第11話 焦燥と旅立ちと

 夜になり、酒場で紅雄は給仕をしていた。

 ビオ村長から話を聞いた後、暗い気持ちのまま働き、まだ気持ちの整理もつかないまま軍事訓練から帰ってきた男衆へ酒を出している。


「ベニオ、今日もうあんたはいいよ」

「おばさん……?」


 暗い顔を上げるとおばさんが心配そうに顔を覗き込んでいた。


「ごめんねぇ、きついだろう。あたしらがもうすぐ死んじゃうなんて。辛気臭くなるから聞かせたくなかったんだよ」


 自分が死ぬというのに、どこか他人事のように話すおばさん。自分たちが一番つらいだろうに、俺を気遣うな、紅雄は心の中で叫んだ。


「今日はあんたも宴に参加しな。覚えておいてくれよ。みんなのことを、あたしの名前も」


 くしゃくしゃと紅雄の頭を撫でるおばさん。


「忘れるわけないよ、クインおばさん」


 村の女衆で一番頼りがいがあって、一番世話焼きのふくよかなおばさん、クインおばさんのことを忘れろと言われても無理な話だ。


「ささ、行ってきな」


 クインおばさんに背中を押され、グラントたち男衆が飲んでいるテーブルへとやってくる。


「お、ベニオ、サボりか?」

「今日はもういいって。あんたらと話して来いって」


 紅雄はなるべく暗い感情を表に出さないように笑ってグラントの隣に腰かけた。

 グラントはコップにビールを注ぎ、紅雄に差し出す。


「乾杯」

「未成年だっつーの」


 一応乾杯はしたが、紅雄は中身を飲まずに脇に置き、テーブルの肉を食べ始める。


「うまいな」

「クインおばさんの愛情のこもった料理。当然さ」


 知っている。紅雄だってまかないでいつも食っている。だけど、今日はなぜか、その味が全身にしみわたる。


「グラント、勝てるの?」


 唐突にそんなことを聞いた。主語のない、曖昧な聞き方だ。ごまかそうと思えばどうとでもごまかせる。


「勝てねぇだろうなぁ」


 今日の天気を尋ねられたかのように、グラントは答えた。


「じゃあ、みんな死んじゃうじゃん」

「死んじゃうなぁ。ゴブリンが100体も来るんだ。それをなんとか退けたとしても次は本隊のゴブリンの一万の軍勢。絶対に死んじゃうな」


 先遣隊のゴブリンの数は百もいるのか。それでも勝てそうにないのに、耐えたとしても次は一万のゴブリンが……。


「国は? 国は何をやってるの? パラディウス王国だって軍はあるでしょう?」

「ある。伝令は飛ばしたが、一向に返事が返ってこない。見捨てられたんだよ俺たちは」

「そんな! 国が助けてくれないのなら、何のために軍があるの! この村だって税金は払ってるでしょ⁉ それでも、見捨てるの⁉」

「そういうもんだ、偉い人間ってのは。大のために小を切り捨てる。俺たちは、メイデン村は切り捨てられた小ってわけだ」


 グラントは肉を切り分け、小さく切った方を口に入れた。


「だけど、それは仕方ねぇんだ。今はどこの村もそんなもんだ。自分たちのところに魔王軍が来ても、王都は軍を派遣してくれない。ただ、侵略されるだけだって」

「………気に入らない」

「え?」


 紅雄はフォークをテーブルにつきつけた。


「どうしてこの村の奴らはどいつもこいつもそんなに聞き分けがいいんだよ⁉ どうしてどいつもこいつも諦めてんだよ⁉ もっとあがこうとは思わないのかよ‼」


 酒場中に聞こえるように、叫んだ。

 酒場にいた男衆や給仕の女たちも紅雄の声に驚き、ちらりと見やったが、すぐに視線を逸らして喧騒を取り戻していく。


「あがいてるっつーの、ボケ。だから、毎日俺たちは訓練してるんだろう」


 グラントにポコッと頭を小突かれる。


「あがいてねぇよ。気持ち諦めてんじゃん。本当に生き残ろうとは思ってないじゃん。生き残ろうと、思えよ……」


 涙が流れそうなのを必死でこらえている間、グラントは優しく紅雄の頭を撫でづけた。


              ×   ×   ×


 数日、紅雄はメイデン村で過ごした。

 どうやってゴブリンの軍勢を倒せばいいのか考えつつ、毎日訓練に出る男衆を見送った。考えても、考えても方法は思いつかず、自分の不甲斐なさを嘆いた。



 そして、遂にビオ村長から「村を出なさい。もう時間がない」と言われ、その次の日の早朝、ミントと共に村を出ることになった。



「元気でやれよ!」「体を大切にな!」「頑張りなよ!」


 クインおばさん、グラント、ビオ村長をはじめ、メイデン村総出で見送りされる。

 紅雄は複雑な気持ちだったが、手を振った。


「ああ、そっちこそ、元気で!」

「………アッハッハッハッハ!」


 何といえばいいか分からず、どうしても、彼らが死ぬことを考えたくなかった紅雄は「元気で」と言ってしまった。案の定、メイデン村の人たちには笑いとばされてしまったが、だけど、最後に笑顔が見れて良かった。


「それじゃあ、おじいちゃん、行ってきます」

「ああ、言っておいで、ミント。身体に気を付けるんだよ」


 ビオ村長がミントの手を握り締めた。

 初めてミントがビオ村長のことをおじいちゃんと呼んでいるのを聞いた。いつもは真面目に、村長の孫としてふさわしく振る舞い、ビオ村長に対しても敬語だったのに。


「うん、旦那様と一緒に、頑張るね」


 目に浮かんだ涙を拭いて、ビオ村長から体を離す。

 そうして、紅雄とミントはメイデン村を旅立った。

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