第9話 歯車は動き出す

-3069.10.26-


「今日の労働者の配属内容は、私に決めさせてくれないか?」


 二週間前、ロムルは労働管理局を訪れ、局長に異例の申し立てをしていた。全世界の労働者の労働内容を管理し、配属を決定する場所だ。しかし総督が直々に配属を決定することは、1000年というデクトリアの長い歴史の中で、未だかつて一度も行われたことがなかった。その初めての出来事に、局長は驚きを隠せない。


「そ、総督様がですか?いやしかし、ここまでの作業、お手を煩わせるわけにも……」

「上に立つ物として、諸君らの仕事を体験したいのだ。どうか、今日だけは譲ってはくれないかね?もちろん、謝礼ははずもう」


 パチンと指を鳴らすと、側に居た秘書のエレナは手元の端末を局長に見せた。局長の顔色が青くなる。そしてすぐに、その顔に笑みが戻ってくる。表示されていたのは、余生を一生遊んで暮らしていたとしても、おつりが帰ってくるほどの金額だった。


「その額を、是非支払わせてくれ。もちろん、責任は私が持とう」

「もちろんですとも!では、その助力をさせていただき……」

「その件に関してはご心配なく。私がサポートさせていただきますわ」


 局長の申し出を、エレナは素早く断った。彼女の敏腕さは、局長を丸め込むには十分すぎた。いとも簡単に手早く、私の方が上手くやれると、自身の優位性を説き、局長を休ませることに成功したのだ。臨時休業が決まった局長は、浮き足だってその場を後にしていった。


「総督殿、館内の職員への伝達、完了いたしました」


 局長と入れ替わりで入ってきたのはガランドだ。局長への説得をしている間、他の局員に、どうかこの部屋に入ってこないでくれと通達していたのだ。今、この時間、この部屋に入ってこれるのはロムル、ガランド、エレナの3人だけ。これで、ラスカを秘密裏に処分する算段がついたことになる。


 計画は簡単だった。まず、ラスカを嗜好品生産工場の第5工場に配属する。第5工場は果実を用いた煙草の生産工場、と表向きではなっているが、実際はアヘンを練り込んだ依存性の高い煙草の生産工場だ。もちろん工場内はケシの匂いであふれ、入った人の判断力を鈍らせてしまう。またラスカは12歳、まだ体は十分に成長しきっていない。こういった物の影響をもろに受けてしまう。成人よりも判断が出来なくなるだろう。


 次に、敢えて型落ちしたマッシャーを使わせる。これは非常停止機能がついていない。一度巻き込めば、すべて潰すまで止まらない危険極まりない物だ。判断力が鈍った彼が巻き込まれることは容易に想像できる。


 そして、そこに管理官としてガランドを配属する。配属はすれど、監視業務を行わない。事情を知っている彼ならば、間違えても助けるなんてことはしないだろう。すべて済んだのなら、事故死で処分すれば良い。こうすることで、誰のせいにもならずに、ラスカを事故死で処分出来る。完璧な計画だった。


-3069.11.26-


 一月がたった後もロムルはいらだっていた。自ら立てた計画が、小娘の気まぐれで瓦解したからだ。それが彼のプライドを深く傷つけていた。完璧な計画を打ち砕いたのは他でもない、マキナだ。しかしそれだけでなく、怒りの矛先は、幸運にも生き残ったラスカにも向いていた。


「総督殿、妻が言った言葉は忘れてください。私達が忘れてしまえば良いのです」


 心中を察したガランドはロムルにそういった。ロムルをこうさせたのは他でもない、自分たちなのだから。自分たちジェンドール家が直々に申し立てた結果、あの小娘の気まぐれを起こしたからだ。しかし謝罪の言葉を掛けても、ロムルの機嫌は治まらない。苛立ち声でロムルは訪ねた。


「やつへの教育は?」

「身体懲罰を含めた指導を行っております。こちらを」


 ガランドの手元には映像端末。そこには、エレナに何度も体をぶたれている、痩せこけたマキナがいた。現実離れした白いワンピースは埃と血で薄汚れており、労働者と遜色がない。綺麗だった肌には痛々しいミミズ腫れや痣が残っている。あれだけ希望に満ちていた目も深く濁り、唇が切れて血が流れている。神様だった頃のマキナは見る影もなくなっていた。これ以上無いほどの仕返しだ。が、怒り心頭のロムルにはこれが物足りなく見えた。


「まだ生ぬるい。食べ物は?」

「一日一度、死なない程度の簡素な物を」

「与えるな!これは私へ反抗をした罰だ。一週間に一度でも人は死なん。例え死んでも、私が生き返らせてやる」

「では配球ペースを遅らせます。食料と言えば……」

「何だ?」

「寒期に突入しました。食料制限を掛けるべきでは?」


 世間は旧暦11月に突入し、各地で降雪が確認されることも多くなっていた。今の時代、冬の寒さで食物が育たないなんてことは無いが、やはり量は左右される。今年の収穫量は特に少なく、食料の配給に制限を掛けなければならないと危惧されていた。確かに、デウスもそう提言していたな。


「それもそうだ。配給量の割合を1:4:5に分割しろ」

「労働者が1で?」

「そうだ。労働者が1。一般階級には4。そして我々には5だ。食わせてやっているんだ。その程度でも構わないだろう」

「それが……」


 ガランドが口をつぐんだ。今期の食料収穫量はエレナから聞いていた。その量が正しければ、全国の作物の収穫量の1割で労働者15億人を賄いきるのは非現実的であり。餓死者が出る可能性が十二分にある。ガランドがこの事実を伝えると、ロムルは大きく舌打ちをした。デウスのデータによると、今期の労働者の死亡率は大きく低下している。いつもであれば、こんなに労働者が生き残っていることは珍しい。おそらくロムルの知らないところで、治療や蘇生をおこなっていたのだろう。だからか、例年より食傷の消費量が多くなっているのだ。あれもこれもすべてあの小娘のせいだ。


「このまま行けば、選抜を行わなければならなくなるかと……」


 選抜、労働者の人口を一定にするため、無作為で選ばれた労働者を一般階級に押し上げる、一種の救済措置だ。人口を均一に保つことで、食料の供給量を一定にし、労働者たちの意欲につなげるために行われる特殊制作だ。もちろん、この政策は今までにほとんど行われたことがない。労働者を一般階級に押し上げるメリットが、一般階級、または支配階級にないからだ。


「なぜネズミどもにそれをしなければならん!」

「お気持ちは分かります。ですが、このままだと、支配階級の配給量を減少させなくてはなりません!」

「ただ蔓延っているだけなのに、一丁前に食料を消費しおって……。穀潰しが……」


 悪言を吐いた直後、ロムルは少し考え込み、そしてガランドに向けてにやりと笑って見せた。ロムルにある案が降りてきたのだ。悪魔的で、外道な、人が行えるとは思えないアイデアが。


「ガランド、マキナを呼べ。お前達の直々の申し立てと食糧問題、同時に解決してやろう」


 その笑顔はなにより恐ろしく、まるで人間の浅ましい獣の本性をむき出しにしたようなものだった。



☆……☆……□……□


 久しく訪れた「箱」には、我が物顔で決断を下すロムルがいた。かつていた居場所のはずなのに、今じゃ全く違って見える。それもそうだ。ラスカを自分の意思で治療してからずっと、拷問に近い仕置きを受けてきたからだ。自己主張すればするだけ平手で殴られ、ひどいときには乗馬用の鞭も使われた。与えられる教育も洗脳に近く、労働者の価値を否定するような内容だった。不幸にも、自分の正義を持ってしまったマキナは、自分の思う正しさと上層部に求められる正しさの差に、心も体も蝕まれていった。おそらく「箱」が全く違って見えたのは、自分の心が変わってしまったからだろう。


「機械と人類の共存という大義名分のために、私の一族はわざわざ人を使う機械を造り出した。未熟な人部分に、言う事を聞かせ、我が一族に永遠の安寧を得られる、というのが本音ではあるがな。分かってくれたか。何度も言っているが、お前達マキナは私の道具だ。全世界を、私の支配の為に。私達デクトル一族のために管理してくれさえすればそれでいいのだ。なのに、なぜか思い通りに行かない。それはなぜだろうな?」


 我が物顔で「箱」に居座るロムルがつぶやきながらマキナの方を見る。その目には不思議と怒りがなかった。


「全権を私に譲渡させるべきだった」


 ロムルがぽつりとつぶやくが、マキナは何も言わなかった。呼び出された理由は鍵だ。なぜかデウスは、マキナが所有しているデータの閲覧権をロムルに譲渡しなかった。ロムルはデータ検索を掛ける事が出来ず、全てを見ることは出来なかった。そのためにマキナを呼び出したのだ。


「マキナ、仕事だ。私がこれから言う条件に当てはまる労働者をすべてピックアップしろ。条件は……」


 マキナは無言で、開けられた席に座ると、自分に与えられた仕事をこなし始めた。そこに希望はなく、まさしく”機械仕掛け”。文句も言えなくなったマキナはただ淡々と、対象者を選んでいくのだった。


 地区を選択し、該当者を検索し、リストに記名する。選択し、検索し、記名する。選択し、検索し、記名する。選択し……。


 リストアップした名前に、ジェンドール=ラスカと見えた気がしたが、意思を持ってはならない。マキナはその名前を無視をすることにした。

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