第30話 危機と再会と

「ミント~、ミント~!」


 暗い森の中で大声を上げてミントを探す紅雄。

 ライカが悪いとはいえ、自分も全くフォローができなかった。彼女を引きとめもしなかったことを反省し、探しに出ているが、ミントの姿は見つからない。・


「ミント~! ったく、あいつのことだから、そこまで遠くに行ってはいないと思うのだが、一体どこに行ったんだ?」


 バチッと稲妻が走る。


「いない。森中を探し回ったんだけど、どこにもいない」


 ライカだ。彼女は『疾風迅雷グローム・アクーラ』を使い、周囲を捜索したが、見つからなかったようだ。


「そんな馬鹿な、本当に探したのか?」


 ライカの能力があれば、一瞬でどこへでも行ける。捜索に最適な能力だ。彼女でも見つめられないとしたら、相等遠くに行っているか、あるいは一見するとわからない場所に隠れているかだ。

 岩場の陰に身を縮めて隠れているのだとしたら、一瞬で通り過ぎるライカに発見は難しい。


「仕方がない、『疾風迅雷グローム・アクーラ』を使わないで地道に探そう。この辺に洞窟とか、隠れることができそうな障害物が多そうな場所とかはなかったか?」

「洞窟はなかったけど、山とか崖はある。岩が結構多い、そこらへんかも。君が使ったような大きな石はなかったけど、一回り小さいやつはごろごろ落ちてたから、人一人隠れるならそのぐらいのサイズで十分だ。そこかもしれない。山に行こうか。それとも崖? あそこも結構石が多かったよ、山ほどじゃないけど」

「ストップ。あんたって『疾風迅雷グローム・アクーラ』使うと早口になるのな。こっちが話す暇もないわ。とりあえず山だ。山に探しに行こう」

「OK、一緒に行く?」


 ライカが手を伸ばす。『疾風迅雷グローム・アクーラ』で一緒に山に行くかという誘いだ。確かにそれを使えば、時間はかなりの短縮になる。が……、


「言っただろう、俺は、もう、二度と『疾風迅雷グローム・アクーラ』は使わない」

「ふぅん、残念」


 ライカは残念そうに唇を尖らせる。


「……ぃ、お~い!」


 男の声が聞こえた。


「誰か呼んでる?」

「この声、グラントか?」


 村の方角から、グラントがやってきた。全身汗だくで走ってきたようだった。


「お~い、ライカ様! ベニオ! こんなところにいたのか。探したぞ」

「どうかしたのか、グラント。俺たちミントを探していて、忙しいんだけど。急いでないなら後に……」

「急ぎどころの話じゃねぇ! すぐに村に、いや、谷間の道へ行ってくれ!」


 顔を上げたグラントは必死の形相をしていた。


「何かあったのかい?」


 何か深刻な事態が発生したのではと、ライカが顔を引き締めて、戦闘態勢に全身を入らせながら尋ねる。


「ゴブリンだ! ゴブリンの本隊がやってきたんだ!」


            ×    ×   ×


 ミントのことは気がかかりだったが、紅雄とライカは森を抜けて谷間の道へ向かった。

 木でできた要塞が見えてくると、ちらほらと武装した村人たちも見えてくる。


「ビオ村長! ライカ様とベニオを連れてきました」


 グラントの報告を受けて男衆の先頭に立っていたビオ村長が振り返る。


「来たか、どこ行っておったんじゃ?」

「タイミングが悪いんだよ。ミントがいなくなった」

「何?」

「森の中にいる。遠くには行っていないと思うけど……クソッ」


 ビオ村長の横を通り、草原を見つめる。

 草原には黒い鎧を着た緑色の鬼たちが埋め尽くしていた。横一列に並び、長槍を高らかに天に向けている部隊を先頭に、後方に恐竜のような、映画で見たヴェロキラプトルのよう小型の恐竜のような生き物に乗った騎兵が控え、その奥には前回の先遣隊に一体だけいた大型のゴブリンの部隊が控えていた。ゴブリンの武器は鎧だけではなく、攻城用の投石器と移動式のやぐらまで用意してあった。


「大部隊だな……」


 一つの村を責めるには過剰すぎる戦力だ。


「早くミントを探しに行きたい、ライカ。頼めるか?」


 一騎当千の守護十傑聖騎士ガーディアンパラディン様に丸投げする。彼女は『疾風迅雷グローム・アクーラ』を使えば一時間と経たずに全滅できると豪語したのだから、早速やってもらう。


「ああ、天気も悪いし、すぐに終わらせて村に帰ろう」


 言われて気が付いた。

空は暗く、すぐにでも雨が降ってきそうな曇天だった。ゴロゴロと雲の中で雷もなっている。

雨が降ったら厄介だ。森の中で雨に遭遇するというのは結構危険だ。足が滑りやすくなるし、場所によっては土砂崩れの危険がある。


「そうだな、雨が降る前に……くそ、もう降ってきやがった」


 紅雄の頬に小粒の水が落ちてきた。まだ本降りじゃないが、そろそろ一雨きそうだ。


「念のため聞くけど、『疾風迅雷グローム・アクーラ』って雨が降ると性能が落ちたりしないよね?」


 水をかけられても平気だったので、多分大丈夫だとは思うが、紅雄はライカに確認した。

 ライカはニヤリと笑い、


「逆、逆だよ。紅雄。雨雲は雷を生むだろう。その雷は、私の力になる」


 ゴロゴロと、雨雲の中で雷が発生する。それが雨雲の声のようで、ライカに応えたように紅雄には聞こえた。


「じゃあ、ライカ、頼む。一瞬で、な」


 ライカの体から稲妻がほとばしり始め、


「了か……」


 やがて静まっていった。

 異常事態が発生した。


「何だあれは……? いや、何者、だ?」


 ゴブリンの軍団の先頭に黒い鎧を着た男が出現した。


「いたか、あんなやつ? いや、いなかったのなら、いつあそこに来たんだ?」


 鎧の男はまさに煙のように出現した。

 村人たちも、紅雄もゴブリンの集団を警戒してみていた。敵なのだから、少しでも情報が欲しいと目に入るものは必要以上に注目する。ゴブリン一体一体の武器の細部まで見ていたのだ。だから、違和感があるものには必ず気が付くし、そこに集中する。だが、誰も大剣を背負い、黒炎のような鎧を纏った男など見逃すはずがないのだ。


「ライカ、あれが何だかわかるか?」

「…………」

「ライカ?」


 ライカの返答はない。

 横目で彼女の顔を見ると、目を見開いて震えていた。まるで、鎧の男に恐怖しているように。


「あ、いつは、黒い鎧の男……なら、聞いたことがある、男が一人いる」

「誰だ? お前の知り合いじゃないだろうな」


 外見からして騎士といえなくもない黒い鎧、可能性は低そうだが、守護十傑の一人かと若干冗談交じりで尋ねた。


「私のじゃない、君の知り合いだ、紅雄」

「俺の?」

「あいつは『異能騎士団アルタクルセイダーズ』の一人。『陽炎のショウ』だ」

「⁉」

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