お前と居る為に


「かりん、話がある」

 夜が明けるまでアサラと話していたシュウイチは扉を開くなり目を覚ましていたかりんに声をかけた。

「何ですか? お料理しているんですけど」

 朝食を作る後ろ姿のかりんをシュウイチは襲いたくなったがぐっと我慢した。

「終わってから。いや、今聞いて欲しい」

 分かりましたとコンロの火を止めてかりんはシュウイチの前に座った。

「もう一度言う。俺と結婚してくれ」

「はい」

 かりんは頬を赤らめ頷いた。

「アサラに話してきた」

「結婚のお話ですか?」

「それだけじゃない。俺は、にんげんをやめる」

「え?」

 かりんにとって寝耳に水の話だった。シュウイチは呆然とするかりんに話を続ける。

「かりん、お前とずっと一緒に居る為だ。お前との仔が欲しい」

「こ? こって?」

「子供だ」

「こども……。こども!?」

「でも、人間と動物って……」

「だからだ。だから俺は、にんげんをやめる。お前と同じになる。同じになりたい」

「でも、そんな事」

「アサラに聞いた。俺、にんげんとしての権利を奪われる寸前だったってさ」

「そんな……」

「オオカミをにんげんの周りに置いておけるか! って事らしい」

「そんな! しゅういちさんが優しいって皆さん知らないんですよ!」

 声を荒らげるかりんにシュウイチは俺は優しくなんてないと即座に返した。

「俺は凶暴だ。それにもうひとりで居るのは嫌なんだ。無理なんだ。かりんの隣で俺たちの仔と一緒に暮らしたい。静かに、静かに暮らしたいんだ」

「家は、家はどうするんですか? 野良は……危険だって」

「そこはあいつがどうにかしてくれる、と思う」

「あさらさんですか?」

「ああ」

「しゅういちさんってあさらさんの事が本当に好きなんですね」

「好きだ。信頼してる」

「嫉妬しちゃいます」

「今の1番はお前だけどな。かりん」

 シュウイチはかりんを抱き寄せ唇を重ねようとした。重なるすんでの所でドアが叩かれる。何度も叩かれる音の中にアサラの声が混じった。

「シュウ。来たぞ」

「早くないか? まだ、1時間も……」

「上に伝えたら即返答が来た。書類をかき集める方のが時間がかかったくらいだ。はあー、電話一本で許可が降りるとは。やつらはどうしてもお前を閉じ込めておきたいらしい」

「そうか」

 シュウイチはそっと寄ってきたかりんを抱きしめた。かりんも緊張した面持ちでシュウイチ服の裾を強く握った。

「まずこいつ」

 アサラが出した書類を受け取りシュウイチは受け取りサインとかは? と聞いた。

「にんげんじゃなくなるから無いな」

「そうか、そうだったな」

「出られるか?」

 親指で後ろを指すアサラにシュウイチは頷いた。

「この部屋は、どうなる?」

「オレが、オレたちが片付ける。周囲に情報が伝わる前に移動しよう。早くしないと野良認定されちまう」

 再び頷いたシュウイチの鼻には移動中いつまでも野菜炒めの刺激的な香りが残っていた。


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