第20話 寂しき心に友達を

 俺はセレンがどうして魔道具の修理をそこまでお願いするのかを調べてくる事をメイ婆に提案した、メイ婆からはあまり無理強いはするなと言われたが無論する気はなかった。


「っ到着......と」


 全然慣れないわ、くたくたになるしこの後帰りにも通るのだからキツイ、セレンはとんでもないスタミナの持ち主だろう。


「セレン、お菓子持ってきたぞ」


 家の前でそう叫ぶ、ノックしても意味はなさそうだから。


「少しだけ顔を出してくれないか」


 昨日ああいう事をやらかしたから出にくいのかもしれないな、仕方ない、いったん戻って――


「......」


 あんまりに静かに開かれたものだから思考が止まってしまった。


「......何よ」

「いやさ、魔道具をよく修理に来るらしいから、ほら保管方法とかでも耐久性変わるだろ?うん、保管方法について調べておいた方が良いかなって、あ、俺の考えねこれ」


 言葉が下手くそすぎるな、急なものだったから余計に変になっている気がする。


「......メイ婆から言われてたのね?」

「ぅ......どうだろぉ」

「いいわよ、別に......怪しいって思ってるのでしょう?」

「......いや違う、心配してんだよ」

「どうして心配するのよ、あたしはこう見えてもうすぐ100歳よ、わかる?メイ婆なんて年下、あたしが心配する事はあっても心配される筋合いはないの」


 セレンはそう言い切った、強くそう主張した。


「お前が魔道具を直してもらってる中には同じ魔道具があったりするらしい、どうしてそんな事をしてる?」

「別にどうでもいいでしょ、お金は払ってる」

「俺はその話聞いた時にふと思ったんだ、あぁこの人ってもしかして修理を言い訳にして会話してる寂しがりではって――がッ!?」


 いきなり魔法をぶっ放してきやがったッ、風の魔法を俺に直接ッ!


「――寂しいッ?知った口きかないで、アンタとなんて会ってまだ一月も経ってないじゃないッ!」

「ちょっ、風を止め――」

「良い!?よく聞きなさいッ叡智の民セレン=サタナックは寂しがりじゃないわ!」

「風ぇ――」

「アンタとは人生経験の差が全然あるのよ、何偉そうにお説教かまそうとしてんの、このバカッ」


 反論は出来なかった、だって風の魔法で口を塞がれてるし......ただ寂しがりなのは図星だったみたいだ。


「少し人肌恋しいって思う事の何がいけないのッ」

「べ、別に責めてる訳じゃ――」

「出ていけ――『風霊送ふうれいそう』」

「待っ――」


 まるで持ち上げられるかのように風が吹きあがった。


「わぁぁ!」


 そしてそのまま地面に――


「――ッと?」


 直撃する直前にもう一度風が吹き上がったおかげで痛みはあまりなかった。

 ドアは締め切られてしまい、たぶんこの感じだともう出ないだろう。


「......明日また来るからな、あ、お菓子おいておくから、中身崩れてたらお前の所為だから文句は言うなよ」


 適当に買っておいたお菓子の袋をドアの前においてそのまま退散する事にした。


 ■


「人肌が恋しいねぇ、まぁそんなんだろうとは思ってたけど」


 セレンに吹き飛ばされ、何があったのかをメイ婆に説明していた。


「そうかい、あの娘は寂しいのか」

「......しょうがない、あんな所で独りはキツイだろ」

「......まぁ大体わかった、おいアキラ」

「なんだよ」


 メイ婆がニカぁと怪しげに笑う。


「お前が、毎日行けばいい」

「え」

「セレンが寂しいと思わないように救うんだよ、友達になってやれ、そしたらあの過剰な魔道具修理を求める事もそれなりに是正されるだろうさ」


 友達になるのは構わないが、セレンにそれを言っても『いやよ』って言って終わりそう。ただ彼女の性格は少しは分かってきたつもりだ


「......直接言わなければいいんだよな、友達になってくれって」

「わかってんじゃないか」

「はぁ......豊穣の森を行き来するとなると店番とか難しいかもしれないぞ?」

「そんな事心配してんじゃねぇ」

「......もしかしたら、付き合うかもしんないぜ?」

「はッ出来るもんならやってみやがれやッ」


 こうして俺はセレンの元へと通う事になった、片道約2時間弱、こんなの毎日やる羽目になった。


 ■


「ひぃ、ひぃ......はぁ、はぁ......セレン、昨日の事を謝りたくて」


 セレンの元へと向かったがまず彼女が俺に会ってくれなければ始まらない。


「すまない、もう少し気を付けるべきだった」


 ドアの前で誠心誠意謝る。


「......いいわよ、あたしも少し言い過ぎた......」

「あぁ良かった......」

「それじゃ」

「っと待った!」


 突然の大声に流石に困惑を隠せていないようだが、俺からしたらここからが本番だ。


「セレン、実は俺は色んな事が出来る」

「そう、なの」

「よし、どうしようか。あーよしコマだ、コマやるぞ」

「え、なんでコマ?嫌よ独りでやってて」

「せーのッ」


 まぁ俺はコマは下手くそだから出来ないんだけど。メイ婆の店に有った安い玩具の一つだ


「あちゃ、どうしたもんかな、上手い人いないかなぁ......ちら、ちら」


 メイ婆曰く、セレンがコマ回しをやってた所を目撃した事があるらしい。


「ふん、へたっぴ」


 そう言って彼女はドアを閉めた。


「......まさか、これを繰り返すのか......」


 これは骨が折れるだろう......。


 ■


「......セレンさぁん、お届け物でぇす」


 いつものようにセレンの家の前で待機する、俺がいると分かればいつか開けてくると俺は分かってるからだ。


「......」

「はぁい、こちらメイ婆が作ってるヘンテコ魔道具のチラシでぇす、色々な玩具がありまぁす、お買い求めの際は――」

「......しつこいわッ」


 扉を閉められた、ただ文句は言いつつもチラシはもらってくれた、結局人と心を通わすにはこういう地道な作業が必須なのだ、問題は道中がきつすぎることだが......。


 ■


 それから1週間、それなりに俺を受け入れて来たのか少しは会話も続くようになってきた。庭ではセレンが椅子に座りながら、俺はいつものように催しをする。


「今日は何する気なの?」

「セレン、見て見ろ。これはメイ婆の作った物だ」


 ステッキ状の棒を手に持ち。


「ワン、ツー、スリーッそぉら」


 ステッキからなんと花束がぁ......


「......次は?」

「へ?」

「次もあるんでしょ?手品」


 いやないっす。


「不器用でな手品は苦手なんだよ」

「じゃあなんでやったの......」

「いや、なんとなく......」


 流石にネタも無くなってくる、もうここに来るときはずっと何をしようか考えている。


「だからさ、手品はもうないんだ......」

「......残念ね」

「でも子供だましだろ?、叡智の民からしたら大したものではないと思う」

「......そう?あたしが村の子供にやってあげてたときは喜んでたけど」

「セレンはそういう事してたのか」

「......昔の話ね」


 セレンはそう言って悲しそうな表情をした。


「でもあたしよりも手品とか催し上手だった人がいたの、ロドアていう人、彼は頭が良かったのよ?第2のメルグリッダって呼ばれてたんだから」

「メルグリッダ......叡智の民を再興した賢者だったな」

「そう、でも村のみんなから裏切り者って糾弾されたの」

「え、第2のメルグリッダって言われた人を?」

「えぇ」


 かつて叡智の民が大切にしてきた秘薬をある人物と村の保護と引きかえに渡してしまったらしい。


「で、その密約は守られているのか?」

「......正直わからない......密約だって細かい事はわからない、大人たちが隠しておきたかった事なのかも」


 セレンはそこまで言って、少し目を逸らした。


「やだ......こんな事、どうして人に話してるのかしら......」

「人に飢えてたからじゃないか?町に来ても会話とかしてなかっただろ」

「何知った口で言ってるの......そんな事ない」


 いや、今見たいな感じでは絶対に話してなかっただろうな。


「あぁそうだ、前にセレンに似合いそうなアクセサリーを見つけたぞ、桜色でなまぁ綺麗なんだわ、お前の瞳と一緒だし似合うんじゃないかな?」


 そう、メイ婆が仕入れて来た掘り出し物、なんでも放棄されそうになっていたところ高く売れそうだと思って店に並べたという、それを俺が購入した。


「ぇ――」

「......あ、いりません?」

「いいえ、見せて見なさい」


 そう言われたのポケットに入れていた包みに入った髪留めを渡した。


「......中々じゃない......まぁまぁよ、イマイチだけど」

「評価をすぐに変えるな、いらないのかよ」

「――ふんッ!」

「え――」


 一瞬で『へ』の字、というよりは『Λ』の口になって、家に入っていくと思いきりドアを閉じられた。


「なんなんだ......」


 流石ひねくれ者って有名な彼女は伊達じゃない、もう少し時間がかかるか。


「これどうしよ」


 一応、髪飾りはドアの近くに置いておく事にした、俺が持ってても処理できないし。


 ■


 一月ほど経った頃、セレンが珍しい場所を案内してくれた。


「......アンタは特別よ、特等席で歴史遺産を目に見えるのだから」


 案内を受けていたのは家のはずれの地にあった地下通路。

 セレンが持つランタンが唯一の光の目印。


「叡智の民については大体知ってると思うけど、ここは叡智の民の歴史でも古い壁画が遺ってるの、ものすごく不気味な壁画がね」


「古いって......どれくらい?」

「わからないわ、すごくかな......」

「......」

「......」


 道は長いようで沈黙が生まれる。


「......そういえば、叡智の民の歴史の細かい年表とか全くで知らないんだけど」

「あら、そうなの?じゃあ――」


 セレンが説明してくれた、1000年前に活躍したという英雄の一人叡智王ヘルメス、彼が叡智の民の祖であり王、そしてこの世界の基盤を建て直した英雄の一人。

 メルグリッダの出生に関してはよくわかっていないが500年前には活動していたらしい。


「へぇ......」

「そろそろ.....あ、ほら」


 洞窟を抜けると少し広場のような場所に出た、そこには壁画が一枚。

 セレンが光を強めて壁画の全容が露わになる。


「......」


 黒い人型らしきものであることはわかった、それは赤い不思議な空間の中を茫然と立ち尽くしているだけ。


 不気味だった、赤と黒でほとんど済まされていたのは図書館のあの壁画と同じ。


「これが何なのかわからない、叡智の民はそもそもここにはあまり立ち寄らなかったから......」

「......不気味だな」

「でしょ、アンタも同じ感想で良かったわ」


 壁画の下には何やら文字が書いてあるが劣化していて読みにくい。


「『太古の悪魔』って書いてあるの」

「太古の悪魔......覇王とは違うのか?」

「似たようなものよ、覇王とか太古の悪魔なんて眉唾物だと思ってるわ」


 へベルナも言っていたな覇王は巨悪、英雄殺し竜殺し......しかしどうして覇王はそんな事をしたのかは聞いていなかった。


 セレンにその事を聞いてみると

「アンタ何も知らないのね、あたしも詳しくはないけど......いいわ教えてあげる」

 セレンは洞窟の帰り道に色々と教えてくれた。


 覇王、それは1000年ほど前に突如として現れ、世界の王であった竜と英雄を殺しまわり代わりに世界を支配しようとした存在、最終的に討伐されたもののなぜそのような事をしたのかは謎に包まれているらしい。

 覇王による秩序の破壊によって当時の大国は弱体化し各地で戦争が勃発していったという、この戦争は各地に波及していき群雄割拠の時代に突入。

 数多の歴史的記録は戦争に巻き込まて焼失していった。


「どう、勉強になったかしら」

「太古の悪魔は?」


 太古の悪魔は国を襲ったとか、都市を滅ぼしたという逸話が残っているだけで、その残っている逸話もかなり簡潔だったり欠文していたり、とにかく謎が多くてよくわからないというのが本当の所らしい。


「本当に神話とか伝説だな、どっちも同じ扱いなのか?」

「大体同じね、ただ太古の悪魔は文献とかは少ないから信じる人は少ないと思う」


 どうやら太古の悪魔と覇王、どっちもどっちだが、覇王の方が歴史的に登場する事が多いから信じられているようだ。


 そんな事を話していたら洞窟の出口に着いていた。


「この壁画の事、誰にも言わないでね?」

「......いいけど、そんなにまずいのか?」

「わからないけど......ロドアとかは大ごとにしてはいけないって」


 律儀だな、まぁいう必要性もないから言わないが。


「......そろそろ帰ろうかな」

「え、もうそんな時間なのね」

「あぁ、明日も来る」


 セレンは静かに笑みを浮かべ。


「えぇ、待ってるわ」


 そう言って軽く手を振ってくれた......


 やだ、もしかして俺に気が......


「いや、まさかね」


 俺って結構女に弱いから、ちょっと優しくされるとすぐに懐柔される、へベルナの時もそうだったよ、まあ結局彼女は誰に対しても優しい人だった。セレンもそう、彼女は本来優しい人、今まではずっと独りだったり誇りだったり責務がごちゃ混ぜになってたから、少し気が強くなっていただけだ。


「勘違いしたら痛い目見るからねぇ」


 気を付けないといけない。


 ■


「じゃ両親は北に行ってから、帰っていないのか」

「そう......だからあたしはずっとここを守ってきたのよ」


 ある日いつものように来たら彼女は外でお茶を飲んでいた、そこで誘いを受けて一緒にお茶を飲み、そして彼女の家族について話を聞いた。


「みんなどこかに行った。そして気が付いたら誰もいなくなってた」

「......両親との約束があったから守ってたんだろ?」

「......正直わからない、ぱ――父と母が大切だったのは本当。でも......もう会っていない時間の方が長いから......」


 セレンが完全に孤独になったのはほんの十数年前らしい、それ以前は数こそ少なくても辛うじて叡智の民は居たようだ。


「......あたしが頼られる事は正直少なかったし、村からも少し離れてたし......見たかもしれないけど、最後に出ていく人達と居残ろうとする人達が争った跡は村に残ってるわ。それが決定的になって村は滅んだのよ、あたしを除いて」


 彼女は自分を信頼して話してくれた、こんな事を人に話したい訳がないのに。


「......お茶、空ね?入れてあげるわ」


 セレンは空っぽのお茶を見てはよく注いでくれた。


 ■


「そうかい、セレンもだいぶ融和的になっているようだ」

「俺が頑張って通ってるからな、セレンも落ち着いてるぜ。俺が筋肉痛でダウンしそうになってもババァに無理やり行かされたし」

「へ、律儀に毎回出てくれてるんだから、お前は気に入れられてるよ」

「それはありがたい」

「それにお前わかるか?お前がセレンに会うようになってからアイツは此処に来てないんだ、お前の考えは合ってたんだ、それは素直に誇っていい。その所為でアタシの貴重な収入源はなくなったがねッ!」


 それは良いんだが問題はいつ止めるかだ、いやこれを毎日一月間はキツかったから普通に、セレンですらこんな苦行してないだろうよ。


「まぁ、もうすぐ今の関係は終わりかもね」

「終わり?」

「バウロスの野郎がもうすぐ帰ってくるらしいんだよ、噂ではあるがまぁ本当だろう」


 バウロス......誰だっけ?


「その様子じゃ覚えてねぇな、テメェんところのマスターだろうがよ」

「......あっ【晴天の龍スカイドラゴン】のギルドマスター・バウロス=アキ―スかっ」

「はぁそうだよ、全く」


 そうか、もうすぐ帰ってくるとなると......


「もうセレンと会う機会は......」

「少なくはなるだろうね、あそこを行き来するのには時間と労力がかかる、今までのようにアタシが融通する事も出来ない」

「そうか......」

「ある程度まで行けば時間も作れるけどね、初心者となるとまぁ無理だ」


 それはそれで寂しい、ようやく心が開き始めたと思うのにさ。


「いつ戻ってくるんだ?」

「1週間後だと話には聞いてる、お前も荷物は纏めておけよ前日には【晴天の龍スカイドラゴン】の使いが運んでくれるってさ」


「わかった......はそれにしても来週か......」


 何か嫌だな、永遠の別れという訳ではないとはいえ......


「結構仲良くなれてたんだぜ?セレンだって変わってさ」

「そうだね、ちょっとした出会いが人を変える、人生なんてそんなもんだ。ひょんな事で大きく変わっちまう、良くも悪くも突然な」

「そんなもんか」

「そうさ、ただね、そんな人生で大切なのが意志さ、仮に悪い方に転んでも意志があれば生きていける、ないなら。大体死ぬか、死んでないだけの人間になる」

「婆さん......案外熱血だな」

「かもね」


 とりあえず、明日、セレンには話しておかないといけない。

 もうすぐ今までのようには会えなくなることを。

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