第27話 予兆と称賛と
視界が真白から彩りにあふれてくる。
まず目に入ったのは赤いカーテンがかけられた金縁の窓。そして、高そうな彫刻入りのタンスと、赤い
「オェェ……」
「おっとぉ! ここでは吐かないでくれよ。床が汚れると、その、非常に、困る。ハハ」
危なかった、ライカが手で押さえてくれなかったら紅雄は床にぶちまけていた。
「だって、あれすげぇ酔う……」
「やれって言ったのは君だろ?」
「ごめん、これがあるのをすっかり忘れていた。もう二度と御免だって思ったんだった」
ライカに背中をさすってもらって、何とか吐き気をこらえる。
「ああ、もういい、落ち着いた」
気分が少しだけ良くなったところであたりを見渡す。
高級そうな部屋だ。どこかのお屋敷の一室の様だった。
「ここは?」
「私の部屋」
「は⁉」
「ストレリチア家の屋敷内の私の自室だ。ここぐらいでいいだろ? 遠くって言ってもあまり遠すぎるのは面倒だし」
「ってことは……」
窓に駆け寄り外を見ようとして辞めた。
「何やってるの?」
外の景色を見ないようにしてライカに向き合う。
「ってことは……ここは王都?」
「当然、私の家だもの。王都パーティクルだよ」
「国外れの村から首都の王都に入るっていう重要なイベントをこんなあっさりとこなされた! ファンタジーでは滅茶苦茶重要でうわ~、この世界の街ってこんなに賑やかなのねって感動するイベントなのに! ゲームだったら絶対力が入ったムービーが入ると頃なのに! それをお前!」
「君が何を言っているのかわからないし、何で怒っているのかもわからない」
怒る紅雄を理不尽だと肩をすくませる。
たくさんのRPGをこなしてきた紅雄にとって王都へ初めて足を踏み入れるというのは、世界の広がりを感じさせる大事なイベントである。それをこんなにあっさりと、問題も何も解決していないうちにこなされては溜まったものではない。
「あんたと旅行したら絶対に楽しくない!」
「代々『
「風情のない一家め。まったく、まったくだよ、全く」
そんなことよりと左手の青いボールを机の上に置いた。
「『
『
「お~い、見ろ、いい眺めだぞ」
窓の外へと身を乗り出しながら、ライカが紅雄を誘う。
「こっちが実験してるときに何やってるんだ。見ねぇぞ。俺は絶対にまだ、王都を目にしねぇ、そんな重要なイベントさらっとこなされてたまるか」
唇を尖らせ、振り返るライカ。紅雄と共にパーティクルの街を眺め、感想を言い合うというイベントをこなしたかったが、紅雄はそっけなかった。
「実験? 何の?」
「これだよ。俺の『
赤いボールをライカへと投げる。
「実験は成功、『
そしてキャッチする寸前にまた入れ替える。
青いボールに変わり、ライカの手に収まる。
「おお、君の能力は本当にすごいな。流石の異能だ」
「ほめすぎだ。どうせしょぼい能力だと思ってるんだろ?
「そんなことはない。本当に応用が利く素晴らしい能力だと心から思っている。能力名はなんだか、チンポジを入れ替えるだけみたいで変えた方がいいと思うが」
「ん? お前今なんつった? ぶっ殺すよ。人の能力名でとんでもないものを連想して言葉にしただろ? 本当にぶっ殺すよ」
青筋を立てる紅雄をライカは完全に無視した。赤いボールを指でくるくると回す。
「触れて、『
「あぁ、そう言われれば確かにそうか。爆弾をいきなり相手の懐に持っていくこともできるんだからな……そうだな、言われてみれば補助として非常に役に立つな」
ライカは満足げに頷く。
「うんうん、私のパートナーとして君はやはり最高だ。君がいれば『疾風迅雷』も更なる進化が見込めるかもしれない。今は『ポジション・チェンジ』と『疾風迅雷』のいいコンボ技は思い浮かばないが。まぁ、君なら考えつくだろう」
「あぁ……ハハ、ビジネスパートナーとしてなら、そう呼ばれても構わないけど、まぁいいコンボ技を考えておくよ」
苦笑して紅雄は答えた。
恐らくだが、『
「やっぱり、もっとチートな能力が良かったなぁ」
「ん? 不満? 『
ボソッとつぶやいた紅雄の弱音を、ライカは聞き逃さなかった。
紅雄は自嘲気味に笑った。
「不満に決まってるだろう。他の二年一組、そういやこっちじゃ『
この世界に来て、自分がずっと自己嫌悪に陥っていた。神から見捨てられた気分だった。どうしてこんなしょぼい能力を、しょぼい能力しか与えられなかったのか。
「紅雄、自分を卑下するな」
「卑下するよ。こんな応用は聞くかもしれないけど、他のやつより劣っている」
「卑下するな」
ライカはまっすぐ紅雄を見つめていた。
自嘲して、半笑いの表情を浮かべていた紅雄だったが、ライカの真剣な目に笑いが引っ込む。
「紅雄、君の能力は素晴らしい。だが、それは誰もが同じだ。人間は与えられた手札で勝負するしかない。自分の力が小さいと思っている君は、相手を一見すると強大に見てしまうかもしれない。実際は相手も同じように限られた手札で勝負し、強く見せかけているだけなんだ」
「そんなことはないだろう。あんたに勝てたのだって、あんたが油断してたからで」
「その油断を突けたのは、君の能力のおかげじゃないのか? 『右手に触れたものと左手で触れたもの』を入れ替えるという小さな能力と私に思い込ませ、自分でもそう思っていたからこそ、私に油断させることができた。そして、何より」
ライカは立ち上がり、紅雄の胸に拳を当てた。
「その油断を突けたのも、君が諦めなかったからだ」
諦めたら死んじゃうからな、当たり前だ。そう反論しようと思えばできた。だけど、紅雄はなぜだか、反論したくはなかった。
「紅雄。君には君の戦い方がある。そして、それは決して卑しいものじゃない。君らしい立派な戦い方だ。私に勝ったようなな」
「………ほめすぎだ。運が良かっただけさ」
照れて鼻を掻く。
「考えろ、紅雄。君の能力は考えてこそ、活きる」
「……考えろ、ね」
なんか、前に全く逆のことを言われたような気がするが、あれは誰に言われたんだったか。
思いだそうとしても頭に浮かんでこなかったので諦めた。
「さて、そろそろ帰るか……あ」
手をライカに伸ばしたところで思いだした。帰るとなると、またあの『
「忘れていたようだね。帰りもあるよ」
ライカは紅雄の手を取り、
「ちょっと待って、心の準備が」
バチッと閃光が走り、視界が真白に染まる。
ライカはにべもなく『
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