ノラ猫、捕まる

 実はアタシ……元ノラ猫。近くの公園を隠れ場にしていた。小さかったアタシは、同じくらい小さい、茶トラのオス猫といつも一緒にいたの。


 親猫のことは覚えていない。気がついたら公園で寝泊りしていた。どこかのおうちの猫から生まれて捨てられたのかもしれないし、ノラ猫が生んだ猫かもしれない。


 ともかく、その茶トラと仔猫同士で協力して生きていた。都心の住宅街は、一見、エサに困りそうに思えるけど、意外と大丈夫。


 猫好きなお宅は意外と多く、姿を見せるとそっとに庭や玄関にエサを置いてくれる。あからさまには置けないみたいで、こっそり物陰に置いてくれるって感じだけど。


 大人のノラ猫とエサ争いになることもあったけど、いくつか固定のエサ場を確保してなんとか生きていけてたって感じ。


 そんなある日、ここのお宅の玄関前を横切っていたら、幼稚園の息子さんに見つかってしまったの。


「あっ、綺麗な猫!」


 息子さんが指さしたので、アタシは急いで逃げた。


「本当。どこかの家の飼い猫かしら」


 というママさんの声が聞こえた。そう、アタシは意外と綺麗な毛並みをしているのよ。


 どうやら外国の猫の血が混じっているらしく、グレーで艶々つやつやの毛並み、丸くて大きな瞳。純粋な日本猫とは見た目が違う。


 幸か不幸かそんな毛並みのせいで、このおうちに住むことになったの。


 次の日、うちの前を通ると、小さいお皿に美味しそうな食べ物があった。ラッキーって思ってすぐに食べちゃった。


 新しい餌場、発見! トラ猫にも教えなきゃって思ったの。


 その晩、公園でトラ猫に教えようかと思ったけれど、言わなかった。あまりに美味しいお食事だったので、もう一日、独り占めしようと考えたの。


 翌日。アタシは意気揚々と、おうちの前にやってきた。同じようにお皿にお食事。でもちょっと様子が違う。


 何だか、網でできた箱の中にお食事が置かれていた。見た事がない物だと思ったけれど、公園のフェンスも同じような感じだから大丈夫と思ったの。


 お食事、お食事~とその網の箱に入った途端、ガシャン。中にある板に乗ると入口が閉じた。あっさり捕まってしまったわけ。音を聞きつけて、玄関から人が出てきた。


 ママさんと息子さん。アタシは怯えて檻の中で震えていたっけ。


「きっと、飼い猫よ。だって毛並みが綺麗だもの」


 とママさん。


「飼ってる人が、きっと心配してるね」


 と息子さん。


 そうか、アタシが逃げた飼い猫だと思ったのか。違うんだけど。余計なお世話なんですけど……とその時は思ったっけ。


 アタシはおりに入れられたまま、部屋の隅に置かれた。


 しばらくして、パパさんが帰ってきた。


「な、なんだ!?」

 

 パパさんが驚くところを見ると、ママさんと息子さんは話していなかったらしい。


「綺麗な猫ちゃんなので、絶対、飼い猫。飼い主が心配していると思って捕まえちゃった」


「でも、どうするんだ?」


「写真を撮って、自治会の会報に乗せてらうわ。あとは近所のスーパーに張り紙をしてもらう。猫、預かってますって」


 大きな勘違いだ。アタシは何だか人の言葉が分かるみたいだけど、話しはできない。違うと伝える方法はない。


「もし見つからなかったどうするんだ?」


 パパさんが尋ねる。


「じゃあ、うちで飼う!」


 息子さんが大きく手を上げる。


「飼うって……そんなに簡単にはいかんぞ……」


 パパさんは困りが顔だ。まあ、いざとなれば外にポンと放り出してもらえばそれでいいんだけど。


 それにしても暖かい。冬なのにこんなに暖かいところがあるなんて、その時まで知らなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る