夫です、気にしないでください。」私はまたも見栄を張る・・年下の娘さん達に気を遣わせたくない。「ブラゲトスも守ってくれてますから!・・ん?」

 群れ飛ぶ黒いものの隙間に、何かが鈍く光ったのが見えた。 

 色あせた金色の楕円形・・その中が水鏡のように光ってて・・

 (てか、あれ鏡だ。ローエンさん、鏡!結構大きい・・あ、あれから黒いものが出てる!)

 (鏡だと?他には?)

 一生懸命目をこらす。

 鏡の裏から何か出てきた。

 (茶色の毛皮?を着た人?・・うわっ!!)

 (どうした!)

 (鏡が近づいてくる!消えて、また現れるたびに近づいてくる!ホラーだよ、これ!うわ、うわ・・うわー、熊の毛皮をかぶったお爺さん・・結界の前まで来たーーーー!!)

 (折田、ネレイラに伝えよ、そやつはおそらく北方の呪術師だ!鏡を使って魔界と現世を結び様々な・・)

 「ぐうっ!!」

 「ネレイラさん!!」

 鏡から黒い光が触手のように飛び出し、ネレイラさんの身体に絡みついた。

 (ネレイラさんが捕まった!あ・・)

 がくりと崩れ落ちるネレイラさん。顔が真っ青になっていた。

 「触手の悪魔は魔力を好んで食するのじゃ。しばらく動けまいよ。」

 しわがれ声と、カラカラ、という音。カラカラというのは、毛皮をかぶったお爺さんの首飾りになっている動物の牙がぶつかり、立てる音だった。

 「そして次は、そこな神官。白い魔力はさらに美味かろうぞ。」

 「!!」

 法力パンチで1,2度かわしたけど、その腕に触手が絡みつく。

 「ちっ・・!」

 デナウアさんを治療していた癒やしの光が、みるみる弱くなる。振り上げた拳が地に落ちる。身体に絡みつく触手の数はネレイラさんの倍ほどもあった。

 「貴様・・その姿は北方の呪術師だな?」

 そう言ったヨシュアス殿下に、お爺さんが何本か欠けた歯を見せて笑う。

 「覚えておったか、それは良かった。わしは貴様を迎えに来たのだ、ガルトニ王国王太子ヨシュアス!」

 「何?・・!!」

 鏡から飛び出した黒い触手は王女様の張った結界をたやすく切り裂いて、ヨシュアス殿下を絡め取った。

 「ヨシュ!!」

 止めるまもなく王女様が触手をつかんで、引きちぎろうとする。

 「離れろ、エル!」

 「仕方ない、お前も一緒じゃ。」

 「あ・・!!」

 王女様もまた触手に捕まった。

 (引きずられてる!)

 触手は徐々にその長さを縮め、鏡の方に二人を引き寄せる。

 「そうれ、来い!!」

 くい、とお爺さんが人差し指を曲げ、触手の力が一気に強まった。

 「あっ・・」

 ヨシュアス殿下がバランスを崩したかと思うと、身体がふわりと浮いて一気に鏡の中に吸い込まれた!力を失った王女様はたたらを踏み、鏡に吸い込まれそうになって・・

 「オリータ・・!」

 私は歯を食いしばって触手をつかみ、王女様の身体を引き留めた。触手がつながっているので、王女様を助けられたら、ヨシュアス殿下もいけるかも・・

 頭に浮かぶのは、ヴェルトロアの王様と王妃様。

 王女様に何かあれば二人がどんなに悲しむことか。

 同じ人の子の親として、二人を悲しませてなるものか。

 会ったことはないけれど、ヨシュアス殿下に何かあれば、そのお父さんであるガルトニの王様も悲しむだろう。

 「うぎぎ・・」

 胸元から黒い光がぱあっと立ち上る。ブラゲトスの光だ。力が湧いた気がした。

 「頼むよ、ブラゲトス!」

 周囲でギュリイ、ギュリイ!と悲鳴があがる。クローネさんが黒いものを相手取って、私を援護してくれている。

 「ぐぬぬぬ・・・」

 頭の中でローエンさんの声がするが、そっちに気が回せない・・負けるな私、引っ張れ私!お二人を助けるんだ!

 「オリータ!放して!」

 「はな・・しま、せん・・!!」

 「愚か者めが。」

 お爺さんの声と共に目の前が真っ暗になった。クローネさんの声がしたけど、よく聞こえない。

 私の頭が黒いものにすっぽり覆われたのだ。

 (いーーやーーーーーーー!キモーーーーーーッ!!!)

 (落ち着け折田、ブラゲトスの力は信念の強さが)

 足が地面を離れた。

 つまり、私も鏡に吸い込まれたのだった。

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