第7話 覚醒と笑顔と

 メイデン村の畑で、紅雄は汗をかいていた。


「ふんぬっ!」

「もっと腰を入れな、ベニオ!」


 ふくよかな中年女性にしかられながら、紅雄はクワを土に突き刺した。これがメイデン村で目覚めて一週間……紅雄が手に入れしてきた仕事だった。

 紅雄の能力がしょぼいものだとわかるとメイデン村の大人たちは紅雄を放置することにした。だが、紅雄が二日働きもせずにビオ村長の家で食っちゃ寝をしていると大人たちの逆鱗に触れたのか、一斉におしかりを受け、翌日から畑仕事を手伝わされることになった。


「あ、おばさん、男たちがまたどっか行ってるよ?」


 クワで土を耕している紅雄と村の女衆。彼女たちに手を振りながら、村の男衆は外へ向かっていた。


「ああ、そうだね。気を付けて行ってくるんだよ!」


 おばさんが男衆に声をかけ、男衆が「お~う!」と手を挙げ応える。


「あんたらの旦那は全く畑仕事も手伝わずに遊びに行ってるけど、いいの? 働かざる者食うべからずなんでしょ?」


 働くきっかけになったのはベニオをしかりつけている、このおばさんの言葉があってこそだ。「働かざる者食うべからず、とっととクワを持って働きな!」そう言われて蹴り飛ばされたものだ。

 それなのに、この村ときたら男衆は全く働かずに女衆に仕事を任せっきりにしている。それはいかがなものか。


「馬鹿言ってんじゃないよ、ベニオ。父ちゃんたちは外に大事な仕事をしに行ってるんだ」

「じゃあ、俺もあっちじゃね? 畑仕事よりはあっちの方が楽そうなんだけど」

「あんたはこっち、どうせあんたのしょぼい能力じゃ役に立たないんだから。あんたが行ったところでできることなんて何もないの」


 男衆へ着いて行こうとする紅雄の首根っこをひっつかみ、畑仕事に戻させる。


「しょぼい能力って言わないでくれる? 自覚はしてるけど他人に言われると傷つくんだから」


 そして、若干の不満を抱きつつも、紅雄は畑を再び耕し始める。

 ちなみに、紅雄の仕事は畑仕事だけではない。

 働かざる者食うべからずの心情の元、「畑仕事だけでは足りぬ、他にも仕事を回せ」と村人たちは容赦なく紅雄をこき使った。炊事洗濯、夜の酒場の給仕など、この村でやったことのない仕事なんてないんじゃないかと思うほどだった。


「つーか、何で、洗濯まで俺が……! 男で洗濯やってる奴なんて一人もいないじゃん!」

「口答えしてないで、黙って手を動かしな、ベニオ!」


 村中の男の服をおばちゃんたちと一緒に磨き続ける。畑仕事のすぐ後にこれで、手荒れがひどくなってきていた。それに腕の筋肉もつってくる。


「料理なんてしたことないのに! 俺は部活も入ってなくて友達と遊ぶのもずっと家でゲームしてたんだぞ!」

「意味わからないこと言ってないで、ジャガイモ剥きな!」


 日が沈む前には酒場のキッチンに行き、ひたすら食材を切り分けさせられる。その作業のほとんどがジャガイモの皮むきに使われ、


「つーか、ずっと、働きづめなの、おかしくない? 夜ぐらい休んでいいだろ……」

「働いてんのはアタシも同じだよ! とっとと男どもに酒を持っていきな!」


 そして、日が沈むと、外に出ていた村の男たちが帰ってきて酒場で給仕をさせられる。村の男たちが遠慮なしに紅雄を四方八方から呼びつけ、紅雄はヘロヘロになった。


「もういい加減にしてくれ! 異世界に来て村で強制労働させられるなんて! こんなのあんまりだ!」


 酒をテーブルに乗せ、手ぶらになったところで床に大の字で寝っ転がる。

 そんな紅雄の様子を大人たちは見下ろし、


「ギャハハハハハハハハッッッ!」


 大口を開けて笑い飛ばした。


「いや、ふざけんなよ! こき使いすぎだろ! つーか、女衆はともかく、男衆はいっつもどこ行ってるんだよ! 朝から晩まで村を開けてさ! 少しは仕事したらどうなんだよ!」


 メイデン村の男衆は畑仕事を女に任せっぱなしで、朝から晩までずっと村の外に出て、日が沈むころになったら帰ってくる生活を繰り返していた。狩猟でもしに行っていると最初のころは思っていたが、男衆が何か獲物を持って帰ってきたところを見たことがない。


「……あ~……」

「それは……なぁ」


 男たちが言ってもいいものかと互いに顔を見合わせる。


「何だよ? いつも、狩りに出てるけど、いつもボウズでしたなんて言うつもりはないよな? 狩りになんて行ってないんだろ?」


 彼らは村の外に出るとき、必ず槍や剣、弓矢を持って行っていた。だから、最初は狩りに行ってると思ってたのだ。

 そして、狩りについて聞いて、すぐに肯定せずにみんなで目で会議をしているところを見ると、絶対に行ってる先は狩りではない。


「そう、狩りに行ってるんだ」


 男衆の中でも比較的若めの男が、そう答えた。明らかな嘘だった。紅雄の目を見ずに適当に答えた感があった。だが、他の男衆もその嘘に乗っかった。


「そうそう、狩りに行ってるんだよ」「俺たちいつもボウズでさ」「ほんと女たちには迷惑をかけっぱなしだよ」


 そして、「ガハハハハ」と何が可笑しいのか、酒場にいた人間皆が笑った。


「そんなことより、お前の芸見せてくれよ」


 紅雄のすぐ近くにいた男が紅緒に二つの耳を落とす。


「……いや、見たいかコレ?」


 胸に落ちた耳を手に取る。勿論、耳といってもゴムでできた作り物の耳だ。それぞれ大きさが違い、一つは紅雄の耳とほぼ同じサイズだが、もう一つは非常に大きく、紅雄の頭ほどある。


「見たい見たい。いつものベニオが見てっみたい!」「いつものやつがみてみったい!」


 酒場中が「みってみたい!」「みってみたい!」とコールと手拍子をする。

 紅雄は仕方なしに立ち上がり、


「……じゃあ、この耳が」


 小さなほうの耳を付け、小声で「『紋章エンブレム』」と唱えて準備する。


「……『交換チェンジ』」


 能力を使って逆の手に持っている大きな耳と入れ替える。


「でっかくなっちゃいました!」


 紅雄の耳が一瞬で大きくなる芸に、酒場は沸いた。


「おおおおおおおおおっっっ!」「面白い!」「今日も決まってるねぇ!」


 村人の歓声を一斉に受け止め、手で拍手をやめるように制する紅雄。


「ありがとう、ありがとう、面白くは、ないぞ。一個も面白くはないからな。お前ら馬鹿にすんなよ」


 所詮は紅雄の能力がしょぼくてからかっているだけだとわかっているので、適当にあしらう。


「じゃあ次、これやれよ」


 そうやって投げ渡されたのは二つのボール。赤と青のゴムボールだった。


「……何すんの?」

「入れ替えれば?」

「『紋章エンブレム』『交換チェンジ』」


 言われたとおりに右手に握った赤色のボールと左手の青色のボールを入れ替える。


「おおおおおおおおっ!」「入れ替わったよ!」「スゲェェェ!」


「一個も凄くないわ! わざわざ能力使わんでもジャグリングでいくらでも入れ替えられるわ!」


 ごねながらジャグリングを始める紅雄。赤と青のボールが宙を舞うが、二個のボールのジャグリングなど別段難しくもなく、見ていて面白くもない。


「んなの誰でもできるわよ。三つでやりなさいよ三つで」

「わたたっ!」


 三つ目のボール。黄色いボールが投げ込まれる。そして、三つになった瞬間、紅雄の手元が狂い、落ちてくる青のボールを取り損なって、落とす。


「ああ………」

「ガッハハハハハハハハハハ!」

「だから、可笑しくねぇっつってんだろ!」


 何とかキャッチした二つのボールも、紅雄が怒りに任せて床に叩きつけた。

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