第19話 勝機と屈辱と

 紅雄の手が、雷衣サンダークロスに伸び、その左手はがっちりと琥珀色のスカートを掴んだ。


「『紋章エンブレム』!」


 紅雄が握っていた場所に「L」の紋章が刻まれ、


「な……ッ!」


 紅雄が能力を発動させて、ようやくライカは思いだした。

 こいつの能力は『右手で触れたものと、左手で触れたものを入れ替える』力。


 だが――――思いだしたところでもう、遅い。


「『交換チェンジ』!」


 「L」の紋章が刻まれたサンダークロスと「R」の紋章が刻まれた物と入れ替わる。

 紅雄がにやりと笑う。彼の左手に握られているのは、先ほど水をかけようとしたときに紋章を刻んだ剣。

 そして、


「……ぃぃっ」


 ライカは下着姿になっていた。白いブラジャーとパンツ、それにガーターベルト付きのストッキング以外は何も身にまとっていない。肌色多めの格好。

 ライカは恥ずかしさのあまり手で胸とパンツを隠し、その場にへたり込む。


「ってなことをしてる場合じゃない! 雷衣サンダークロスは⁉」


 羞恥で頭を染めたのも一瞬、すぐに切り替え、雷衣サンダークロスの位置を探した。

 琥珀色のドレスは酒場の床の上に落ちていた。ライカから二メートルほど離れた場所。

 ライカは雷衣サンダードレスに向かって飛びついた。


「おっと」


 が、ライカの手が届く寸前で横から雷衣サンダードレスをかっさらわれた。


「残念でしたぁ~」


 紅雄が雷衣サンダードレスを手に、ライカににや~と笑いかける。


「返せ!」

「返せと言われて返す馬鹿はいねぇよ」

雷衣サンダードレスをどうするつもりだ⁉」

「どうすると、思う?」


 挑発的な目をライカに向ける。

 ライカの頭に、最も考えうる中で最悪の想像がよぎった。

 紅雄の逆の手には剣が握られている。


「まさか……!」


 さっとライカが青ざめると、紅雄の左手が動いた。


「正解!」


 シュパパパっと紅雄の手の上で剣が煌めく。ジャガイモ剥き、家畜の皮剥ぎなどで覚えた包丁の腕を応用した、手慣れた手つきで剣を動かす。

 ズタズタに雷衣サンダードレスを切り裂いていく。


「あ……あぁ……」


 ライカは茫然自失となって、自分の下方がバラバラに切り裂かれているのを見ていることしかできない。


「ダ~ハッハッハッハッハ! 俺の勝ちだ! 守護十傑ガーディアンパラディンにぃ~超! 能力使いにぃ~この俺が勝ったぁぁぁぁ! 流石、俺! やったぁぁぁぁぁぁ!」


 雷光姫ライトニングプリンセスという雷と同じ速度を出す能力使い。それに勝ったという歓喜で、紅雄は飛び上がり、引き裂いた雷衣サンダードレスを天井に向かってぶちまけた。

 桜吹雪のように散っていく黄色い布切れを見ながら、ライカの目に、


「うぇ……」

「うぇ?」


 涙が、浮かんでいた。


「うええぇぇぇぇぇぇぇぇん‼ 私の、私のドレス~~! 御先祖様から代々受け継いだ大切な、大切なドレスが……うえええええええぇぇぇぇぇぇぇん‼」


 大声を上げて、ライカは子供のように泣いた。

 そんな反応をされるとは思わず、紅雄は戸惑った。


「お、おい、泣くなよ。マジ泣きじゃん、おい、悪かったって。泣き止んでくれよ。そもそも、あんたが俺を抹殺するとか言ったから……」

「子供の泣き声が聞こえたんですけど⁉ どうしたんですか⁉ 無事なんですか旦那様⁉」


 と、そこにミントをはじめ村人達が酒場に駆け込んでくる。


「酒場に逃げ込んでしばらくしたら、子供の泣き声と、お主の勝ち誇った声が聞こえたんでの、もしやと思い見に来た……が……」


 ビオ村長が言葉に詰まった。


「何をやっとるんじゃ……お主は……」


 酒場の中の光景を見て絶句していた。

 ほぼ裸で泣き崩れているライカ、足元にはびりびりに引き裂かれた彼女の衣服。そして、剣を持って、彼女の前に立つ紅雄。その手には黄色い切れ端が握られていた。

「あ、いや、これはその! 違う、何か誤解している!」

 どう見ても、婦女暴行の現場にしか見えなかった。


「旦那様……決闘にかこつけてライカ様を襲うなんて……そんな人だったなんて……」


 ミントがドン引きしていた。何をしても紅雄を肯定してくれていた彼女が引くなんてよっぽどだ。

 彼女から向けられる嫌悪の目に、紅雄は深く傷ついた。


「ベニオ何やってるんだ⁉」「最低!」「女の敵‼」


 村人から次々と非難される。


「違うって言ってるだろう! 仕方がなかったんだ、ちゃんとした決闘の仕方なくこうなっただけで、俺はライカの裸が見たくてひん剥いたわけじゃない。仕方なく、仕方なく紳士的に服を拝借して、自分が生き残るために仕方なく彼女の服を剣で仕方なく切り裂いた。それだけだ!」

「じゃあ、どうしてさっきは笑ってたんだ!」

「それは、勝利の余韻っていうか……」

「女の人を裸にして楽しんでいたんだろう!」

「んなわけねぇだろ! せっかく勝って生き残ったのに、何だよこの仕打ちは! 途中からあんたら若干悪乗り入っているだろう!」


 余りにもきつい村人たちの非難に、逆ギレする。

 言い争う村人と紅雄の脇を通り過ぎ、ビオ村長は床に散らばるサンダークロスだったものを拾い上げる。


「これは、ライカ様の雷衣サンダードレスじゃろ……?」


 ビオ村長の手は震え、表情も固まっていた。


「そうだよ。それを奪って壊したから勝てたん」

「ライカ様はもう『疾風迅雷グローム・アクーラ』が使えないのじゃろ?」

「当然だろ……あっ」


 ようやく、自分のしでかしたことの重要さに気が付いた。


「誰が、ゴブリンを倒すんじゃ……?」

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