第5話 孤独と裏切りと

 ビオ村長から話を聞くため、紅雄はミントを連れ立って小屋を出て、メイデン村の集会場へと向かった。


 村の奥にある大きめのドーム状の建物。


 石畳で作られた地面の上を歩きながら、紅雄は周りから向けられる奇異の目に気が付いた。メイデン村の村民たちは皆、紅雄を見るなりひそひそと小声で話しはじめ、若干の怯えのこもった目を向けていた。

そんなに外から来た人間が怖いのかと紅雄は辟易しながら集会場の中へと入った。


「ようこそ、おいでくださいました。ささ、そちらへ」


 広いホールに招かれて、中央の座布団へと導かれる。紅雄がそこに座ると、すぐ横にミントも座った。


「あの、ここでないとダメですか?」


 ホールの中はピリピリした空気があった。というのも、中にいたのはビオ村長だけでなく、他の村の男たちもいた。彼らは紅雄を眉間にしわ寄せ見つめていた。

 完全に敵視されていた。そういえば、小学校のころ隣のクラスにずかずかと入り込んだ時、こんな目を向けられたなと漠然と考える。


「ええ、話をする場所、というものは重要です。その話が重ければ重いほど」

「そうですか。じゃあ、村長さん。聞かせてもらっていいですか? 俺の仲間はこの村を出た後にどうなったのか。つーか、生きてるんですか? 死んでるんですか?」


 一番気になる部分を直球で聞いた。

 ビオ村長はしばらく思案したように口を動かし続けた後、深く息を吐いた。


「フゥゥゥ……生きております。貴方のお仲間は誰一人欠けることなく」


 その言葉聞いた瞬間、紅雄は胸を撫でおろした。


「そっか、良かったぁ。いや、だったら勿体ぶらないですぐに教えてくださいよ。さっき村長さんの家で教えてくれれば良かったじゃないですか。こんな仰々しいところに連れてきて、それにこんな怖い顔した大人に囲まれた場所に連れてきて、人がわる……」

「お一人として欠けていないから厄介なことになっているのです」

「え?」


 ビオ村長はまた息を吐いた。今度は呆れを込めたような吐き方だった。


「フゥ……この世界は魔王に支配され、外に出れば魔王の眷属、魔族と遭遇し、人ならば簡単に食い殺されてしまいます。貴方たちの世界と違い、そのことは理解されてますかな?」

「はぁ……まぁ……」


 大体、よくあるファンタジーゲームやファンタジー小説にある世界設定だ。


「魔王の勢力は年々増すばかりで、人族の住む場所ももはやこのパラディウス王国ののみとなり、他の人族の国は滅ぼされてしまいました」

「結構絶望的な状況なんですね……」

「絶望、的、ではなく。絶望ですな。パラディウス王国は強力な軍隊を持っているにも関わらず防戦一方。王都には五大魔法を極めし十人の聖騎士パラディンがいるのですが、その方々も全く敵わず、年々、村々が滅ぼされております」


 この国の魔王が強力だといった神の話は本当らしい。普段自分がやるゲームよりもひどい状況だ。


「その聖騎士パラディンってどのくらい強いんですか? 一人で十人一気に相手できるぐら」

「一人で一千万のゴブリンを全滅できますな」

「滅茶苦茶強いじゃないですか」

「それなのに勝てないのですよ。貴方たちのおかげで」

「………ん?」


 俺たちの、せい? 何で急に矛先がこちらに向けられたんだろう。

 よく見れば、ビオ村長も糾弾するかのように紅雄を睨みつけていた。


「あなたのお仲間、二年一組と名乗っていた『ワタリビト』の集団は、あなた以外皆! 魔王側に寝返りました……!」

「んんんんんんっ⁉」


 全員、寝返った? 魔王に?


「二年一組は『異能騎士団アルタクルセイダーズ』と名前を変え、魔王の配下としてこの国に侵攻しております。彼らの使う異常で無慈悲な能力に我々は一切太刀打ちできず、パラディウス王国も滅ぶのも時間の問題かと言われております」

「…………」


 紅雄は頭を抱えた。


「全員? 俺以外?」

「そう申しました」

「全員チート能力を持ってるんですよ? そんな奴らがこの世界の人類に牙を向いているんですか?」

「だから、そう申し上げました」


 頭を抱えたまま深く沈み込む紅雄。ビオ村長の「チート能力とは何かわかりませんが」という言葉も耳に入ってこない。


「ああ~……マジか……えぇ~……洗脳でもされたのかなぁ……? 皆、敵になったかぁ……そっかそっか……」


 ちらりと周りを見る。大人たちが敵意を向ける理由が分かった。そりゃ敵に寝返ったやつらの仲間がいたらこんな目をするわ。


 「じゃあ、俺も寝返っちゃおうかな」とは、冗談でも言えない。


 言った瞬間皆が槍を持って殺しに来るだろう。それに、ミントは三ヵ月もの間ずっと見知らぬ自分を看病してくれたのだ。そんな彼女に義理立てもせずに去ることは紅雄の中の何かが許さない。

 紅雄は頭を上げる。


「うちのクラスメイトが本当に申し訳ありませんでした!」


 そして、勢いよく頭を下げる。


 日本式の最終懇願姿勢さいしゅうこんがんしせい————DO☆GE☆ZAだ。


「謝って許されるか!」「お前らのせいで何人の人間が路頭に迷ってると思ってる!」「こっちは謝って欲しいんじゃないんだよ!」


 床に頭を擦りつけながら、大人たちの怒号を一身に受ける。謝りながらも、自分が悪いことをしたわけじゃないんだから、ここまで言わなくてもよくないかと思いつつも、紅雄は床から頭を離さなかった。

 怒号の中、気になることを言っている大人が一人いた。


「こっちはあんたに世界を救ってもらいたいんだよ!」

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