第8話 【付与の書】

 クールな女性だと思っていたけれど……今はクールさの欠片も無い。


「そ、そんなジロジロ見なくてもいいだろぉおおお!」


「いや、ジロジロなんて見てないから」


「み、見てる! 目を見開いて私を見てるじゃないか!」


「いや、半目ですけど。ジト目なんですけど」


 ダンジョンの中だというのに、夕焼けに照らされたように真っ赤なセリス。

 物々しい鎧をつけておいて、なんだその顔。

 可愛いじゃないか。


 セリスはバッと起き上がり、地面に置いてあった兜を装着する。


「では行くとするか」


「切り替え早すぎだろ! さっきまでの慌てぶりはどこ行った!?」


「慌てる? 私が? 幻でも見ていたんじゃないか?」


 幻にしては記憶が鮮明すぎるのですが。

 ま、いいけどさ。


「セリスの両親……村の敵の連中の名前は?」


「アンボルタンファミリー……ゲス極まりない悪党の集まりだ」


「聞いたことはないな……まぁいい。とりあえずここを出たらそいつらを探すことにしよう」


「……いいのか?」


「当然さ。仲間の敵は俺の敵。仕返しするなら俺も協力するよ」


「私が嘘をついているかも知れないんだぞ?」


「俺はセリスを信じる。仲間を信じるって決めてるからな」


「……仲間思いの良い奴なんだな」


 まぁ、仲間を信じて裏切られましたけどね。

 でも、それでも、あいつらを信じたからこうしてセリスと出逢えたんだと思う。

 あいつらを信じてこのダンジョンに来たからこそ、新しい仲間と巡り合えたんだ。

 そう信じておこう。

 そうしないと悲しみと怒りが抑えきれないと思うから。


「では、私たちも【神器】がある方へ急ぐとしよう。早くしなければ、あいつらが持ち帰ってしまう。【神器】を手に入れてあいつらが強くなればいいと考えていたが、今は私たちの手元に欲しい」


「なら、大丈夫だろ」


「大丈夫? どういう意味だ?」


 俺はコーラを取り出し、喉を潤しながら続ける。


「【神器】は使い手を選ぶ。【神器】に意思があるなんて言い方したりするだろ? 

なら、あいつらには何が起ころうとも手に入れられない運命にあるはずだ」


「なるほど……だが、一つ盲点があるぞ」


「盲点?」


「ああ。あいつらが【神器】に選ばれるという可能性だ」


「その点も問題無いだろ。どう見ても【神器】に選ばれるような器じゃないさ」


「ふっ。確かに」


 セリスは少し笑い、そしてゆっくりと歩き出す。


「…………」


 ゆっくりというか、緩慢というか……

 女性にしては大きすぎる『全身鎧』。

 その見た目は巨体を誇る男性にしか見えないほどだ。

 そんな鎧を装着しているので、当然動きは遅くなる。


「どうした?」


「ああ。ちょっと待ってくれないか」


「?」


 セリスは立ち止まり、俺の方を見る。

 俺は【収納空間】から一冊の本を取り出す。


 【付与の書エンチャントブック】――

 それはアイテムに【付与】させる能力が記載されている本。


 これは倒したモンスターの種類や数、自身の成長などに影響され使用できる能力が増えていく物だ。

 モンスターは仲間が倒してもいいらしく、今現在それなりの能力が記載されている。


 その中から今のセリスに合う能力を選択し、そして俺は一つ頷いた。


「よし。これを【付与】するとしよう」


「【付与】……? なんだそれは?」


「今からそれをお見せしよう」


 右手に【付与の書】を持ち、左手でセリスの鎧に触れる。

 すると【付与の書】とセリスの鎧が同時に輝きを放ち――彼女の鎧に力が宿る。


「……これは……軽い! どういうことだ?」


 先ほどまで鈍い動きをしていたセリス。

 だが俺の【付与】によって変化が起き、彼女は軽い足取りで動いてみせる。


 セリスの鎧に【付与】したのは【軽量化】。

 身に纏う鎧の重さを軽減する物である。

 しかし実際の重量に変化はなく、彼女が歩く音は重々しいままだ。

 防御力などは下がることなく、使用者の重さだけを軽減するという優れもの。 

 こんなことできる奴、そうそういないよ?


「凄い能力だな……まさか、戦えるだけではなくこんなことまでできるとは……フェイト。お前の【ジョブ】はなんなのだ?」


「俺? 俺は【アイテム師】だ」


「【アイテム師】……?」


「ああ。嘘偽りなく、最弱のジョブ、【アイテム師】だ」


 彼女は唖然としている様子。

 顔は見えないが固まってしまっている。

 まさか彼女まで【アイテム師】だからパーティ解消なんて言わないよな……?

 そんなことされたら落ち込んで死んでしまうぞ。

 責任取ってくれるのか?


「ふ。面白い奴だ。高い戦闘能力を持ち、信じれらないようなスキルを持つというのに【アイテム師】なんてな……こんな心強い【アイテム師】なんて聞いたことがない」


「心強い?」


「ああ。これからお前みたいな奴が隣で戦ってくれるんだろ? これほど頼もしいことはないよ」


 彼女の声は真っ直ぐだった。

 素の声が冷たいので少し勘違いしそうになったが……温かい声。

 

 ようやく本当の仲間に出逢えたのかな。

 俺は彼女の肩に手を置き、笑みを浮かべる。


「じゃあ、行くとするか」

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