第32話 北へ

「お願いだぁ! 私の顔を見るなぁあああああ!」


 眠るセリスを連れ出し、町の離れまで来てから三時間。

 ようなく目覚める眠り姫。

 

 俺とミューズは呆れながらセリスの目覚めを待っていたのだが……

 セリスは目を覚ますや否や、俺たちが顔を見ているのに大混乱。

 錯乱状態で建物の裏に隠れる。


「おい……俺たちは仲間だろ。それじゃ不審者に対する反応じゃないか」


「不審者だったら殴り殺しているところだ! 私の鎧はどこだ? 仮面は!?」


「……【収納空間】に保管してるけど」


「ならすぐに寄こしてくれ!」


「取りに来るの? 行けばいいの?」


「途中で置いてくれ!」


 微妙な距離感を指示するセリス。

 俺は肩を竦め、そしてちょうど中間地点辺りに仮面を置く。


「ほら。これでいいだろ……って、やりとりが悪人同士の取引みたいになってない!?」


「はたから見ればそうとしか見えませんね……」


「どう見えても構わん! 顔さえ見られなければ構わんのだ!」


 両手で顔を覆い、走るセリス。

 どこのお嬢様だよ、とツッコミを入れたくなるよう身構え方。


「あ――」


 するとセリスは何も無いところでつまづき、そして前のめりで倒れてしまう。


「痛た……ハッ!?」


 俺とバッチリ目が合うセリス。

 彼女の顔が赤くなる赤くなる。


「みみみ、見るなー! 今だけ目を潰せー!」


「目をつぶるだけでよくない!? 指示があからさまに残酷すぎるんだけど!」


「これがあのセリスさんですか……? あの強いセリスさんなんですか!?」


「そうなんです。これがセリスさんなのです。鎧を着ている時は強くてカッコいいのにね。顔を見られたらこのざまだよ」


「無様で悪かったな!」


「そこまでは言ってないんだけど」


 セリスはすでに半泣き状態。

 本当に戦士なのかと思う程可愛い表情。

 鎧着てる時は中で人が入れ替わってるのではと思うぐらい別人である。


 左手で顔を隠しながら右手で地面を探るセリス。

 そしてとうとう仮面を見つけ、それで顔を覆い隠す。


「ヴァイアントに向かう前に少し買い物に行こう」


「さっきまでのことを無かったことにしようとしてる!? え? いきなり変わりすぎじゃありませんか!?」


 身の変わりの早いこと早いこと。

 俺たちの前に立つセリスはもう別人。

 堂々たる態度で凛とした姿勢。

 さっきまでの混乱していた美女はどこ行った。

 

「本人はこれで問題解決したと思ってるんだ。ソッとしておいてやれ」


「私を可哀想な目で見るな」


「見てない見てない。だからさっさと買い物に行くぞ」


 俺は呆れて歩き出す。


「あの、フェイトさん……買い物するなら真逆ですよ。そっとは町の壁しかありませんから」


「…………」


「フェイトは方向音痴なんだ。わざとではないようだし、許してやってくれ」


「さっきまでの自分のこと忘れるなよ!? 人のこと言える立場じゃないんだぞ、セリスは!」


「何の話をしているんだ? ほら、行くぞ」


 俺がため息をついてセリスの横を歩き出すと、ミューズが後ろで笑い出す。


「なんだか面白いですね、お二人は」


「「お前もな」」


 俺たちは同時に言って。

 ミューズもミューズで自分のミスのことは忘れてるんだな……


 商店のある通りまでセリスについて行くと、彼女は一軒の武器屋へと足を運ぶ。

 【神器】があるのに、いまさら武器なんて必要?

 

 一体セリスが何を買うのかと眺めていると、彼女は一本の短剣を手に取る。


「『銀の短剣』……これにしようか」


「そんなの必要ですか? セリスさんには【神器】があるのですから、いらないんじゃ……」


「念には念を。持っていても邪魔にならないし、もしもの時のためさ。【神器】を失う可能性だってあるわけだからな」


「ああ、なるほどな……じゃあ後でそれに【付与】してやるよ」


「ありがとう。助かるよ」


 『銀の短剣』を購入し、そしてとうとう俺たちは町を出ることにした。

 町の北側から出て、広がる草原を眺める。

 新鮮な空気を肺一杯に吸い込み、そしてセリスに頷く。


「ヴァイアントに向かおう」


「セリスさんのご両親の敵を探しにですね……」


「ああ。アンボルタンファミリー……必ずこの手で仇を取ってみせる」


 セリスは自身の両親に誓うかのように、天を見上げる。

 清々しいほどいい天気。

 距離はあるが、しかしこれならいい気分で目的地まで進めそうだ。


「モンスターが出現する。特にミューズは気を付けろ」


「は、はい……」


 セリスの言葉に不安そうな顔をするミューズ。

 だがそんなミューズの肩に手を置き、セリスは言う。


「しかし心配することはない。何があっても私が守ってやる」


「あ、ありがとうございます!」


 口元が露わになった仮面。

 セリスの桃色の唇は優しく微笑む。


「俺も守ってやるから、大船にでも乗った気持ちでいてくれ」


「はい! お二人がいれば安全ですね!」


 そして俺たちは北へ向かって歩き出した。

 セリスの復讐を果たすために。

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