2-7 折田桐子、天に向かって毒を吐く

 それからはなかなか壮絶だった。

 十数年ぶりのいきなりの徹夜に、年を経た体が悲鳴を上げる。学生の頃のような無茶が全然きかない。

 それでも王太子様が寝ると私が励まし、私が寝ると王太子様が励まして、女の子を形作っていく。粘土をちぎり、貼り付け、撫でて調整し、足りなければほんのちょっとくっつけ、今度は多すぎると薄皮一枚ほどを削る。作業台の上にはポーションの空き瓶がすでに十数本散乱しているが、ケミスさんが追加してくれるので、無くて困ることはない。

 朝を迎えた。

 しかし、体のポージングと肉付けが決まっただけで、髪や服、顔の表情の造形には至っていない。なんかかんだで素人二人でやっているのでこんなものだろうが、あと1日・・

 「オリータ!オリータ!」 

 「はっ!!寝てた!」

 私はちまちまと薔薇の花を作っていたのだが、そのちまちま具合が猛烈に眠気を誘う。

 「オリータ、少し寝てくれ。短時間の睡眠が意外にすっきりするものと聞く。」

 それは私も聞いたことがある。でも・・

 「眠ったら起きられなくなりそうなんで、頑張ります。」

 何本目かわからないポーションをグビッと飲み干す。

 だがポーションに身体が慣れてきたのか、効き目が今イチだ・・ブラックコーヒーがほしい・・なんかこうカッと目があくようなの・・

 ちまちまちまちま。

 薔薇を作り続ける。指の先ほどの大きさの薔薇を、箸みたいな棒2本で粘土をこね回して作る・・ちまちまちまちま・・・

 「ふおっ!!・・っと!!」

 また寝ていた。驚いた拍子に、完成した薔薇を棒の先でつぶしそうになる。

 と・・

 私はつい、見とれた。カーテンから差し込む朝日に照らされて、くっきりと浮かび上がる王太子様の横顔に。


 青い瞳はじっと前方を見据えている。

 指は時々止まるがすぐにまた動き、一度動くたびに像の髪や服が動きを得る。

 そしてまたじっと見据え、次に立ち上がって遠目に像の全体のバランスを確認する。

 王太子様は職人の顔をしていた。

 薔薇をくわえた少女ルシッサは、ほぼほぼ完成していた。だが王太子様の表情は厳しい。・・満足していなかった。

 「王太子殿下。」

 「うむ。9割方までは来た。あとは髪のうねり、服のしわを詰めていく。表情は・・今のこれをどう思う?」

 「うーん・・」ちょっと堅い気がする。「もうちょっと口角を上げてもいいかもしれません。」

 微妙に口を尖らせもし、大きめの目は目は伏し目にして、下品にならない程度に流し目にしてみる。さらにツインテールを長く伸ばし、1本はももの辺りにたまってから足に沿って、1本は腕に沿って絡まるように、あくまで優雅に流れるようにする。加えてその髪をはじめ、腕や足首、頭に私が作ったつるバラを巻き付ける。

 王太子様は立ったり座ったりしながら、体型と髪の流れ、服のしわを何度も修正していく。こちらの世界のヒギアは伸びのある固まりにくい粘土で造形するので、何度でもやり直せる。

 「まだまだだ・・まだ改良の余地はある・・」

 それはもう、すごい集中力とこだわりだった。

 最初あれだけへたれ、ごねていたのが嘘のようだ。

 一度心が決まるとこうも違うものか、と感心した。

 昼食が終わり、再び太陽が西の山に沈もうとする頃、王太子様は粘土を削っていた小刀を置いた。

 「できた。」

 「お疲れ様でした・・すてきなルシッサちゃんです。」

 「・・うむ。」

 「さて・・色をつけましょうか。」

 「今度こそ、王宮付きの画家を呼んだ方がよいと思う。紺色と金だけで色を塗るのは私には無理だ。」

 「あー・・」

 待機していたケミスさんに連絡し、ケミスさんが工房に走り・・10分ほどで一人で帰ってきたときにはイヤな予感がした。

 「まさか、また腰が?」

 「よくおわかりで。」

 「レイアダーーーーーーン!!」

 またか。

 またなのか。

 もちろん今から絵師さんを探す余裕もない。

 「あ~~~~~~」私は半泣きになった。「私が塗るかあ~~~~~」

 それこそ十数年ぶりなんだけど。しかも筆。

 いいのか私。外交問題がかかっているのに塗っていいのか、私が。

 だけど、17歳の王太子様がここまで頑張ったのだ。アラフォーが逃げるわけにはいかない・・イヤ待て。

 「私・・カラー原稿、苦手だった・・」

 「か・・から?」

 「つまり・・色をつけるのが苦手ってことです・・特に筆を使うのは。しかも立体物に塗ったことは・・マジでないです・・」

 「・・・・・」

 私はガクッ、と床に崩れ落ちた。

 そんな。

 ここまできて。

 ここまできて、作品が仕上がらないなんて。

 私の怒りの矛先は、天をも恐れぬ方向に向いた。


 どれだけ腰を打てば気が済むのだ、レイアダン。

 軍神の割りにはセコい趣味だ、レイアダン!

 戦槌の無駄使いだ、レイアダン!!

 たわむれに腰を打つんじゃない、レイアダーーン!!

 心の声で罵ってみても、色が塗れるわけではない。

 でも・・でも・・!

 「・・レ・・イアダン・・レイアダン、許すまじーーーー!!ふざけるなあーーー!!」

 「オ、オリータ、よさぬか、神にそのような不敬を・・」

 「神だろうが何だろうが、滅多矢鱈に人の腰を痛めつけていいはずがなーーーーい!!軍神だか知らないけど、やっていいことといけないことがあるわーーーー!!」

 『まったくです。』

 「うぬ?」

 振り向くと、なんだか空気がきらきら輝いていた。

 金色の粒子が柔らかく降りてくる中に、女性が一人立っている。

 色白の肌に健康的なバラ色の頬、足まで伸びた金髪は緩やかに波打ち、先端に行くに従い桃色のグラデーションになっている。瞳は若葉色から青、オレンジがかった金色に緩やかに変化し、形の良い唇は口紅もしていないのにほんのり赤い。歩くと、白地に金色の陰が付く服がゆらゆらとドレープを作り、羽織るマントは花と果物の刺繍が見事だった。もちろんものすごい美人だった。

 ・・が、今の私は相手の美しさに、そして突然現れたことに驚く心の余裕はなかった。

 「ですよね!マジで、ガチで困るんですよ!」

 私はこれまでの経緯を、一気に見ず知らずの女性にまくし立てた。

 「とゆーわけで!今日中にこのルシッサちゃんに色塗りして、ローエンさんに引き渡さないと、王女様が大変なことになるんです!!」

 女性の顔が曇った。

 『そんなことにまでなっていようとは・・ボイダンをきつく叱っておかないと。ああ、ボイダンはわたくしの甥なのですが、父親の戦槌を勝手に持ち出し遊び歩いて・・帰ってくるなり、空の下の偉そうな奴らの腰に戦槌を見舞ってきた!などと言うものだから、心配になってきてみればこの有様。』

 「戦槌の管理、なってなくないですかね?」

 『返す言葉もありません。常々父親である弟に、あの子には油断しないよう言っているのに、末っ子なので甘やかしてばかりで・・先日も私の胸をももうとしたので、張り倒したばかりなのに。』

 「何という悪ガキ・・」

 『その通りです。詫びと言っては何ですが、その像、わたくしが色を塗ります。』

 「マジですか?!絵の経験がおありで?!」

 『うふふ。これでも、技芸を司るものなので。ああ、筆はいりません。』

 女性は像を手に取り、その表面に指先を滑らせた。

 すると、指先の通り過ぎたところにあざやかに紺色が延びていく。濃き薄きも自由自在、陰影もハイライトも、金色のアクセントも完璧に施した。

 今まではただの粘土にしか見えなかったルシッサちゃんに、ふくよかな頬が、なめらかな肌が、流れるような髪が生まれる。目はきらめき、薔薇は香りが漂うかのようだ。

 「すばらしい・・めっちゃいい・・なんか魂入ったみたい・・」

 『うふふ、よかった。』

 しかも、

 『腰の辺りをもう少し削って・・腕はもう少し長めにして・・左足も右足に沿わせるようにもっと曲げて・・』

 などと、造形の手直しまでしてくれた。

 『気に入って?』

 「いやあ、もちろんですよ!!ねえ、王太子様?」

 「・・・・・・・・え・・ああ、うむ!す、すばらしい・・」

 感動薄いなあ。

 それとも、自分の作品のあまりの変わりように、言葉も出ないってところかな?

 『では、わたくしはこれで。今日はボイダンにみっちりと言って聞かせねば。』

 「お疲れ様です。どうもありがとうございましたー!」

 女性は金色の粒子に包まれてふわりと消えた。

 「いやあ、よかったー!誰だか知らないけど、精霊さんとかな感じですかね?きれいだし、腕はいいし、ラッキーでしたね、王太子様!」

 「・・・・・うむ。」

 やはり感動が薄い。疲れてるのかな?

 「王太子様、少し休みましょう。あ、ケミスさん、ローエンさんに連絡してくれます?こっちは準備完了ですって。」

 「・・・・・・・は、はい・・」

 隠し部屋の戸口に顔を出していたケミスさんも、なんだか反応が薄い。と言うか、鈍い?

 同じく戸口にいたカルセドくんは呆然と立ち尽くし、エリオくんは口が半開きだ。

 「どうしたの・・?皆さん。」

 「オ、オリータ様・・よくあんなふうに話せましたね・・」

 ケミスさんが言った。冷や汗をだくだくかいている・・なんだかイヤな感じ。

 「も・・もしかしてあの人、なんか・・めっちゃ偉い人?」

 「偉いというか・・神話の記述からいけば、今の御方は多分・・愛と豊穣と技芸を司る女神フロインデン様です。」

 「え。」

 女神様、とな?

 「甥御様が持ち出したのは、その子のお父様の戦槌ということでしたよね?で、甥御様は戦槌を腰に見舞っていたと・・それはすなわち“レイアダンの戦槌”で・・戦槌はレイアダンの愛用の武器ですし、フロインデン女神様とレイアダンは姉弟でいらっしゃるのでして・・」

 姉弟?あの美人さんがレイアダンのお姉さん?

 「・・・甥御様を悪ガキとか言ってしまったよ・・」

 「女神様も納得しておられたので、そこは・・まあ、いいのではないでしょうか。」

 いやはや、はっは、とケミスさんが冷や汗だくだくで笑う。

 「そ、そうだな、人の腰を打ちまくるのだから、単なる悪ガ・・いたずら坊主だ。」

 「今、表現を和らげたでしょ、カルセドくん。」

 「ちなみにオリータ、フロインデン女神様は我がヴェルトロア王国の守護神だ。」

 王太子様がはっはっはと笑いながら言った。

 「守護・・神・・」

 今や私も冷や汗をだくだく流していた。疲労でぼけた頭でも、なかなかご無礼だったなあという判断は付いた。

 「ちょ・・ちょっと寝ようかな。」私は立ち上がった。「きっと夢だったんだ、女神様。ふふふふふ。」

 「そうとも、悪ガキと言ったのもきっと夢だ、オリータ。ははははは。」

 「いや、そこでダメを押さなくても王太子様、ふふふふ?」

 「戦槌の管理がなっていないとも言っていたな、ははははは。」

 「そんなことも言いましたね、ふふふふふ。」

 私達はよろよろと隠し部屋を出た。

 ふふふふ、はははは、と笑いながら・・

 記憶はそこで途切れる。


 ボイダンは今度ばかりは父親にも叱られました。

 どこかで声が聞こえる。

 ああ、大丈夫、無礼だなどと思ってはいませんよ。

 声がそう言って、うふふ、といたずらっぽく笑った。

 それからほわん、と暖かくなった。


 目を開くと、金髪が見えた。

 クローネさんだった。

 「ああ、折田さん、よかった!なかなか目覚めなかったので、カルセドが心配して陛下の治療から帰るところのミゼーレ様を捕まえてくれたのです!」そう言ってぎゅっと手を握ってくれた。「折田さんにもしものことがあれば、日本の旦那様やお子さん達に申し訳が立ちません!」

 「何言ってるんだい、このあたしが癒やしを施したんだよ?回復しないわけがないじゃないか。」

 起き上がると白い法衣が立っていた。

 大神官ミゼーレさんだった。

 「すみません、お手数おかけしまして・・」

 「なあに、陛下や宰相殿のついでだ。王太子殿下ももう元気さ。」

 「そうですかあ、よかった。ん?宰相殿って言いました?」

 「ああ、宰相マースデ殿も“戦槌”を食らってね。でも、これで理由がわかったよ。」は、と息をついて笑うミゼーレさん。「レイアダンの末息子ボイダンと言えば、やんちゃで有名だ。うちの神官長も2人やられたよ。しかし、腹が立つねえ。偉い御方ばかり狙ってるって割りには、なんであたしは平気なんだ。これでも大神官だよ?貫禄が足りないのかねえ。」

 確かに・・ヴェルトロア王国中の神官の頂点に立つのが大神官さんということなので、狙われてもいいはずだ。

 「それらしい気配はなかったのか?」

 野太い声がした。

 見れば部屋の真ん中にテーブルが置かれ、ローエンさんがその横に立っていた。私の向かいのソファには、カルセドくんと王太子さんが並んで座っていた。王太子様も元気そうで、目が合うとにっこり微笑んでくれた。

 「心当たりはあるんだけどね。10日ばかり前、格闘術の修練中に何かが周りをうろちょろしてるんだよ。虫だと思って手で払って、手応えはあったのにどこにも死骸は落ちてなくて・・まさかねえ。」

 そのまさかだ、とその場にいた全員が思ったと思う。

 やって見せた動作からすると、鋭い裏拳を見舞ったようだ。

 「まあ、陛下に宰相殿、神官長2人、彫刻師と画家、そこなクローネの父を初めとする騎士団や文官達の重鎮、おそらく“マウステンの塔”のナラハも被害者だ。これだけやらかしてりゃ、少しくらい痛い目に遭ってもいいだろうさ。」

 「え・・陛下や彫刻師さん達以外にも被害者が・・え?クローネさんのお父さん?」

 「はい、父も“戦槌”を食らいました。」

 「いや、そんなあっさりと。」

 「いいえ、油断していた父が悪いのですよ。脇が甘かったのです。」

 「お前、実の父君にも厳しいな・・」

 カルセドくんが呆れる。ここで私はあることに気づいて口にした。

 「ところで、ローエンさんて大丈夫だったの?」

 私の素朴な疑問に、ものすごく嫌そうな顔でローエンさんは答えた。

 「結界をはっとったからな。」

 「貫禄足りないからじゃなかったのか。」

 「やかましい。そういえば大神官殿。ツボルグの特使はどうなった?“戦槌”を食らったと聞いたが。」

 「ああ、あの小うるさい侯爵かい。腹が立つから癒やしのふりをしたら、ヴェルトロア王国の神官は治癒が下手だとかぬかしたんでね。国へ帰って癒やしてもらえって言って、あんたお手製の湿布を貼って放置したよ。」

 おおー、と誰ともなく声を上げ拍手がおきた。この大神官様、見てくれといい、口調といい、なかなか頼もしい姉御肌な人である。

 「あ、エリオくんとケミスさんは・・」

 「小姓の子は癒やしてやったよ。まだ11歳だってのによく徹夜を耐えたもんさ。今は自分の部屋でお休み中。魔導師の弟子も同じく癒やされて休憩中だ。で、今度は師匠の魔導師の出番ってわけ。」

 「と言うと?」

 「近くで見てみなよ。」

 言われてテーブルに近づくと・・

 テーブルの下には黄色の光を発する魔方陣がゆっくりと回転していた。そして、テーブルの上には、例の花瓶。箱に入り、私とケミスさんで仮止めしていた上半分が下半分に乗せられていて、そこに何か小さな褐色のものがわちゃわちゃと・・

 「かわいいだろう?それに働き者でさ。」ミゼーレさんが言った。「これが地の精霊ってヤツだ。だろ?魔導師殿。」

 うむ、とローエンさんは偉そうにうなずいた。


 それは手のひらほどの大きさの子ども達だった。肌の色は褐色、豊かな髪も濃淡の違いはあれ、概ね同じ色。耳は長い、いわゆるエルフ耳。様々な色の皮でできた服を着て、花瓶に乗っかって手を当てている。

 よく見るとやっていることは3つ・・まずひび割れの上に、ペち、と手を当てる。次にそのままジーーーーーーっと待つ。大丈夫かな?と思った頃に、おもむろに手を当てたところをスリスリ撫でる。それがすむとヒビが消えているので、次の場所に移る。そしてまた同じ動作を繰り返す。

 「待っているだけのようだが、断面を土に戻し、再び高温で焼きしめておる。最後に表面をなでて破片同士をなじませ、ヒビを消す。鍛冶や冶金、陶芸を得意とする地の精霊ならではの技だ。」

 「はあ・・」

 ぺち、ジーーーッ、スリスリ。

 ぺち、ジーーーッ、スリスリ。

 ぺち、ジーーーッ、スリスリ。

 ぺち、ジーーーッ、スリスリ。

 「あら、かわいい♫」

 「あんたもそう思うかい?」

 私とミゼーレさんは頬を緩ませて精霊達の作業に見入った。

 これはいつまでも見ていられるヤツだ。

 いつまでも・・

 「はっ!今何時?!」

 「あと3時間で夜明けだ。」

 もう一度地の精霊達を見た。」

 ぺち、ジーーーッ、スリスリ。

 ぺち、ジーーーッ、スリスリ。

 ふと見れば、傍らにもう一群れの精霊達がいた。こちらは何かの周りに正座してジーーーーーーーーーッと手を当てているだけだ。その何かは、あのルシッサちゃんだった。

 「ルシッサ像を花瓶と同じ磁器に変成しておる。それが澄んだ後に花瓶本体に接着する。」

 「・・・間に合いますかね。」

 「「「「「・・・・・・」」」」」

 皆同じことを考えていたらしい。

 「ちなみにローエンさん、もうちょっと強力な精霊は・・」

 「磁器に焼くには1200から1400度の高温が要る。それを操りながら周囲に何の被害も及ぼさぬ、これが高位の精霊の証だ。」

 「なるほど・・」

 それは失礼しました。でも・・

 「間に合わなかったときのために、母上と姉上が父上や重臣達と対策を協議している。まあ・・何とかなろう。」

 王太子様がことさらに明るい口調で言う。

 「でも・・国王陛下も宰相様も・・他にも何人か腰をやってるんでしょ?」

 「大丈夫です、折田さん。皆様、ソファやベッドを執務室に持ち込み、寝ながら会議なさってます。神殿の神官方がついていらっしゃって痛くなると癒やしを施し、ローエン様のお弟子さん方が湿布を貼り、2日間ポーションを飲みながら寝ずに話し合いをしておられます。」

 「うわあ・・」

 そっちはそっちで別次元の修羅場が展開していた。ぎっくり腰を抱えながら不眠不休の会議って、どんな罰ゲームだろうか。

 「全く、面倒ごとを持ち込んでくれたもんだよ。こちとら建国以来の専守防衛、よそ様に侵攻なんて考えたこともない国だってのに。25年前のガルトニとの最後の会戦だって、あっちから手出ししてきたことだったし。」ミゼーレさんは鼻を鳴らした。「さて、王太子殿下、私はそろそろ神殿に戻ります。フロインデン女神への祭祀がありますので。」

 「うむ。世話になった。会議に参加している神官達にも、適度に休むよう言っておいてくれ。ああ、それから・・フロインデン女神には私が篤く感謝していたと・・良い学びを得たと、お伝えしてほしい。」

 「あ、私も。手伝っていただいてお礼申し上げます、とお伝え下さい。」

 「承知いたしました。では。」

 ミゼーレさんが去り、クローネさんも腰を上げた。

 「私も折田さんの無事が確認できたので、いったん詰め所に引き上げて少し眠ります。」

 「うん、ありがとね、クローネさん。」

 「クローネ、おれも眠いな。」

 「寝ればいいだろう。」

 塩対応でカルセドくんを交わし、クローネさんは出て行った。王太子様がぽん、とカルセドくんの肩に手を置く。

 「カルセド、そなたもご苦労だった。もう寝ていいぞ。」

 言った顔が苦笑しているので、クローネさんとカルセドくんのことは知っているようだ。

 折り目正しく礼をしてカルセドくんは去って行った。

 で、私と王太子様とローエンさんの3人になる。

 「ローエンさんは・・寝なくて大丈夫?」

 「・・・・・・」

 「ローエンさん?」

 王太子様が近づいた。

 「立ったまま寝ている。」

 「え!」そう来たか。「や、魔方陣は?!」

 魔方陣はテーブルの下でゆるゆる回転を続けている。精霊さん達もぺちジースリスリと働いている。

 「もしやこれの力か。」

 王太子様がローエンさんの右手を指さした。 

 杖を支えに器用に寝ている主の代わりに、指輪“リンベルク”がビカビカと忙しく光を放っていた。

 「魔導師殿の修業時代に妖精の女王からもらった至宝と聞くが・・」

 「健気によく働いてますね。」

 「うむ。」

 で、私達ももう少し眠ることにした。

 不安はあるが、もうできることはない。

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